519話「懸念」
「ガーネ、どうした」
ディアマントがガーネのシャツを引っ張り、小さく首を傾げた。
「……いや…」
考えがまとまらず確証が得られないうちに言葉にするのが憚られたのか、珍しく言い淀んで視線を白綿獣へと投げた。
ガーネを筆頭に、カルセ、アメジ、魔導師長と相変わらず魔力のある人間の傍に寄って漂い明かりを灯す魔獣と開いたばかりの左のドアを交互に見て、ガーネはそのままツカツカと部屋の中に入って行った。ガーネの魔力に引かれてか白綿獣もふよふよと付いて漂い、室内が明るく照らされた。
室内は特に何もなく棚のようなものが並んでおり、ガーネの後を付いてきたサイフィルも周辺を見回して異常がないかを確認した。
「特に、何もないね。変な気配も何も」
「…そう、…だな」
「…ここは、なんの部屋だ」
ジェレイドもやや警戒したような声で問いかけると、カルセが振り返り返答をした。
「教会とかですと、聖具置き場になっていることが多いかと存じます。聖具や祭具を…置く棚、と思えばなんとなくそんな気も」
「そッそそ、そ、ですかッ」
まさかカルセが回答すると思わなかったのか急に挙動不審になったジェレイドを見て、ディアマントも呆れたように息を漏らして改めて周辺を見回した。
ガーネは先に1人部屋の奥に行ってしまっていたが、そこまで大きな部屋ではなかったために慌てて背中を追いかけて近くに寄った。
「…ガーネ、お前先程から何を気にしておるのじゃ」
「いや、陛下の予知ちゃんと当たったなーと」
「たわけ、当たらぬことなどない」
「まぁでもヤベェ害獣じゃなくて良かったですよ。刺激さえしなけりゃ大人しいし。大量の虫とかだったらどうしようかと思った」
「なんじゃ。お前虫が怖いのか」
「クソデカかったらさすがに怖いかも。陛下、自分の身体と同じくらいのサイズの蜘蛛見たことあります?怖いですよ」
ディアマントはガーネの言葉に『虫が怖いのか』とからかいはしたものの馬鹿正直に自分サイズの巨大過ぎる蜘蛛を想像し、少し怯えた顔をしてガーネのシャツを握った。
「まぁ虫が怖いっていうより苦手ですね。足多くて気持ち悪いから。基本的に足の多い生き物は気持ち悪いだろ」
「…なのでガーネ様、いつもわたくしにエビやカニを剥けと…?」
カルセが何か点と点が線で繋がったような顔をしたが、ガーネは真顔でカルセを見つめた。
「いや、剥くのめんどくさいから」
「……」
「……」
「…で?ガーネ、アンタ何考えてんの?」
ラズリがガーネの表情を見て肩を竦めながら声をかけると、ガーネは宙に視線を向け漂う白綿獣を見つめた。
「…陛下の予知が当たったわけだけど、結果ただの『シロモコ』じゃん。てことは、俺の『左手の大量出血』もケチャップかなにか零したのかなーと」
「け、ケチャップ…?妾の予知が?」
「だって、不鮮明だったんでしょ?絶対に血だった?」
「わ…わからぬ」
ガーネの言う通り、見えた予知の映像が普段よりも鮮明ではなかったために自信なさ気に小さく返答をして、それでも不安げにガーネの左手の指先をそっと握った。
「…ガーネ」
「なんですか陛下」
「いい加減にせよ、妾たちがそれで騙せると思っておるのか。『本当は何を警戒した』?」
ディアマントの言葉にガーネは小さく溜息を漏らすと、ディアマントの指先を握り返してから振り返った。
「…カルセ、200何年前に来たんだったか忘れたが、昔来た時は白綿獣がこんな感じで空間照らして明るかったんだよな」
「はい」
「その後、記録上誰かここに入ったやつは?俺、お前にそこら辺も記録漁るように命令してたと思うけど」
「はい、『記録上は』誰もおりません。わたくし、聖女もしくは教会の司祭以上でなければ、この泉に入るための結界を突破できませんもの」
「て、ことはだ。お前がまだ聖女になる前にここに来た以来誰も入ってないんだよな?その時、この白綿獣どうした」
「え?どう、と申されても…そのまま入口を出て、シロモコちゃんたちはこの神殿に残りましたわ、生息域がここですもの」
「質問を変える。『この白綿獣を、この左側の部屋に1匹残らず閉じ込めてから』神殿を出たのか」
ガーネの言葉に、一同ガーネが何を疑問視して何を警戒したのかがようやく理解できて思わず閉口した。
「俺の懸念はそういうことだ。誰か、入ったやつがいる。正規の人間だったにしても、わざわざこの明かりを閉じ込める理由がわからない」
少しだけガーネの手を握り返す指先に力が入りディアマントが緊張したのが伝わったガーネは、ぽんとディアマントの頭を撫でてから手を離して部屋を出た。一同それに続くように部屋を出て、白綿獣もガーネたちの魔力に惹かれて付いてきた。
「さて、じゃあ左は終わったから順に真ん中でいい?どうせ全部見るし」
カルセ曰く、礼拝堂に続いていると思わしき荘厳な大きな扉を前に立ち止まり、サイフィルが入念に扉を確認した。
仕掛けや術式などの異常がないことを確認し、ガーネはそっと扉を押し開いた。
分厚くかなり重たい扉が見た目通りの重たい音を立ててゆっくりと開かれ、入口に漂う白綿獣のぼんやりとした明かりが数メートル先をわずかに照らす程度ではあるが、相当広い空間でありそうな気配であった。
ガーネが白綿獣に向かって指を差すと、そのままついっと奥の方へと指先を向けた。
「ティトカデムー・カディマ・ヴェ・タイールー・エト・ハ・ヘデル。アハルテム・リー・エト・ハ・マーナ・マスピーク・ズマン、アズ・ティクシブー・レ・マ・シェ・アニ・オメール」
その言葉に反応し、ガーネに付いていた白綿獣の群れが一斉に空間の奥の方へと飛んでいき、礼拝堂の全貌が確認できるように空間内を照らした。




