524話「翡翠の腕輪」
「ガーネ様、大丈夫?」
アメジの不安そうな声とともに通路の奥から男性陣が戻ってくるのが見えると、ディアマントは思わずヘルソニアの腕を振りほどいて降りようとするもののそれを見越されていたのかしっかりと抱き上げたまま動けずにいた。
「ヘルソニア!離すのじゃ!」
「嫌ですよ、離したら貴女飛び出して行くじゃないですか。子供のように」
「……官長、どうですかね。平気そ?」
「うぅむ…『かろうじて』というところか。早急に封じ直しはした方がいいが、小一時間程度なら問題ないだろう」
ガーネと巫術官長の言葉に女性陣は一様に目を向け、ディアマントは目を見開いた。
「ガーネ!!ひ、『左手』!!なぜ怪我をしておる!!」
「あ?あー、……つい、咄嗟に…?」
袖口まで真っ赤に染った左手を見てディアマントは『自分の予知と同じ光景』に泣きそうな顔をしながら思わずヘルソニアの服をぎゅっと握った。
ヘルソニアは小さく息を漏らしてガーネの血まみれの手元と血まみれの呪力遮断布を見て、何かを封じたかと理解した。
「先程の翡翠か」
「はい、急場凌ぎですが血で封じてるんで大丈夫かと思いますが、念の為俺だけ別で戻った方がいいですかね」
「いや、呪力遮断布を用いた上での『血縛』封印なら問題ないのではないか。其方とこの小娘を引き離した方が後々面倒だ」
「あー、小娘…」
泣きそうな顔のディアマントを見て思わず苦笑いをしつつもとりあえずはさっさと拠点である迎賓館へ戻るかと全員で船に乗り込み、ガーネは血まみれの左手で呪力遮断布に包んだ翡翠の腕輪を握っていた。
船がゆっくりと運河を進み、結界を抜け、迎賓館のある湖へと向けて進む景色を眺めていると、ディアマントが唇をへの字に結んで少しだけ離れて立っていた。
ヘルソニアから『万が一のことがあっては困るから再度封印をするまでは隣に行くな』とキツく言われていたため、一応は言うことを聞いている様子であった。
「……なんでお前はそんな、いつまでも泣きそうな顔して」
「妾、泣いてないもん!」
「わかってるよ。……着くまで待ってて、着いたら隣行くから」
「…それ、なんじゃ。妾には何も見えなかった」
他の一同も翡翠の腕輪の正体はわかっていない様子で、自然と視線がガーネと巫術官長へと向いた。
「……これは、おなごに影響のある呪いですな」
「…女?」
巫術官長が静かに口を開いて顎髭を撫でると、ディアマントは怪訝そうな顔で首を傾げた。
「そ、女の胎に入り込んで受胎して呪いを育てる結構タチ悪いやつ。実家の文献にあったが、『呪いの浄化のしようがなくてどこだかに安置する』みたいな記載があったんだよ。一目見てこれだって確信はしたけど、まさかこんなところでこんな腕輪を媒介にしてると思わなかった」
「ガーネの実家って、律衡家が関係あるってこと?」
ガーネが手元の血まみれの布へと視線を落として返答をすると、ラズリも『呪いの呪物が、世界の均衡を維持観測する家柄になんの関係が』と不思議そうな顔をした。
「…俺の実家、っていうか、律衡家ってのはまぁアレだ。国としての役割だな。実際は領主として領地運営もしてるし、生業としてはそういうのもあるってことだ。何人かには話したが、俺の実家……家督継いでるから俺が領主で代表にはなるが、表向きは宝石商をやってて通常鉱石もそうだが土地柄魔晶石とか霊鉱石の扱いがメインだったりするわけだ。そういうのも扱ってると必然的に『こういう』曰く付きにも触る機会はあるし、律衡の家柄ってのもあって裏稼業としては拝み屋みたいな真似事もしてるんだよ。この案件は『裏稼業』が絡んでるな、実家で資料見ないといつの年代の何代前の案件なのかわかんねぇけど」
「…なぜ、妾たちには見えぬ」
「アタシも、何も見えなかったし何も感じなかったわ」
ディアマントとラズリがガーネに向けた視線と言葉は、『ガーネと巫術官長が気付いたのに自分たちは気付けなかった』という悔しさが滲んでいた。
「これは女につく呪いだから。女に取り入って、女の胎に入って、女の霊力を奪って成長する呪いだ。だから女は波長的に気付けない。完全に封じるまでは絶対にお前らは近寄るな、いいな」
少しだけ緊張した様子の一同を乗せた船は順当に湖へと戻ってきた。
「……陛下」
「なんじゃガーネ」
「今は『とりあえず』俺が知ってる封じ方で無理矢理封じてるに過ぎません。きちんとした封じ方がわからない、あとで教えてもらけますか」
「…そういう方面は妾よりヘルソニアの方が得意じゃ。基礎は妾が引き続き教える。…封印や戦い方に関しては、以前のようにヘルソニアに習え」
「教えてくれんなら誰でもいいんですけど、ヘルソニア様と俺じゃ結構系統違くないです?俺、『陰陽道』の方面はそんなに明るくないですよ」
ガーネのその一言に、ヘルソニアは珍しく眉が動いた。
「…ガーネ」
「はは、……なんですか」
したり顔のガーネを見てヘルソニアは目を細め、ディアマントも少しだけ不安そうな顔をしていた。




