504話「護衛騎士」
「お兄様、やってくれましたわね」
「………」
「皇国内であれば、国の法律も序列もありますわ。多少のオイタも許されます。ですがここはよその国ですのよ、わかっていらっしゃるの?」
「………」
「皇王陛下、なんと仰るかしらね。少し反省なさって」
スリラハは部屋に兄を取り残し、護衛に見張りをしっかりするように命令をしてから近くに控えていた側近に声を掛けた。
「食事にします。お兄様には適当になにかお出しして。私は食堂でいただくわ。帰り支度急ぎなさい」
深々と頭を下げる側近に目も向けずにスリラハは導師タマスを伴って食堂へと向かった。
「………」
「………」
人気が無くなった広い廊下で、スリラハは小さく鼻を鳴らして笑った。
「なにかやるんじゃないかとは思ったけど、まさか本当にやるとは思わなかったわ。さすがに顔に手を上げるとは思わなかったけれど。ほほほ、……本当に愚かな兄だこと。……予定通りお兄様さえ潰せば、あとは異母兄なんて雑魚よ。皇国に戻ったら潰す。そうしたら、晴れて私が皇位継承権1位となる。──── …タマス、もう少し働いてもらうわよ」
「御意に、スリラハ様。……今回の褒美を、ひとつオネダリしてもよろしいでしょうか」
「あら、なぁに。言ってごらんなさい」
「帰りの見送りの際に、女王の近衛騎士と会話する機会をお恵みください」
「あら、そんなことでいいの?なに、お前もあの男が気に入ったの?」
「いいえ、あんな子供に興味はありません。一言、あの子供に伝えたいことがあるだけでございます」
「お前は欲が無いわね、あんな『小さな金の欠片』を欲しがって、『軍人如き』に関心を持って。まあいいわ、好きになさい」
「有り難き幸せ」
*****
「ひっ…うぐ、…ぐす…」
室内で小さく響く泣き声に、侍女長は悲痛な顔をしてディアマントを見つめていた。
娘のように可愛がっていたディアマントの痛ましく腫れ上がった頬を見ていられず、新しく冷やし直したタオルをガーネに差し出し、ガーネは温くなった左頬のタオルと取り替えて膝の上でディアマントの身体を抱き直した。
「………」
「………」
侍女長もガーネもなにも言わず無言でディアマントが落ち着くのを待ち、ガーネはディアマントの身体を膝の上で抱き締めて真顔で正面を見ていた。
「……侍女長」
「…はい」
「目元を冷やすものも持ってきてくれ」
「かしこまりました」
侍女長が一礼して下がると、2人きりになった部屋でガーネは細く息を漏らしてディアマントの首元に額を押し付けた。
「…ガーネ、もう大丈夫じゃ、…妾、泣いておらぬ」
泣き止んだディアマントの声は泣いたことを示すようにどこか詰まった声をしており、ガーネは顔を上げてディアマントの頬を一瞥してからすっかり赤くなった目元に指先を這わせて涙を拭った。
「……ごめんな、怖い思いさせて」
護衛としてではない言葉に、ディアマントは小さく首を振り、ガーネの服をきゅっと掴んだ。
「妾、こわくないもん」
「うん」
「こわくなかったもん」
「うん」
「平気じゃ、お姉さんだから」
「うん」
侍女長が替えの冷やしたタオルを持って来ると、ガーネはディアマントの身体を抱き上げてベッドに運んで横たわらせた。
「見送り、どうする」
「行く、平気じゃ」
「わかった。なら、時間までほっぺたと目冷やしとけ。そんで化粧直し。少し寝ててもいい」
「……そばにいる?」
「ずっといる、今日は絶対に離れない」
ガーネの言葉に安心した様子のディアマントが小さくこくんと頷くと、侍女長が目元に冷やしたタオルを当てて頬とともに冷やした。ガーネはディアマントが服の裾を握っているのに気がつくとその指先を取って手を握ってやりながらベッド脇に腰を下ろした。
「…まさか、こんなにお可愛らしくてお美しいお顔を…叩くだなんて」
侍女長が絞り出すように声を上げ、冷やしたタオルの上からそっと頬を撫でた。
「平気じゃ、妾痛くない。こわくない。泣いておらぬ」
「痛いですわ。怖くていいのです。……ああ、代わって差し上げたい」
「妾、こわくないもん」
「陛下…」
「妾お姉さんだから、大丈夫なのじゃ」
少しずつ声の調子がいつもの様子に戻ってくると、それまで抑えていた殺意がふつふつと湧いてきて目元と頬を押さえたままのディアマントの顔を見つめて口を開いた。
「……お姉さん、……あの野郎、殺していい?」
驚くほどに冷えたガーネの声にディアマントはギクリと肩を揺らし、繋いだ指先の力が僅かに強まった。
「だめじゃ、さすがに。……ガーネ、先ほどは向こうの国になんと言ったのじゃ」
「さっきっていつ」
「皇子を取り押さえたときじゃ」
「制圧した、さっさと引き取りに来いしか言ってねぇよ」
「……特務総監様、叩かれる前に動いてらっしゃったでしょう」
「肩開くの見えたからな、打撃来ると思って。……全然、間に合ってなかったけど」
「間に合ったのじゃ。ばちんて音がしたあと、ガーネの背中見えて、瞬きしている間にもう地面に引き倒されておった」
「陛下が叩かれたのにこんなことを申し上げるのは何ですが……正直素人目ですが、あの速度で反応して動けるのは貴方くらいですわ」
「そうじゃ!妾の騎士はすごいのじゃ、強いのじゃ!」
得意気な声で言うディアマントの言葉に、ガーネは思わず自嘲してしまい、声を詰まらせた。
「………強くねーよ、ちっとも。一番大事な女も守れなくて。……俺が、死にたい」




