527話「出張前のハグ」
オエィセ外遊から帰城したのは出立の翌日夕方であった。
忙しなくガーネは捕縛した男の尋問、ヘルソニアと侍従長・女官長はメイジーエ皇国への正式な抗議手続き、他の人員は後処理などに奔走し、息つく暇もなくあっという間に2日が経過していた。
「スメイラ、ちょっといいか」
「なーにガーネくん。忙しいから手短にね」
「俺だって忙しいっつの。明日からノルデンに行く。多分半月から1ヶ月は戻らねぇからそういう方向で調整しとけ」
「えっっっ、どうしてなんでなにしにひとりで!?」
「メイジーエの導師の確認と翡翠の腕輪の文献の確認とその他私用。さすがに1ヶ月以内には戻る、………………予定」
「なんで自信ないの?ていうかなんでもっと早く言わないの?それよりなんでそんな急いで出かけるのよ」
「外遊の後始末も兼ねてるから?」
「なんで疑問形なのかな!」
「まぁまぁ。落ち着けよクソババァ。歳取るぞババァ」
突然、翌日から1ヶ月近く部門の長が留守になると聞かされたスメイラは、ただでさえ外遊の後処理もある中で恨めしそうな顔をしてガーネを見つめた。
「おーいガーネ、押収品確認手伝ってくれるか」
「今行きます」
「あっ、ガーネ様、……お茶お淹れしましたのに、もう」
エーリックに呼ばれてガーネが出て行ってしまったのとタイミングを同じくして、カルセが全員分の紅茶を用意したところだったらしく少しだけ拗ねた顔をしてトレーの上の真新しいカップを見つめた。
ラズリが『特務室で使う用の少し大きめの硝子のカップ』とガーネにねだったところ、ディアマントの買い物のついでに適当に見繕ったものをスメイラとカルセも色違いを欲しがり、サイフィルが『せっかくならみんなでお揃いにしようよ』と張り切った結果であり、ガーネは『そんなガキじゃあるまいし』やら『お前らと仲良しみたいで心外だからお前らだけにしろ』と止めるのも聞かずに半ば無理矢理特務全員でお揃いになった硝子カップの中で、紅茶が柔らかく湯気を立てていた。
「仕方ないわ、お茶にしましょ。休憩休憩」
ラズリが藍色のカップをトレーから取り、サイフィルが青いカップを取った。そのままカルセはスメイラに緑のカップ、アメジに紫のカップを置いて、一応ガーネの席にも赤いカップを置いて自席にオレンジのカップを置いた。
「ふふ、皆さんでお揃いなんだか嬉しいですわ」
「アタシは別になんでもいいけど」
「えー、あたしは嬉しい!ガーネ様と色違い!」
「あのさ、もれなく私たちとも色違いだからね?エイミーちゃん」
外遊の緊張から少し日常に戻った特務室で、いつも通りのくだらない話と笑い声が響いた。
「……あ、あのぅ…ガーネ様がいらっしゃらないので、……皆さんにご相談したいことがあるのですが…」
カルセがカップを握りながら少しだけ思い詰めた顔をして一同を見回した。
*****
翌日、満足にディアマントと顔を合わせる時間も取れないまま、ガーネはノルデンへと出発する用意を整えた。
スーツに袖を通し、荷物を持ったところでガーネは少しだけ考えた。1番最後に最愛の女で締めてから出掛けるかと特務室へ足を向け、扉を開いた。
「もう行くの?なんでそんな急ぐのよ」
「忙しいからだよ、とりあえず半月は間違いなく戻らねぇからお前らスメイラの言うことよく聞けよ。あとで全部報告させるからな。それとトレーニングサボるなよ」
「ガーネお土産買ってきてね!」
「毎度言うけど遊びに行くわけじゃねぇんだっつの。……じゃ、スメイラ頼んだぞ」
「はーい、気を付けてね」
ガーネが改めて鞄を持ち上げたところで、カルセが慌てて声を上げた。
「あの、ガーネ様」
「?どうしたカルセ」
