526話「最西地区・オエィセ区外遊」
その日の夕食は、最終日とあって連日以上に豪勢なフルコースと告げられていた。
つまるところ、全メニューガーネにとっては何もまともに食べられるものがない状態ではあったが、もはやガーネにとってもディアマントにとっても、『そんなこと』はどうでも良かった。
食事に呼ばれるまでの間に、ディアマントはメンバーを呼び寄せた。
メンバーはガーネ、スメイラ、ラズリ、エーリック、そして侍女長と女官長と、年の功枠で巫術官長と魔導師長、最後にヘルソニア。
「では今から、えーと、あのー、あれじゃ!」
「どれですか陛下」
「妾は『総司令』じゃ!現場指揮の責任者はガーネに任せる!」
「めんどくせ、じゃあ俺は現場指揮の総監として隊長にゴシップ・スメイラを任命する」
「なにその二つ名。でも面白いからこういうのは引き受けます!作戦名なんでしたっけ!」
「あー、えーと……忘れた。『クソヘタレ大作戦』とかそんなじゃなかったっけ」
「では改めて『ミッション:クソヘタレ』とします!」
「ダッサ。ヤバ。スメイラ、アンタのセンスだいじょぶそ?」
「心配すんなラズリ。陛下のネーミングセンスもなかなかだぞ。白い野良鳥太らせて『おこめちゃん』とか、シロクマのぬいぐるみ『ゆきちゃん』とか」
「まぁそれはさて置いて。とりあえず作戦の概要を確認して、各自の役割を振ります。この件に関しては陛下もヘルソニア様も、ご協力お願いしても構わないということでしょうか?」
「下見の際から散々見ているからな。いい加減どうにかなるならさっさとどうにかなって欲しいからまあいいだろう。どこぞの特務総監のように好き避けをして拗れた結果分家を壊滅させたり継ぐ気がないと言っていた家督を継いでみたり戸籍の改ざんを修正したりと事務処理で振り回されるのは真っ平だからな」
そう言ってヘルソニアがちらりとガーネへと視線を向けると、当のガーネはすっとぼけた顔をして肩を竦めた。
「げ、どこの特務総監ですかそんなことしたの。まぁでもアイツ次男坊だし、どこぞの特務総監みたいに女王に戸籍改ざんされたりとかもしてねぇし大丈夫じゃないですか。そもそもあのクソヘタレ、好き避け以前の問題だし」
「妾、こういうのは勉強しておるから知識万端じゃ!小説に書いてあった!万事妾に任せるのじゃ!」
一番楽しんでいるディアマントがものすごく得意気な顔をしていたが、ディアマントの恋愛小説由来の小娘のような恋愛知識に不安を覚えたガーネはなんともいえない顔でディアマントを見つめていた。
「ごほん。では、作戦の概要ですが──── …」
*****
「ところでガーネ、明日はまた来た時と同じように、夜にここを出るのか」
ディアマントがラム肉のステーキを頬張りながらガーネに視線を向け、ガーネも小さく頷いた。
「砂漠暑いからな。あの灼熱の中馬車みたいな密閉空間で移動なんか出来ないだろ」
ガーネがクセしかないラム肉を口に押し込み水で流し込み、総司令であるディアマントの決めた席順の計らいのためにガーネはディアマントのすぐ斜め前、その真向かいにカルセ、その隣にジェレイドが緊張を隠しきれない顔で手を震わせながら食事を進めていた。
その様子を見てガーネの隣のヘルソニアも呆れた顔で肩を竦めてちらりとガーネに目配せをし、ガーネはディアマントとスメイラに視線を投げた。双方から小さく頷きを返されると、ガーネは面倒そうに息を漏らしながらカトラリーを置いてディアマントへと再度視線を向けた。
「ディア」
敢えて『陛下』ではなく愛称で呼び、ディアマントは顔を上げて視線を向けた。
ガーネの突然の呼びかけにカルセもふと顔を上げてガーネとディアマントへと視線を向けていると、ガーネは普段から恥ずかしげもなくしていることとはいえ何故やれと言われて見せしめのようにこんなことをさせられるのかと小さく息を漏らした。
「『土産』、……他に欲しいものないのか。あるなら明日最終日だし、欲しいもの買ってやる」
敢えて土産というワードを強調してちらりとジェレイドを一瞥してからディアマントへと視線を戻した。
