520話「マハシェファ語」
耳馴染みのない言語と、それを発した瞬間に一気に動いた白綿獣の群れ。
その光景を見て、スメイラがガーネに思わずといった様子で声を掛けた。
「…ガーネくん、今のなに。ていうか、何語。周辺のウチと同じ公用語じゃない言語使う国の言葉でも、聞いたことないけど」
「マハシェファ語。『始祖言語』ってやつだ」
「だからガーネお前、何ヶ国語喋るんだよ」
「新年拝賀で言いませんでしたっけ?共通言語であるディロウ語と、エルフのシェマードン古語、ケーレイン公国のケーレイン語…は、ほとんど地方訛りみたいなもんだから全然難しくないし、あとは最近習得したメイジーエ語。それと『魔女の始祖言語』であるマハシェファ語。今のところは」
一番後方にいたエーリックも引き気味にガーネに声を掛け、ガーネは少し面倒そうな顔をしながら振り返るも、相手が先輩であるために律儀に回答した。
「で?結局お前は、しろもこたちに何を命じたのじゃ」
「『先進んで部屋照らせ。散々俺の魔力餌にしてんだから言う事聞け』って」
「…マハシェファ語だと、しろもこたちは命令を聞くのか」
「正しくはマハシェファ語だからシロモコが言う事聞いたわけじゃないですね。『俺の魔力を吸った白綿獣だから』俺の命令が通っただけです。俺の魔力吸ってない連中はそこで停滞してるでしょ。マハシェファ語は『始祖言語』、魔女の言葉だから、魔女の血筋である俺の言葉が魔力通じて通せただけです。だからといってそうそうこんなことまかり通るわけじゃないですよ。『これ』するにもそこそこ魔力消耗するし、『俺のほうが格上だから』命令が通せただけに過ぎない。仮にですけど、陛下が俺の魔力共有したからって俺の命令が通るかといったらまぁお前は俺の言うことわりと聞くけどそういう意味じゃなくて『命令は通せない』ですね。元々の主従関係と、俺の中の上下関係もあるんで。あとは対象の力量」
白綿獣が照らしたお陰で細部まで見通せるようになったため、ガーネは説明をしながら礼拝堂の内部を見て回った。
入口から祭壇へと続く身廊、控えめな翼廊と、祭壇の置かれた内陣。
フローストの時とは違い、邪教の隠れ家のようにされていた『違和感』はなく、ガーネたちはくまなく内部を確認して回った。
「…良かったですわ、ここの神殿は邪教の気配がなくて…」
カルセが安心したように小さく呟き、ディアマントもフロースト神殿の言いようのない違和感を思い出し純粋に小さく頷いた。
「ガーネ、あれはなんじゃ」
「知らね。宗教関連のことを俺に聞くな、隣の聖女ババァに聞け」
「カルセこれはなんじゃ。なんのために使う。大きな穴じゃ」
「こちらは祭壇ですね、かなり古い形状のものなので馴染みないかも知れませんわ。大体この形状の祭壇が使用されていたのは5000年くらい前と習いました。昔は聖水を満たしその上に供える花などを浮かべていたようで、この窪みにおそらくこの聖域の泉の水を満たしていたのではないでしょうか」
祭壇と説明されれば祭壇に見えるその特徴的な台座は、現状使用している見慣れた祭壇よりもより儀式感の強い見た目をしていた。
ディアマントは興味深そうにその大きな窪みを覗き込んで「ふーん」と小さく漏らして小さく呟いた。
「妾より年上じゃ」
「良かったな、お前よりババァがいて」
「妾より年上ならいるではないか」
「え?そうなの?誰?」
「ヘルソニアは妾より800歳ほど年上じゃ」
「え、ババァじゃん…」
「其方、前から思っていたが頭が良いくせに悪口のボキャブラリーが貧しいな」
「俺、根がいい子なんで」
「つまり妾はババァではない。お姉さんじゃ」
「でもこの祭壇、なんか汚いね!……あれ?」
サイフィルも興味深そうに祭壇の窪みを覗き込んで声を上げるも、何かに気がついた様子でじっと窪みの奥を凝視した。
「何か視えるのかサイフィル」
「えぇと…ガーネ、シロモコたちに、ここもっと明るく出来るかお願い出来る?」
「ここってなんだ、この窪みの中照らせばいいのか」
「うん」
「ちょっと待て、────アニ・ロツェ・リルオット・エト・マ・シェ・ベトフ。アテム・イホルリーム・レハイル・ポ・ヨテル・ハザーク?」
ガーネが白綿獣へ指示をすると、白綿獣はふよっと祭壇の上部に集まり窪みの奥を照らした。
相当古いためか黒く変色した元は白かったかと思われる大理石に、ガーネはサイフィルを見た。
「…サイフィル、まさか」
「やっぱり、ガーネなら気付くと思った。……血だね、これ。でもかなり古い。多分、血を満たしてた」
血、と言われ、全員が小さく息を飲んだ。
「見た目は何の変哲もない神殿でしたで終わるかと思ったけど、黙って終わらせねぇなぁ。ならここも、『邪教』の施設だったってことか。サイフィル、お前の目で年代までわかるのか」
「さすがにそこまでは視れないかな、これの正体がなにかっては視えるしわかるけど、いつのものかとか誰のものかとかそういうのはさすがに」
「だよな。さすがにそこまでできたらお前32点じゃねぇもんな」
「32点関係ある…!?」
懸念していた邪教の隠れ家説がこの地の神殿でも露呈し、ガーネは祭壇の窪みを睨みつけた。




