52話「残り香」
驚くほどの美女だった。顔は小さく、目鼻立ちの整った、淡い桃色の瞳が印象的な女性。
その彼女が、ガーネと周辺の人間の顔を見て少しだけ気まずそうに首を傾げた。
「えっと……お、お友達?」
問われ、ガーネは露骨に嫌な顔をした。
「いや……あー…………同僚みたいなもん」
「可愛いお嬢さん!災難でしたね!お茶でもどうですか!?」
「えっ、いや、あの……ガーネ?」
女はサイフィルの様子に困った顔で助けを求めるようにガーネに目を向けると、盛大な舌打ちを漏らしてサイフィルの首根っこを掴んで引き剥がした。
「悪い、コイツに関しては俺の下僕だから。あとで骨五本くらい折っとく」
「酷い!なに!お前ばっかり周りに可愛い女の子いてさ!!お嬢さん、コイツこんなに乱暴だよ!酷い男だよ!!」
「あは、知ってます」
三人は同時に固まる。
ガーネもそれを察したのか、深いため息を漏らしてサイフィルを放り投げた。
「リル。コイツらに余計なこと言わなくていい。……今この辺住んでんの?送るから」
「あ、ううん、大丈夫。旅行で来てるだけで、あっちのお店に友達待たせてるから。覚えてる?マリとライラ」
「覚えてねーよ」
「…変わんないね。……ね、明日会える?久しぶりだし、ちょっと話したいな」
「無理、いそが」
「暇暇!暇だよ!ガーネくん急ぎの仕事無いでしょ?明日お休みでしょ!?」
どういう訳か珍しくスメイラが余計な口を挟んできて、ガーネはほんの少しだけ苛立ちが先行するものの珍しさの方が勝り口を噤んでしまった。
「本当?良かった、なら明日、そこの喫茶店で待ってるね。時間は……13時くらい、どう?」
「わかったよ、ちゃんと行かせるから任せて!じゃ、気を付けてね」
ガーネがリルと呼んだ女を見送り、スメイラを睨み付ける。
「……どういうつもりだ」
「君ね、女の子のああいう顔した時の『話したいな』は聞いてあげなきゃダメだよ」
「チッ、余計な真似を……俺は何も話すことねーんだけど」
「ガーネ様、いけませんわ。女性はこの様な際、相当に勇気を振り絞ってお誘い申し上げているのです。お聞き届けになるべきです」
「えっ、どゆこと?ねえなになに、あの子ガーネになに話すの!?ていうか、ガーネ!あの可愛い女の子お前の何!?友達!!?紹介しろよ!」
「友達っつーか元カノ」
「え」
スメイラとカルセとしては、『久しぶりに出会った同郷のガーネへの恋を忘れられない女の子が想いを告げたい』のかと思っての後押しのつもりだった為に、既に関係があったとなると話しは若干変わる。
ガーネの「何も話すことが無い」も理解出来る。
「……カルセさん、どうしよう。そうなるとちょっと余計なことしたかもね」
「過ぎたことは致し方ありませんわ、あの女性の思い詰めたお顔を拝見するに、きちんとお話しの機会は設けて差し上げるべきですもの」
「待て待てーっ!お巡りに続いて元カノとかお前のこと嫌いになりそうだよ僕!」
「俺は元々お前のことそんな好きじゃねーから心配すんな」
「辛辣!でもいつも通りでちょっとだけ安心した!なんであんな可愛い子とお前みたいな極悪非道な男が付き合えるんだよ!!なんで付き合ったんだよ!!ズルい!!!」
「何こいつ酔ってんの?まじでうるせーんだけど」
「でも、私も君の恋愛遍歴は気になる。純粋に。研究者として」
「……お前らなんかもうヤダ」
気付けば二軒目に連行されていた。
先程よりも騒がしい、完全に大衆酒場だ。
「……帰りたい」
「帰すかよ!」
うんざりした顔のガーネをよそに、『元カノ』という最大のエンタメの存在に三人は勝手に盛り上がっている。
「で?で?あんな可愛い子、どこで知り合ったんだよ!まさかお前ナンパした!?」
「……基礎学習院の時の先輩」
どうやらガーネが回答するまでは終わらないと観念した様子で、『義務教育』時代の上級生──── と伝えた瞬間、サイフィルが飲んでいた酒を吹き出した。
「年上ーっ!」
「なぁマジでほんとコイツ黙らせていい?口にお絞り押し込んでもいいかな、軽く窒息死して二度と目覚めない程度に」
「ねぇ、なんで付き合ったの?」
「スメイラまでなんなの。お前がそんなに俺の事に興味あるとは思わなかったんだけど」
「面白いからに決まってるじゃない、ねえなんで?」
ガーネはいつになく深い溜息を漏らした。
「なんでって、可愛かったから。向こうが俺の事好きだって言ってきて、別に嫌じゃなかったし」
一瞬、スメイラは無言になった。
「……そうだよね、君が女の子に対して『好きだ』みたいな甘酸っぱい感情抱くのなんて想像つかないもの」
「失礼なババァだな」
「え、ガーネ様……人に対しての『好意』の感情、持ち合わせてらして…?」
カルセも存外失礼な感想をぶつけて来て、自分の第三者からの評価が相当に低そうである事を自覚して先行きが不安になった。
「ガーネお前、好きってわかる?理解してる?」
「お前らが俺の事どう思ってるか、よーくわかった」
そう言うと、一呼吸置いてからグラスに残ったジュースを一気に飲み干して口を開いた。
「好きじゃなきゃ付き合わねぇよ、めんどくせーし」
そう言った音声は、妙に感情も抑揚もない。
カルセとスメイラは思わず顔を見合せた。
「つ、つ、付き合うってお前まさか手を、手を繋いだのか……!?まさかキ、キスも…あんな可愛い子と……!!?」
「あーあー、うるせーな!んなもんガキじゃねぇんだから、付き合ってたら一通りのする事はするだろうが!」
急に伏せてしくしくと泣き出したサイフィルに一同は冷ややかな目を向け、ガーネは本格的に付き合っていられないと財布からいくらか現金を出して机に置いた。
「帰る。そこの童貞は、ここまで俺を引っ張り込んだお前らが責任持てよ」
「え、ガーネってあの後輩の元カレ?すっごい偶然!リル、まだ好きなんでしょ、より戻しちゃいなよ」
「えー、そんな…でもほらアイツ、『アレ』でいてやっぱりかっこいいからモテたしさ。多分……新しい彼女いるんじゃないかな。今も普通にかっこよかったし…」
「まあねー、だって基礎学習院卒業してそのまま官職課程進んで、現役で警察官なった超エリートじゃん。それでいて顔はなまじいいから、性格が『多少難アリ』でも女はほっとかないだろうねぇ」
王都の一軒の宿の一室で、リルは共に王都観光旅行に来ていた友人と恋愛トークに花を咲かせていた。
「もう、そんなんじゃないもん…」
そう言いながらも満更でもなさそうな顔で、リルは旅行用の鞄から取り出した鏡を覗く。
アンティーク調の繊細な装飾の施されたものであり、古びたものではあるが、鏡面だけは妙に綺麗だった。
────磨かれ続けているように。
「……別に、『まだ好き』…とか、そんなんじゃ」
未練。
そう思うと同時に、リルの手元の鏡が室内の灯りを照らして反射した。