ディアマントはにこりと笑ってガーネに視線を向けると、少しだけ考えたように首を傾げた。
「妾、明日はオエィセ硝子のランプが見たい。部屋に飾りたいのじゃ」
「おー、なら硝子工芸の専門店視察にしようか。いいですかね、ヘルソニア様」
「まぁ構わないだろう」
「ランプの他何が欲しいんだ」
「もういっこ、『栞』が欲しい!」
「へぇ、『栞』ねぇ」
「あ、わたくしも欲しいですわ栞。先日あまり時間がなくてゆっくり選べなかったのですが、硝子細工の栞…とても繊細で美しかったですわ。陛下のはどのようなものなのですか?」
「妾は、ガーネが下見のときに土産で買ってきてくれたものじゃ。瑞月蓮の模様じゃ」
「羨ましいですわ、わたくしも明日栞を買い求めます」
「へー、欲しいのかカルセ」
「?ええ、わたくしも本はよく読みますので」
「なら、俺が買ってやろうか」
ガーネの言葉に思わずカルセの隣のジェレイドが反応した。バッと顔を上げた様子を見て、少し離れた席のスメイラとラズリ、エーリックと約1ヶ月前に実際に『カルセに』栞を買っていたのを見て知っている魔導師長と巫術官長も横目でジェレイドへと視線を向けた。
「そんな、ガーネ様に買っていただくだなんて。それに陛下にも悪いですわ」
「妾はべつに構わぬ。上司として部下にその程度の施しを気にするほど、妾は狭量ではない」
「だとよ。じゃあ、カルセには明日栞買ってやろうな。『俺が』」「ま、待っ…!」
ガーネの誘導尋問にまんまとハマったジェレイドが勢いよく立ち上がり、カルセは驚いた顔をして目を見開いた。
「なんだ、近衛総監。食事の時間だぞ」
わざとらしく冷ややかな目をジェレイドに向けたガーネは、そのままフンと鼻であしらってから再度カルセに目を向けた。
「遠慮するな、栞程度。ほら、今日結界開くの頑張ってただろ。褒美だ。どんなのが欲しいんだ」
「まぁ、よろしいんですの?ありがとうございます。ええと、わたくしお花の模様のやつが気になっておりまして…」
ジェレイドにはガーネの策略がわかっていた。
このままでは、自分はいつまでもカルセに栞を渡せないどころか挙句その役割をまんまとガーネに持って行かれてしまう、と。
いつまでも何も言わずに黙って立っているジェレイドに、ガーネもいい加減飽き飽きした様子で盛大に舌打ちを漏らすと、カルセは理由がわからずにびくりと肩を揺らした。
「え?あ、あの、ガーネ様、…ジェレイド様…?」
「ジェレイドお前、いい加減にしろよ。さっさとそれくらい渡したらどうだ、悔しくねーのか」
「き、君は…!」
「俺にヘイトを向けてる暇があったら、隣の女を見ることだな。俺だって、見たい女は1人だけだ。…これいらね、お前にやる」
クセの強い風味を消すためにふんだんに香辛料を使って付け込まれたラム肉をディアマントの皿に乗せ、付け合せのポテトのローストを頬張ったガーネを見てジェレイドは懐に手を差し入れて約1か月胸元で温めに温めていた、すでに端がくしゃくしゃによれてしまった包装をカルセに差し出した。
「せ、カ、聖…、カルセ様!これを、こ、これを…貴女に…!」
「?まぁ、わたくしに?ありがとうございます。開けてもよろしいですか?」
カルセが細い指先で大切そうに包装を剥がし、中身を取り出して少しだけ目を丸くした。
「…これ、わたくしが欲しいと思っていた硝子の栞ですわ」
「し、……下見の際に、あの…貴女にと思って」
「まあ!そんな前から?…嬉しいですわ、ありがとうございます。大切にいたします。それと、前もお伝えしましたが『カルセ』でよろしいですわ」
『ようやく渡せたか』と一同小さく息を漏らして、ガーネに至っては少し苛立ったような顔をしながら深々と溜息を漏らしたところで、少し遠くの席のスメイラとラズリから『よくやった』とアイコンタクトを送られた。
ディアマントも外遊の出立時に定めた『任務』のひとつが無事に完了したところで安堵してガーネから勝手に寄越された肉にナイフを入れたところで、誰も予期していなかった展開が起きたのであった。
