513話「知ったかぶりお姉さん」
結界を抜けてから再度運河を進み、神殿視察の『強行』を始めた。
カルセの説明では、結界を抜けてから更に船でおおよそ30分。運河が少し狭くなるため、速度を落としての運行となった。
「えぇと、えーと…く、くらびちのべ、べ、ベルト?の、こるく」
「なんて?」
「ふ、ふん!妾、わかるもん!ガーネにもう一回説明の機会をくれてやる!『なぜ船は浮かんで進むことが出来る』のじゃ!妾が採点してやる!」
「船舶の本質は、内部に巨大な中空構造を確保することで構造体全体の『平均密度』を周囲の液体の密度よりも著しく低下させている点にある。これにより、船体が排斥した流体の質量に比例して発生する『上向きの垂直抗力』が、重力加速度によって生じる下向きの全重量、グラビティを完全に相殺する。この静水圧の差圧によって生じる鉛直方向のベクトルバランスが、水面への定着を可能にしている。さらに推進原理に至っては、内燃機関から伝達された回転トルクがプロペラ翼面において流体を加速させ、運動量変化を誘発。その結果生じる『流体反力としての軸方向推力*、すなわち作用・反作用の力学的相互作用によって、船体は流体抵抗を突破し、前方へと遷移していく。単純な数理モデルの連立で説明できる事象だけど」
「……そ、そうじゃ!すうりもでるの、ぐらびちーのぷろぺらじゃ!さすが妾の犬、よくわかっておる。及第点じゃ!」
「………」
「僕、ガーネが何言ってるか何一つわかんなかったよ!」
「わかるように説明してねぇもん。浮力の話は流体力学で、プロペラで進む話は力学だな」
「サイフィルは32点のおばかさんだから、『化学』がわからぬのじゃ。妾は女王だから、ちゃんとわかるのじゃ!」
「お前俺に『なぜ船は沈まないのじゃ!どうして進むのじゃ!』って目キラキラさせながら聞いてきたくせに。ちなみにこれは『物理』の話だ」
「ガーネ、俺もぜんっぜんわかんなかった。端的に掻い摘んで言うと?オジサンもなんで船浮かぶのかわかんねーよ」
「船の中が空洞でめちゃくちゃ大きいから。水に入ったときに『押しのけた水の重さ』と同じだけの上向きの力…まぁこれが『浮力』ってやつだな、これが働くから」
「船全体の重さより、その『浮力』の方が大きいから浮くってことですの?では、進むのは?」
「それは後ろのプロペラのおかげ。水を後ろへ力いっぱい押し出すことで、その反作用…要は跳ね返りの力を使って前に進む」
途中でガーネのディアマントへの意地悪に対し、内容に純粋に興味を持ったらしいサイフィル、エーリック、カルセが口を挟んでディアマントに対してとは異なり端的に説明をした。
「お前、そんなわかりやすく説明出来るなら陛下にもそうやって教えてやればいいだろ」
エーリックがやや呆れたような顔でガーネを見るも、むしろガーネはディアマントをちらりと見て小動物を愛でるような目を向けた。
「だってクソ可愛いんだもん。こないだ赤ワインのシミが取れにくい理由の説明したら最終着地が『ふらびりの骨格のイオンのタンニンの固定』だぞ。クソ可愛すぎてもっかい見たくて。この知ったかぶりお姉さんのこと」
「し、知ったかぶりじゃないもん!妾わかるもん!!」
「じゃあ今の説明してくれ」
知ったかぶりを指摘されぎくりと肩を揺らしたディアマントを見て、可愛すぎて今すぐ抱き締めたい衝動に駆られたガーネは再度意地悪を言った。
「ふ、ふふん!簡単に言うと、『ぐらびちーのプロペラの物理』じゃ!」
「おー、すごい。正解、さすがお姉さん」
「説明の絞りカスの残滓みたいなのしか残ってないけど」
「ラズリ、お前も頭痛が痛いみたいになってるけど」
得意気な顔をするディアマントがとにかく可愛くて仕方がないガーネが無条件にディアマントを褒めたところで、ラズリの容赦ないツッコミが炸裂しガーネもそれに雑に返した。
少しだけ緊張した空気が和らいでいたが、神殿が視認出来ると再び緊張した様子で空気が変わった。
「着いたな。……さすがにこんだけ気温高いと乾くのはえーな」
ガーネはすっかり乾いたズボンの内側にシャツの裾をしまってベルトを締め直し、ディアマントの膝上に置かれたネクタイを手にして襟元に締めてからベストを着用し、スメイラからホルスターと銃を受け取って装備をし直した。
船着場のようなものは特に無いため、下船する為の階段が下ろされ一同順に船を降りた。
「陛下、腕上げてくれますか」
「?こうか」
階段の先は陸地ではなく膝下まで浸かるほどの水辺であるため、デガーネはディアマントの身体が濡れないように腕を上げた下に両手を差し込んでそのまま身体を抱き上げて階段を降りた。
陸地についてそっと地面に身体を下ろすと、ディアマントは興味深そうな顔で神殿を見上げた。
「…フローストにあった神殿より、小振りじゃの。それに造りも異なる」
石造りの神殿は砂漠の地にある建造物にしては妙に苔むしていた。
それは周辺が泉に囲まれ、中洲のような場所にぽつりと立った北のフロースト神殿とはまた異なる荘厳さであった。
「サイフィル、それとラズリで一旦周辺ぐるっと見て回って来い。ジェレイドはカルセの警護、アメジと魔導師長と巫術官長は陛下とヘルソニア様の警護。スメイラと衛兵総監で全体見ててくれ。俺は入口見てくる」
ガーネが一度神殿の入口に向かい、ドアのようなものを確認して軽く押してみたりと触れてから、改めてその周辺を見回した。
地面の苔の具合や土埃の積もり具合、建物全体の違和感や歪みの有無を細かく確認して、サイフィルとラズリが一周して戻って来たのを見計らってガーネも合流した。
「なんか目ぼしいものはあったか」
「特には。窓も無ければ入口も、アンタが見てたところ以外は特になし」
「術式とか呪具とか、そういうのも見える範囲には無かったよ。ガーネは?なにかあった?」
「…なにもなかった。……ドアっぽいものはあったが、ドアノブと無ければ鍵穴もない、どうやって開けるのかよくわかんなかった」




