525話「花言葉」
無事に迎賓館に到着し、ガーネと巫術官長、ヘルソニアのみを残して全員下船した。
ヘルソニアがガーネと巫術官長へと少し離れた箇所から指示をし、2人がかりでなんとか封印を終えた頃にはすっかり夕方になっていた。
「はー、……疲れた…結局1日消費したな…」
「だがガーネ、よい経験になったのではないか」
「そっすね、ありがとうございます官長。ヘルソニア様も、ありがとうございます」
「ガーネ、其方は王都に帰ったら『説教』だな」
「勘弁してくださいよ…さっきの件根に持ってるんですか」
「ふ、さてどうだかな」
ようやく船から降りた3人を出迎えるように、着替えを済ませたディアマントが侍女長と桟橋近くに立っていたのを見付けて巫術官長が気を回してガーネに手を差し出した。
「儂が安置しに行ってやろう、貸しなさい」
「……じゃ、お言葉に甘えます」
封印をし直して改めて呪力遮断布に包み直した翡翠の腕輪を巫術官長へと託し、先にヘルソニアとともに下船するのを見届けてから左手の怪我にハンカチをキツく巻き付けた。
すぐにじわりと血が滲んだものの、それも構わずに桟橋へ向かって歩いて泣きそうな顔のディアマントの傍に歩み寄った。
「いい子にしてられました?」
「妾はいつでもいい子じゃ!」
「はは、そりゃどーもすんませんでした」
ぽんぽんと頭を撫でてやるとすかさずディアマントがガーネの左手を取り、「予知と同じじゃ」と小さく呟いた。
「やっぱ陛下の予知当たっちゃうんですね」
「外したことがないと言っておるじゃろ。……意図的にずらした時は当然外れるが、予知の見えた対象が妾でない場合は難しい」
「ま、この程度なんてことないですよ。いつものことなんで。多分、ラズリにブチ切れられるまでワンセット」
「妾も怒っておる!」
「なんでだよ」
「ラズリのところに行くのじゃ!妾が連れていく!」
「いらねーよひとりで行ける」
「妾が連れていくっ!妾が!!妾がーっ!!!」
「わかったわかったわかりました!!」
面倒そうな顔をしながら半ば無理矢理ディアマントに腕を引かれたガーネを、後ろから侍女長が微笑ましげな表情を浮かべながら着いて歩いた。
「ラズリ!妾の犬の手の怪我を治すのじゃ!!」
「…アンタ、ここ切るの癖になってんの?アタシこないだも同じとこ縫った気するんだけど」
広間でスメイラと2人で茶を啜っていたラズリがガーネの掌を一瞥して面倒そうに言いながらも、戻って来たら診るつもりでいたらしく診察用具一式をテーブルに置いて正面の席を顎で差した。
ガーネが大人しくラズリの正面席に座るとディアマントも隣に得意気な顔をして腰を下ろし、ガーネは呆れた顔をして隣を見た。
「お前は侍女長とあっち行ってたら。見るもんじゃねぇと思うけど」
「ガーネが痛がったら妾がよしよししてやるのじゃ、だから妾は隣にいるのじゃ」
「傷口見て夜寝れなくなっても知らねーぞ」
「妾、お姉さんだから平気じゃ」
「…………あっそ…」
ラズリも一応ちらりとディアマントに視線を向けてからガーネの手に巻かれたハンカチをハサミで切って解き、傷口を確認してから綺麗に洗浄して麻酔を打った。
「こないだよりは深くないわね。まあでもアタシ何ッッッッ回も言ってると思うけど掌は動くから傷開きやすいし、留める程度ではあるけど縫っておくわ」
「早くしろよクソババア痛いだろーが」
「こンのクソガキ…」
スメイラとディアマントが見守る中、ラズリはガーネの傷を丁寧に縫合していった。
ふと思い出したようにディアマントが顔を上げて、隣のガーネのシャツをくいっと引っ張った。
「なに」
「聞くのじゃ、耳を貸すのじゃ」
「なんだよ」