「……カルセ!」
「ふふ、はい。ジェレイド様」
ようやくカルセと名前を呼べたジェレイドに、カルセはふわりと柔らかく笑みを浮かべた。
「好きだ!!」
「えっ」
「……えっ、あっ!」
【39−68】524話「最西地区・オエィセ区外遊」
「ガーネ!ほんとにいいのか!博物館!!」
「いいんだけど、帰り支度の時間もあるから博物館は小一時間くらいですよ。あとアンタ、硝子工芸店も行きたいんでしょ」
「わぁい!博物館!博物館!!」
「はぁ!?可愛いな!!お前王都戻ったら覚えてろよクソアマが!!早く着替えて来い!!」
使い物にならなくなったジェレイドに変わってガーネが警備責任者を引き受け、翌日の朝食後オエィセ最終日の行程を調整し直した。
「職権濫用〜」
「フン、熱出してぶっ倒れるヤツが悪い。俺が引き受けてやった以上、俺が警備行程を組むのになんの問題がある。その上で俺が依怙贔屓するのなんかわかりきってんだろ、俺は自分の女の願いは全部叶えてやりたい。あんな箱入り過ぎる小娘が、大の男に顔叩かれてまで気丈に外交やり遂げたんだ。褒美のひとつくらいあってもいいだろ」
ジェレイドは昨夜の晩餐中、勢い余ってカルセに告白をしてしまった後に地獄のような空気の中で食事を終え、なんと夜中にそのまま発熱してしまったのであった。
エーリックの揶揄うようなセリフもものともせずにガーネが返すと、ラズリを呼びつけ左手の縫合箇所の消毒と包帯の巻き直しをさせ、その上で指示を出した。
「ガチヘタレに、『帰り支度する時間まではとりあえず普通に寝てろ』って言ってきて。で、お前は留守番。捕縛したあの男も今日持って帰るから、術の掛け直しも含めて任せる。一応アメジも置いて行くし、随伴の魔導師と巫術官も数名いる。何もないとは思うが、お前はこっち任せた。くたばってるとは言えクソヘタレもいるし、大丈夫だろ」
「りょーかい、任せて。…あ、ガーネ、アタシも硝子のカップが欲しい。綺麗なやつ」
「どのくらいの大きさ?」
「紅茶とか飲む用の、特務室で使うからちょっとだけ大きめの。デザインとか色とかはアンタのセンスに任せるわ、その辺信頼してるし」
「他欲しいのはないのか」
「んー、なんだろ。なんかいいなと思ったら買って。お金はあとで渡すから」
「ガーネ様〜あたしもなにか素敵なカップ欲しい〜」
「はいはいあっそ」
各人に帰り支度を含めた仕事を割り振り、ガーネはそのままディアマントの部屋へと足を向けた。
博物館ひとつであんなに喜ぶのなら、もっと早く連れて行ってやりたかった。最終日にこんな詰めた予定の中でたったの1時間程度しか時間を取ってやれず、もっとゆっくり見させてやりたかったと若干の後悔をしつつ、部屋の扉を軽くノックした。
入室を許可する声が室内から聞こえ、扉を開いた。
「どうじゃ、似合うか!」
いつものようにくるりと回ってポーズを取ったディアマントに、ガーネは思わず笑みを浮かべた。
以前ガーネが贈った深紅のワンピースを纏って、頭の高い位置でシニヨンに髪を結って簪でまとめていた。
「可愛い。でも暑くねーの?」
「これがよいのじゃ。簪も似合うか」
「誰が贈ったもんだと思ってんだ、似合うと思うから贈ってるんだよ。でもそのワンピースも着るの2回目じゃん、せっかくなら新調した服着ればいいのに」
「これがよいのじゃ!妾、赤い服がいい!赤いの!!赤ーっ!!」
「わーった悪かった!可愛い似合う世界一!!」
「ふふん」
ころっと機嫌が治ったディアマントに小さく息を漏らして肩を竦めたガーネはそのまま肘を差し出し、にこっと笑みを浮かべたディアマントが手を添えた。
「あー、可愛い…」
堪らず呟いたガーネに、ディアマントは顔を見上げて小さく首を傾げた。
「妾、可愛い?」
「可愛い。お前はやっぱり赤が一番好きなのか」
「好きじゃ」
こくんと頷いたのを見てガーネはディアマントの左頬に手をやり、すっかり打たれた痕も落ち着いたのを確認してからそっと頬に口付けた。
「妾、頬はもう痛くない」
