516話「血まみれの予知」
双眸を伏せたディアマントは、瞼の裏の映像を見るようにほんの数秒だけ無言になった。
長い睫毛が僅かに揺れ、ゆっくりと目が開くと金色の瞳が木漏れ日を反射して輝いた。
「……ガーネが、左手を怪我する。血まみれじゃ。……それと、なにか『白いもの』が大量に迫ってくる」
ディアマントが小さく静かに言葉を紡ぐ。
久しぶりの『予知』が突然見えた様子で、見えたものだけを端的に言葉にして再び瞼を伏せた。数回深呼吸をしてから再度目を開き、ガーネと視線が絡むとおもむろにガーネは左手を見た。
「血まみれって、どの程度の血まみれ」
「そこまでは鮮明に見えぬ」
「白いものってなに」
「わからぬ。聖域故か普段よりも予知の見え方が荒い。普段はもう少し綺麗に見えるのじゃ、しかしどれも一瞬で不鮮明じゃ…」
「まぁ、俺が怪我するのはどうでもいいよ。お前さえ無事なら俺は何でもいい。とりあえず左手は気ィ付けます。つーことでちょっと上登ってくる」
物言いたげなディアマントの頭を軽く撫でてからガーネは一同からまた少し離れて建物に近付くと、ワイヤーの先端に取り付けたフックを引っ掛けるために軽く反動をつけてから上に向かって放り投げた。上手く溝かどこかに引っ掛かったのを確認すると、抜けたり緩んだりしないかを確かめるために何度か力を入れて引っ張ってから石壁に足を引っ掛けワイヤー伝いに登って行った。
「……ほう、随分と機敏じゃ。図体がデカイくせに軽々と」
どこか感心したようにディアマントが呟くと、約1ヶ月前にヘルソニアもほぼ同じ感想を抱いたことを思い出してディアマントを見つめた。
「よく訓練してます。あれだけ特務に無茶振りをしているだけありますね」
「ふふん、妾の犬じゃ!」
「いや、ですがあれは『犬』というより『猿』……」
ヘルソニアとディアマントがガーネの身体能力に改めて感心しているほんの数十秒で先程掴み損なった壁面装飾、そこを足がかりにして恐らく拓けていそうな箇所まで登り切って姿が建物の陰に隠れて見えなくなってしまった。
ガーネの姿が視認出来なくなった瞬間に、ディアマントは先程ガーネに簡単に流されてしまった左手の怪我の予知の、瞼の裏に張り付いた光景に無意識に息を詰まらせて隣のヘルソニアの服をぎゅっと握った。
どこか呆れたような顔をしてディアマントを見下ろして小さく溜息を漏らしたヘルソニアは、特に声を掛けることもなく建物の『屋上』のように視認出来る箇所を見上げて腕を組んだ。
登った先の床面に、カルセの言っていた『蓋のようなもの』を確認できた。
振り返り、先程掴もうとしていた装飾のような出っ張りは上に来て初めて全貌がわかった『階段』であり、そこから階段を登ってここに来るような仕組みであると理解した。
取り急ぎ、蓋の部分を確認すべく地面に膝をついて形状を確認した。
指を引っ掛ける取っ手もあり、鍵穴も確認できた。
取っ手を掴んで軽く引っ張ってみるものの、恐らく施錠がされているのか『これこそピッキングの出番か』と懐やズボンのポケットを探すも、特に道具も無く一度下に降りるしかないかと面倒そうにガーネは小さく息を漏らした。
先程フックを引っ掛けた箇所よりもより安定する場所へと固定し、ワイヤーを握り直して再度降下して行った。
地面に着地したところで、不安そうにヘルソニアの服を掴んでいたディアマントがひどくホッとした顔をしたのを見遣りながら、摩擦熱で熱くなった手袋を冷ますようにひらひらと手を振り一同の元へと戻った。
「入口を見つけた。カルセの言ってた蓋っぽいのもあった」
「んじゃ、登るしかねぇか。どうするガーネ、運搬方法」
「めんどくせーから自力で登れないやつは置いて行きたいけどな、そういう訳にも行かねぇし、結界開けるのと周辺視察で想定外に時間食ってる。ほんとは特務は自力で登らせたいところだが、俺らで一旦全員分担するか。えーと、師長と官長アレ登れます?年寄りだけど」
「儂は無理だ」
「私も厳しいな、そういう鍛え方はしていないから腕の力がそこまでない」
「んじゃ、アメジと俺で一旦担ぐか。とりあえずおじさんたち先行きますよ。せめて俺らにしがみつくくらいはしててくださいよ」
ガーネとアメジで魔導師長と巫術官長を背負って順に上に登って行き、足場に下ろしてから再び地面に戻ってきた。
「ジェレイド、お前は登れるな。何キロまで担げる」
「……あのワイヤーを登るとなったら、しがみついていてくれれば50くらいか…?そういう訓練はしたことがない」
「りょーかい、教官はもう少しいけますよね」
「まぁ、ジェレイドよりはな。多少」
「おいジェレイド。カルセ55くらいだけど持てるか、無理なら俺か衛兵総監かアメジで持つけど」
「も、持つ!?だ、大、大丈夫だ!私がお連れする!」
「ならお前はカルセ。えーと……ヘルソニア様のこと持ったことないけど身長175くらいですよね、結構細身ですけど55くらいですか体重」
「いや、もう少しある」
「なら教官お願いします」
「じゃあ、ヘルソニア様少しだけ背中でおぶらせてもらいます」
「頼んだ」
「妾は!?妾も!妾もーっ!妾も行く!!」
「お前は俺以外に持たせるつもりないから待ってろ。アメジ、スメイラ持って、スメイラは52くらい。俺は一旦ラズリ持ってって戻ってくるから、衛兵総監とヘルソニア様と陛下はここで一旦待機を。ラズリ、背中来い」
「はーい」
「ねぇ待って?さっきから疑問なんだけどなんで君私たち特務の体重把握してるの?」
「見た目と持った感じ。大体そんなもんだろ」
ここまで一切名前が上がらなかったサイフィルがガーネの顔を見て慌てて声を上げた。
「ねぇガーネ!僕は!?僕のこと忘れてない!?僕は誰が運んでくれるの!?」
「お前は自分で登れ、さすがに俺もそこまで往復したくない。陛下、すぐ戻って来るのでお待ちください」
「うむ」
「ねぇ僕も!僕も誰かおぶってよ!」




