511話「脱いだらすごい」
運河を遡上して聖域に到着すると船が停船し、カルセがそっと境界となっている結界に触れた。
「……今日は、日がよくありませんわ。少し時間がかかりそうです。申し訳ございません」
「仕方がない、お前でダメなら無理矢理結果ぶち壊すしかないからやってくれ」
「ガーネ様がやると、多分地形が変わりますわ…少しお待ちくださいましね」
いつも通りカルセが胸元に下がる円環の意匠を指先で握り指を組み、デッキの先端で膝をついて祈りの姿勢をとった。
小さな声で祈りの言葉を呟き始めたのを見計らって、ガーネはディアマントとヘルソニアに視線を向けて口を開いた。
「カルセが結界開けようとしてる間に別件なんですけど」
「なんじゃ」
「外遊が終わって王都に戻ってひと段落ついたら、一旦実家に帰ります」
「…なぜじゃ」
「例の導師の件。アミュんとこ行ってもいいけど、同じ話通じないなら母親の方がまだ話通じるんで。セイズゥル部族のこと確認するならアミュよりリエーブの方がわかるだろうし、文献や資料も俺ん家なら多分あるはずです。必要があればちょっと部族に顔出しして導師に心当たりないか聞き込みも」
「ふむ…確かに。……ちなみに、ガーネ。聞き込みと言ってもセイズゥル部族にツテはあるのか、其方にせよリエーブにせよ」
「『始祖の魔女の出身地』ですよ。リエーブも俺も、それこそアミュも、問題なく顔は利きます。ちなみにアミュもリエーブも、セイズゥル語は堪能です」
「妾も行く!」
「ダメ」
「なぜじゃ!」
「ほかにもやることあるから、忙しい。リエーブの相手してお前の子守りまでしてたらまた熱出るだろーが」
あっという間にむくれた顔をしたディアマントを見てガーネは「うーん」とわざとらしく考え込んだ。
「……土産、今までと違うものにしてみようかな。趣向を変えて」
土産というワードに、単純にもディアマントがぱっと顔を明るくした。
「どんな土産じゃ!妾、いつもの無花果の蜂蜜のも欲しい!」
「はいはい。何にしようかな。向こうにも温泉街あるし、やっぱ木彫りの熊か」
「木彫りの熊は前にもらった」
「じゃあ、今回は木彫りの熊だな。鮭咥えてるやつ」
「いらぬ、木彫りの熊は可愛くない。いかつい。クマは、妾にはシロクマのゆきちゃんがおる」
「じゃあ、土産ナシだな」
「土産欲しい!!欲しい欲しい欲しい欲しい!!いやじゃ!!買って!!買って買って買って買って!!!」
「うるさ、子供か。留守番出来ない子には買ってきません」
「土産欲しい…留守番する…」
「………」
「………」
呆れた顔のヘルソニアとガーネを、ややむくれた顔のままディアマントが見つめていた。
ディアマントがガーネと視線が絡むと、ちょこんと首を傾げて上目遣いで見つめながらしおらしい声を漏らした。
「……妾に土産、くれる?」
「はぁ?可愛い。なんでも買ってやる」
2時間程経過し、カルセが疲れた顔で振り返った。
「陛下、お待たせして申し訳ございません。開きましたわ」
「ご苦労じゃった」
「お疲れカルセ、ありがとな」
「いえ、……あの、ガーネ様」
「どうした」
「なんだか、先日見に来た時と結界の感じが違いましたわ。上手く言えないんですけれど……『こじ開けようとした』ような痕跡がありまして。ですが、実際はどこも開いてはいないですし、開いた様子も見受けられなくて…すみません、お祈りし始めて気が付いたもので、途中で止められず事後報告になってしまいましたわ」
ガーネはカルセの言葉を聞いて思わずディアマントとヘルソニアの顔を見てから、魔導師長と巫術官長へも視線を向けた。
「……その『こじ開けようとした痕跡』ってのが、引っかかり覚える。ヴェルトラウリ区の防衛結界も『こじ開けようとした痕跡』だけ残してたな」
「あの時は確か、ガーネ。お前さんの魂座標の観察をされていたんだったか」
「そうですね、……うーん。どうにも今回の外遊は全部がすんなり行かねぇなぁ…」
巫術官長の言葉に小さく頷き、ガーネは深々と盛大な溜息を漏らしてカルセのお陰で『通行出来るようになった』結界に触れた。
「……ガーネ、魔導師長。其方ら、結界監査は出来るだろう。見ることは出来ないのか」
「結界監査自体は出来ますけど…」
ガーネが魔導師長をちらりと見ると、魔導師長もガーネの視線を受けて小さく頷いた。
「少し難しいですね。まず、道具を持って来ていない」
「ついでに言うと、『聖属性』ってのはちょっとばかし特殊なんですよ。だから見ること自体は出来るけど、見たところでどーのこーのは多分俺も魔導師長も難しいかと。…結界杭、どこにありますかね。簡易的になら見るだけ見れます」
「……こういう場所ならば、…運河の底か」
「うーん、なるほど……サイフィル。お前、泳げるのは知ってるが潜れるか」
「え?多少は」
「どのくらいいける」
「えー?どうかなぁ、潜るだけならそれなりに?でも長くは無理だよ」
「……船のサイズ考えても水深15mは最低でも必要か、もっと深い可能性も全然あるが…」
ガーネは甲板から身を乗り出して運河の底を睨みつけた。
よく澄んだ美しい水で、川の底まで見通すことができる。凡そ15m前後かと当たりをつけて、ガーネは一同を振り返った。
「一旦杭だけ確認してきていいですか。俺らだけならまだしも、陛下がいる中で懸念がある状態で進みたくない」
「構わぬ」
「サイフィル、着いてこい。俺の目になれ。スメイラ、明かり用の魔法石あるか」
「え?う、うん」
「用意しろ。そんなにデカくなくていい。無くても見れそうだが念の為だ。サイフィルは着衣水泳じゃなくていい、脱げるの脱いでけ。そんで俺らが潜ってる間はカルセは休憩、他は待機」
「かしこまりました」
ガーネがホルスターを外してスメイラに銃ごと預け、ベストとネクタイを外してシャツを脱いで、衣服をまるごとディアマントに放り投げてからブーツを脱いだ。スメイラから手渡された魔法石を柵に叩きつけて明かりを灯したタイミングでサイフィルも準備が整った様子でガーネに声を掛けた。
「ガーネ、準備出来たよ!」
「………」
「え、なに?どうしたの?」
「いや、……お前はさ、俺があんだけ鍛えて特訓させてたつもりだけど…身体が相変わらず貧相だなぁと。まぁ上手くサボってんのは知ってるけど」
「えっっっ」
「ほんとだ、ガーネくんと並ぶとびっくりするほど貧相…」
「スメイラさんまで!!?」
「そうじゃ、ガーネは『脱いだらすごい』のじゃ!」
得意気に返すディアマントに呆れた顔をしたガーネが息を漏らし、サイフィルへ入水を促すように顎でしゃくった。
「だからお前はその『脱いだらすごい』の意味分かってんのかっての。……まぁいいや、耳抜きしろよ。行くぞ」
魔法石を口に咥えて柵に足を掛けると、ガーネは躊躇いなく水面へと飛び込んだ。




