523話「墓凪石の部屋」
一同は部屋に足を踏み入れると、足音が独特の反響音を奏でながらやがて壁面に吸い込まれるように消えていった。
サイフィルが思わず壁面の材質を確認するように目を凝らし、軽く叩いてみるのを見て、スメイラもサイフィルの隣に立って壁に手を触れた。
「……霊鉱石、全部霊鉱石だ」
「へー、この部屋だけで時価総額10兆は超えるな、全部霊鉱石なら。売る?」
「こ、こんなとこどうやって……ていうか所有者は誰、ってそうじゃなくて」
思っていたよりは広いものの、上部の礼拝堂やその他設備に比較すると小さく、結界に封じられた『均衡を司る社』の西の拠点、という印象であった。
「なるほど、王都のあの部屋と同じ感じかな。材質は……『墓凪石』か」
「ガーネ、墓凪石ってなに」
エーリックが同じように壁や床の石材に触れてガーネへ視線を向けると、ガーネは周辺を見回してから返答した。
「荒れた霊力の乱れを整えたりする作用がある。デケェ霊脈の真上……いや、起点・噴出口に位置するこの部屋の影響もあってここら一体が『聖域』として作用しているのかな。なんか実家で似たような文献見た気がするけど………なんだっけな…」
ふと浮かんだ言いようの無い不安感のような嫌な感覚に、ちらりと視線を周囲に投げる。視線が無意識に辿った先のディアマントは、ラズリとヘルソニアと共に奥の方にある棚に安置された呪具類を眺めていた。
「巫術官長」
「なんだガーネ」
「……俺の杞憂だったらいいんだけど、なんか変な感じする。でもどこからしてるのかわからない、この部屋の材質でその違和感吸われてる感じ」
「お前さんがそれを感じるということは、儂の思い過ごしではないようだな」
「やっぱりか。どこから変な感じしてるんだろ、めちゃくちゃ嫌な感じしてきた」
気配の出処がわからずに巫術官長と共に周辺を見て周り、サイフィルもその様子に小さく首を傾げた。
「ガーネ、どうしたの?なにか探してる?視る?」
「対象がわからん、ただなんか気配だけ、どこかでなにか嫌な感覚がすごい。でもそれの出処がわからない」
「『視た』感じでは、変なものなさそうだけど……気配までは僕もわかんないからなぁ…」
サイフィルも一緒になって周辺を散策していると、少し離れたところから聞こえた声にガーネは弾かれたように顔を上げた。
「なにこれ、綺麗。腕輪?」
「翡翠じゃ。これだけ緑が深くて透明で美しいものであれば、さぞ希少性が高いな」
ラズリとディアマントが手にした翡翠の腕輪を視認した瞬間、ガーネと巫術官長の顔色が変わった。
「触るな!!手ェ離せ!!」
「陛下!すぐにお離れ下され!」
「……、…え…?」
いち早くガーネと巫術官長の言葉に反応したヘルソニアが困惑した顔のディアマントとラズリの腕を引き、腕輪から手を離させて無理矢理ディアマントの身体を抱き上げた。
「ジェレイド!女全員連れて外出ろ!『女全員』だ!!」
「わ、わかった!……こちらへ!」
ジェレイドが無意識に一番近くにいたカルセの腕を引いて反対の手で足の遅そうなスメイラの腕を引き、ラズリはヘルソニアに抱かれたままのディアマントとともにジェレイドについて外へと走って出て行った。
「えっ、が、ガーネ様?あたしは?あたしはどっち?」
「テメェは『女胎』してんならさっさと出ろ!ただの性自認が女なだけなら手伝え、小ボケかましてる余裕ねぇ!サイフィル、『呪力遮断布』持って来い!!」
サイフィルが荷物を漁り呪力遮断布を引っ張り出すと、駆け足でガーネの元に戻って行った。
「な、なんだったの?あの翡翠の腕輪?ちょっと陛下、アンタあれ、なんか変な感じした?」
「……わ、……妾はなにも…わからなかった」
「わたくしもわかりませんでしたわ…でも、なにかあまり良くないものなのでしょうね…ガーネ様たち、大丈夫でしょうか。わたくしお祈りに戻った方がいいかしら」
ジェレイドに連れられて外に出た女性陣一行は、元来た長い廊下の先の扉を振り返りわけがわからずに不安そうな顔をした。
カルセが心配そうに1人戻ろうと足を踏み出すと、ジェレイドは咄嗟にその腕を掴んだ。
「いけません!……ガーネが、女性は全員外へと言っていたんです。戻ることは許可できません」
「ですが、ガーネ様が」
「ダメだと言っているだろう!私自身どんな危機なのかわかっていない場所に、大切な貴女の御身を向かわせるわけがないだろう!!」
「……えっ?」
「あら」
「ほう」
「……あっ」
室内では異常な空気と緊張感が張り詰めていた。
サイフィルから受け取った呪力遮断布を地面に広げたガーネに、魔導師長が問いかけた。
「ガーネ、官長。どうする」
「とりあえず『この部屋』を開けた時点で封印の意味がなくなってる。部屋の封じ方がわかんねぇ以上この呪物はこれで封じるしかないだろうな」
「そうさな、一旦はここで封ずるのが一番安牌だろう」
巫術官長とガーネの会話にやや困惑した顔でエーリックが魔導師長を見ると、「どういうこと」と小さく問いかけた。
「……私も『呪物』は専門外だが、多少は知識がある。アレは禍々しい、良くないものだ。だがそれ以上のことはわからん」
「詳しくはあとで説明する。一旦雑だが封印だけする」
ガーネが翡翠の腕輪を呪力遮断布の真ん中へと置いて残った男性陣を見回した。
巫術官長も了承するように小さく頷き、ガーネは腰のベルトからナイフを取り出した。
「とりあえず簡易的に封印して、迎賓館にでも戻ってからきちんと正式な手順で封印し直す必要がある。『禁書庫安置』相当の呪物だ」
ナイフの刃を起こして、躊躇いなく左手の掌へと刃を滑らせた。
ぱたぱたと滴ったガーネの血が翡翠へと垂れ、手を翳して霊力を注いだ。
「──── 血縛」