「俺も傷残ってなくて安心してます。……さ、博物館行って、硝子工芸店行って。王都帰りますよ」
「うむ!妾、楽しかった!」
「まだ終わってねーから」
*****
「…め、面目ない」
「……ハッ」
ジェレイドの謝罪を鼻で笑ったラズリは体温計を見て再度鼻であしらった。
「アンタ平熱は?」
「……36.6」
「なによ、微熱じゃない。37.4よ。カルセに看病させる?」
「や、……やめてくれ…」
ラズリがジェレイドの腕を掴んで駆血帯で腕を縛り、血管を確認して消毒をし、点滴用の針を刺して逆血を目視して点滴に繋げ直した。
「…それは?」
「水分と解熱剤。暑さにやられたのもあるんでしょ。ま、9割知恵熱だと思うけど」
「ち、ちえねつ」
「そ。こないだガーネも出してた知恵熱。ガーネは39度まで上がってたけどアンタなんか微熱なんだから、さっさと熱下げてカルセにフラれなさいよ」
「ふ、ふ、フラ…」
「なにかあったら呼びなさい、アタシは別の仕事してるから」
「あの2人、どうなるのかしらねぇ〜近衛総監様がしばらくカルセちゃん見てもだもだしてたのは知ってはいたんだけど」
「なんだ、アンタも知ってたの?」
「あたしは恋する人の味方なのよ、うふん」
ジェレイドの部屋から出てきたラズリと廊下で合流したアメジが楽しそうに声を掛けて来たのをラズリが少し意外そうな顔で見上げた。
「さすがオネェ。ま、あのクソヘタレには『さっさとカルセにフラれなさい』って意地悪言ってやったわ。面白がってはいたけどヘタレ過ぎて苛ついちゃって。ま、カルセがあのガキのことどう思ってるかなんか知らないけど」
「うーん、どうかしらねぇ。だってカルセちゃん、ガーネ様のこと好きだったでしょ?」
「………え、やっぱりそう?」
「うん、見てたらわかるわよぉ。ま、でも最近でこそ相当吹っ切れてるとは思うけどね。当のガーネ様は陛下にゾッコンだし。とはいえ、ガーネ様もカルセちゃんの好意には気付いてたみたいだけどね」
「やっぱりそう!?」
「見てたらわかるわよぉ。だってあたしもガーネ様ラブだし!」
ラズリも薄々気付いていた複雑過ぎる関係にラズリは思わず額を押さえた。
「思ってたよりやっぱめんどくさい感じ。ちなみにカルセって、いつからガーネのこと好きなのかしら」
「あたしがガーネ様と話してた中では、多分初対面かな?って話してたわ。ガーネ様曰く、『俺に抱かれたい女の目してた』って。普通の男なら自惚れんなって殴り飛ばすところだけど、ガーネ様だからねぇ。多分ほんとだと思うわ。現にラズリちゃんは『俺のこと虫でも見るような目してる』、スメイラちゃんは『弟いんのかな、兄弟に向ける目を俺に向けてる』って言ってたからあながちその観察眼は間違ってないし自惚れでもないんじゃないかなとは思うけど、なにせあの子ずれてるのよね。『抱かれたそう』みたいなのはわかるけど、純粋な好意には突然疎くなるのよ。『俺のことほんとに好きとか頭おかしいんじゃねーの』って、わりと本気で言ってるから」
「まぁ、性格でしょうね。あの子自分に対しての評価びっくりするほど低いから。……まぁアタシも、カルセはそこそこの付き合いがある友達だし、スメイラも可愛い後輩だし、ガーネのことだってなんだかんだ言うけど上司とは言え世話の焼ける弟みたいな存在なのは間違いないわ、とにかく…みんなそれぞれ大変な思いしてるのは知ってるし、ちゃんと幸せになって欲しい」
「ラズリちゃん、あたしは?」
「アンタもサイフィルも勝手にやって。ていうか、今だって幸せでしょ。頭の中が」
ディアマントが外遊前評定の時からずっと所望していた博物館の見学を終え、街の硝子工芸店で買い物を済ませてから迎賓館に戻り、「まだいたい」と駄々を捏ねるディアマントをなだめながら帰り支度を始める。
そして日が落ちて気温が下がってから、シューツェン辺境伯が迎賓館まで見送りに来た。
ディアマントは数日の謝辞を述べてから、惜しみつつ王都へと向け出立した。
長かった最西・オエィセ区での外交を含めた外遊が、ようやく終わりを迎えた。




