515話「輩」
「上か……アメジ、荷物」
「はぁい」
いつものように荷物持ちをさせていたアメジの背中に背負った鞄を開け、革手袋を嵌めてから建物の外周を改めて眺めた。
「うーん…、……教官、あそこの出っ張り届くと思う?」
「どうだろうなぁ、目測だと足りなそうな気はするけど」
「だよな……俺も足りない気ィする。……ジェレイド、肩貸して。お前が一番今日いるメンバーだとタッパある」
ガーネが神殿の壁面にある装飾を指差してエーリックと高さを目測で確認してから着ていたベストを脱いでシャツの袖を捲った。
「え、な、なにをするつもりだ。大体君が為すことは基本的にろくでもないんだ」
「まぁまぁ、固いこと言うなって。お前俺にどんだけ世話になったと思ってんだ、アレだけお膳立てしてもらってよぉ。借りも返せねぇのか、本人にぜーんぶバラしてやってもいいんだぞ。ア?」
「輩か君は!!わかったわかった!!なにをしたらいいんだ!!」
「最初から大人しく俺の言うこと聞いてりゃいいんだよ、わかったら大人しくそこの下まで行ってしゃがめオラ」
横柄に顎でしゃくって壁面に突き出した装飾の下までジェレイドを連行すると、申し訳程度に脱いだベストを肩に掛けてから遠慮も容赦もなく肩に足を乗せた。
「待てガーネ貴様!!まさかと思うがこのまま立てと言うのではないだろうな!!」
「わかってんならさっさと立てよ」
「ぐッ、く…!お、重…ッ!何キロだ君は一体…!」
「ベスト体重74。もう少し右」
ガーネを肩に立たせてフラつきながら立ち上がったジェレイドは、ガーネの指示通りに一歩だけ右に足を踏み出して踏ん張った。そのままガーネは腕を伸ばして見るものの、どう見てもリーチが足りずにいてわざと爪先に力を入れた。
「い、痛い!!ガーネ!!靴が肩に!!食い込んでいる!!!」
「おっと失礼」
鼻で笑ったガーネはそのまま地面に飛び降りて着地すると、汚れたベストをカルセに投げ渡した。
「教官、不足2mくらい?」
「いや、1.5かな」
「うーん微妙だなぁ」
「ガーネ!君は私になにか言うことがないのか!!」
「あ?無いけど。つーかお前の無駄に白い近衛服が汚れないように配慮してやったんだろうが、お前こそ俺にお礼は無いのか」
「え?あ、ありがとう……?」
「どーいたしまして。アメジ、お前俺の事飛ばせるか。飛ばせるよな」
「任せて!エイミー、ガーネ様のために頑張れちゃう!」
「ははは、どいつもこいつもこのくらい俺に従順で素直ならいいんだよな」
アメジが先程ジェレイドが立っていた場所近辺に立って足を少し広げて踏ん張り、両手を組んで土台になった。
ガーネはアメジの手に片足を掛けると、『せーの』と互いに声を掛けてガーネが反動をつけて飛ぶのに合わせてアメジも脚と腕の力でガーネを上に放り投げた。
特務一のフィジカル担当のアメジとガーネの運動神経で目標にしていた装飾に手が掛かり、ガーネは指先の力で掴みかかった。
「やった!さすがガーネ様!」
あとは腕の力も駆使して懸垂の要領で上に上がるだけと下から見守っていたものの、ガーネは小さく「あ、無理だ」と呟いてそのまま地面に落下した。
「オギャーっ!!ガーネ様ァーーッ!!」
アメジの野太く小汚い悲鳴が響き、ディアマントも背中から落下したガーネの姿を見て思わずヒュッと息が詰まった。
「が、ガーネ…!!」
「陛下、安全確認済んでないのにいきなり走らんでください。ガーネなら大丈夫です」
エーリックが飛び出そうとするディアマントの前に手を差し出して制止して落ち着いた様子で声を掛けた。
「ば、バカモノ…!ガーネがっ、せ、背中から…!」
「あの程度の高さですよ、ガーネだって受け身くらい取れますし訓練してます」
エーリックの言葉通り、接触する際に両腕で地面を強く叩いて衝撃をいなしていたガーネはすぐに立ち上がって土埃をバサバサと雑に払ってスメイラに声を掛けた。
「おい、ワイヤー持って来てたか」
「いつも言われてるから、今日も入れてるよ」
心配そうに眉尻を下げるディアマントをよそに特務の面々は淡々とした様子で荷物を漁り、ガーネはアメジに対して「お前はいちいち叫ばないと死ぬの?」と雑にあしらわれ「てへっ」と舌を出しながら揃って一同の元に戻ってきた。
「なんだガーネ、指の力まで鍛えてなかったのか」
「ちげーよ、めちゃくちゃ苔で滑って掴むところなかった」
スメイラからワイヤーとフックを手渡されたガーネは、手馴れた手付きでフックを取り付けて緩みが無いかを確認した。
「……ガーネ…」
ディアマントの声に顔を向け、どこか不安そうな顔をしている様子に小さく首を傾げて口を開いた。
「どうしました、陛下」
「せ、背中…」
「背中?汚ぇってこと?それはちょっと今は仕方ないんで勘弁してくれますか」
「い……痛くない?」
「痛くねーよ」
「嘘をつくな!本当は痛いのに我慢をしておるな!」
「全くなにも痛くないかって言ったらそりゃ多少は痛いけど。そのための受け身だし。まぁ強いて言うならどこぞの可愛い女が引っ掻いた箇所がちょっと痛いくらいか」
「どこの女じゃ!どうして引っ掻かれたのじゃ!」
「はは、さーな」
安心させるように普段よりも優しい声でガーネが声を掛けた瞬間、ディアマントは一瞬遠くを見つめて慌てて目を伏せた。
「……待て。『来た』」