ラズリに左手を預けたまま身体を傾けて耳を寄せると、ディアマントはにこにこしながらガーネにそっと耳打ちをした。それを聞いてガーネは驚いたような顔をしてディアマントへと視線を向け、ガーネは思わずと言った様子で口を開いた。
「言ったの?あのクソヘタレが?『大切な貴女の御身を』って??カルセに???」
「言ったのじゃ」
「言ったわね」
「言いましたね」
「まじで言ってる?はぁ??あっ、教官!教官!!」
たまたま近くを通りかかったエーリックを見付けると思わず彼を呼びつけ、呼ばれたエーリックも思い切り手の縫合中の最中に呼ばれて意味がわからなそうにしながらも素直に傍に来た。
「なんだ、どうしたヤンチャ小僧」
「衛兵総監、実は」
ゴシップ好きスメイラがすかさず立ち上がってエーリックに耳打ちをすると、エーリックも驚いた顔をしてスメイラを見つめ返した。
「言ったのか、あのクソヘタレが?カルセちゃんに『貴女の大切な御身をそんな危険な場所に向かわせるわけが』って??」
「ガーネと同じ反応じゃ」
「俺未だに疑問なんだけど、結局下見ン時に買ってた栞は渡せてんのか」
ガーネがそう言えばと口を開いて問いかけるも、スメイラとラズリは小さく首を傾げて互いに顔を見合せた。
「昨日の夜、あの子食堂で寝る前に本読んでたけど、なんかそんな変わった栞使ってた記憶ないわ」
「普通に本屋で買った時についてくる紙の栞使ってたと思うけど、ちなみにどんな栞?」
「薄い硝子栞。たしかオエィセサボテンの花の模様だっけ?オレンジの」
「あー、そうそう。『これなんの花だ』って聞いたらあそこの店主の兄ちゃんがそう言ってたな」
「待って待って!!『オエィセサボテンの花』!?」
ガーネとエーリックの返答にスメイラが勢いよく立ち上がった。
処置を終えてガーネの手に包帯を巻き始めたラズリも驚いた顔をしてスメイラを見上げ、ガーネもエーリックもディアマントも、わけがわからなそうな顔でスメイラを見つめていた。
「オエィセサボテンの花!花言葉知ってます!!?」
「俺がそんなの知るわけねーだろババァ勿体つけんなさっさと喋れバツイチババァ」
「妾も知らぬはやくしゃべればばあ」
「アンタはガーネの口調真似しなくていいのよ!!ガーネも!!この女すぐ真似するでしょ!!」
「まぁ私がババァかどうかはどうでもいいんですけど!オエィセサボテンの花の花言葉、『お慕い申し上げております』だよ!!告白の時に使う花なんだから!!」
「へー、ほーん。……けどさぁ、あのクソヘタレバカ、そんなの知ってると思うか?」
「思わねぇなー、だってあの時もガーネに『カルセなら花の方が好きだと思うぞ』って言われて何種類かあるうちのひとつ選んでただけじゃん」
その言葉に、一同が腕を組んで今後の展開を考え始めた。
『クソヘタレ以下略の会』の面々は、最終夜である今日どうにかさせるべきかと顔を見合せた。
「ところで、妾が貰ったやつはどんな花言葉じゃ」
「陛下はガーネくんになに貰ったんですか?」
「赤い瑞月蓮の硝子の栞じゃ!」
「赤の瑞月蓮、……へぇ」
「……え、なに。なんだよ。なんかそんな変な花言葉なのか」
贈り主であるガーネも花言葉まで意識をしていなかったために、変な意味の花だったのかとやや警戒したようにスメイラを見た。
「瑞月蓮って、ご存知かもしれないですが年に1回しか咲かない、しかもその歳によって色が違うんですよ。特に赤は希少性がすごく高いんです。……赤の瑞月蓮の花言葉は、『永遠の愛の誓い』です」
スメイラのその言葉を聞き、ディアマントはちらりと隣のガーネを見た。
もちろん、本人が意図していたわけではないことは分かってはいるが、つい前々日の夜に『婚約の予約』をされたばかりとあって、ディアマントはにっこりと嬉しそうに笑みを浮かべた。
「妾、やっぱり赤が一番好きじゃ!」