「あの…その、お忙しいのは重々承知しております。少しだけ、お時間いただけないでしょうか。ご相談したいことがあります」
思い詰めたような顔のカルセに少しだけ首を傾げるも、持ち上げた鞄を自席に置いて総監室を指差した。
「向こうでいいか?別の部屋のが良かったら…」
「いえ、ここで」
「でもみんないんだろ」
「いらっしゃっていいのです、ここでいいのですわ」
「…?なんだ、どうしたんだ」
机に少し凭れるようにして腕を組んだガーネは、真っ直ぐにカルセの顔を見つめた。
他の面々は内容を知っているのかいないのか、目線をこちらに向けないようにそれぞれ意図せず揃いになってしまったカップで飲み物を飲んだり本を読んだりしていた。
「……ガーネ様」
「なんだ」
「わたくし、ガーネ様のこと、お慕いしておりました」
「……え。それ、今言う?」
「今だからお伝えしたかったのです。お伝えすることがご迷惑なのはわかっております、わたくしの自己満足なのも理解しております。ですが、直接、きちんと言葉にしてお伝えしたかったのです」
カルセの真っ直ぐな視線を向け、カルセなりのケジメや決意のつもりなのだろうとガーネは少しだけ姿勢を正した。
「まぁ、知ってたけど。俺みたいな野郎のどこがいいのか皆目理解出来ないけど」
「最初は、一目惚れでしたわ。だって、見た目はとてもかっこよかったんですもの」
「そりゃどーも、褒めてもらって」
「覚えていらっしゃるかわかりませんが、ガーネ様……馬車酔いの中、馬車の中で魔獣の群れを蹴散らすためにわたくしの耳を守ってくださったの、とても嬉しかったんです。抱き締められた腕の力が強くて逞しくて、ご自分が馬車酔いでフラフラなのに1番にわたくしやスメイラさん、サイフィルさんのことを案じてらっしゃって。その後も、ガーネ様に守っていただいたことは数知れません。その度にわたくし、ガーネ様をお慕いする気持ちが大きくなりました。……ですが、安心なさってください。ガーネ様の目に映っている方と並ぶつもりはありませんし、勝ち目はありませんわ。そも、わたくしなんてガーネ様の眼中にないんですもの。…なので、もう大分諦めはついております」
「……ま、お前が俺のこと好きなのは知ってたよ。だって俺に抱かれたい女の目ェしてんだもん」
「ふふ、否定はしませんわ。……ガーネ様、お慕いしておりました。好き、でした。……最後に、抱き締めて下さいませんか?」
カルセの言葉に、『だから敢えてここで、全員いる場でこの話か』と理解し、ガーネは腕を伸ばしてカルセの身体を抱き締めた。
ディアマントとは異なり、ふくよかで柔らかな身体つきが女性らしさを象徴しており、ディアマントとは異なるシャンプーや香水の香りが鼻先を擽った。
比較対象が全てディアマントであることに自分でなんとなく笑みが零れ、カルセの髪をぽんぽんと柔らかく撫でて普段よりも優しい声音で声をかけた。
「応えてはやれない。けど、ありがとう。好きになってくれて」
「ふふ、こちらこそ。ありがとうございます。……きちんと、向き合いますわ」
「そうしてやれ」
最後にカルセもガーネの背中に腕を回したところで、特務室の扉が開いた。
「ガーネ、ノルデンに行くと聞いていたが行く、前、……に…」
「あ」
「げ」
「…………お、……お邪魔、しました……」
「待て待て待て待て、おーい。……1番最悪なタイミングじゃねぇか。……カルセ。向き合うつもりなら、託すぞあのヘタレ」
「ふふ、はい」
部屋を出て行ってしまったジェレイドをカルセに追い掛けさせ、ガーネは小さく息を漏らした。
「ガーネくん、意外と優しいよね」
「意外とってなんだよ、俺は女には比較的優しいだろうが。…さてと。……俺も、1番大事な女の顔見てから出掛けるかな」




