502話「人並み」
「見よ!どうじゃ!似合うか!!」
昨日までと全く同じ態度でドレスを見せびらかすディアマント。
ガーネはそれも彼女なりの配慮なのかもしれないと小さく笑みを浮かべながらドレス姿を確認した。
ディアマントは『1度袖を通したらもう2度と同じドレスは着用しない』というタイプではなく、気に入れば同じものを平気で着るし、褒められれば何度でもそれを着るし、繕い直してリメイクしてデザインを変えたりレースやフリルを足したり袖の形を変えてみたりと、倹約をしているわけではないが『別に新調する必要があるときは新調するが、城にいるだけなら必要ない』という若干の無頓着があった。
勿論新調するときは新調するし、自身が買い物をすることで王国内の経済が回ることも理解している。
故に、たまに買い物をして真新しいドレスや髪飾りやアクセサリーを手に入れると、本当に嬉しそうに「似合うか!」と見せびらかしに来る。
「かわいい」
ガーネの絞り出すようなしみじみとした呟きに、ディアマントは嬉しそうに藍色に銀糸のレースチュールを重ねた繊細なエンパイアドレスの裾を持って広げた。
「どこが一番可愛い?」
「どこぞの男がプレゼントした、結構高かった瑞月真珠のペンダントと安物のサファイアのチョーカー重ね付けしてドレスと色合わせてるところかな」
「ふふん!妾は何を身に着けても美しく愛らしいのじゃ」
得意気になってくるりと回ったディアマントを見て、今すぐ抱き締めたいほどに愛おしい気持ちに支配された。
改めて白手袋を嵌め直し、ガーネが手を差し出して「陛下」と短く声を掛けた。
「会談会場まで、エスコートをさせていただけますか。お姫様」
ディアマントはにこりと笑ってガーネの手を取り、昨日と同じ迎賓館東館の大広間へと一同は向かっていった。
「ほんとはあの赤い宝石の髪飾りも付けたかった」
「アレは今日は駄目。でもアレ、ルビーじゃないけどな。多分レッドベリル。買った時似合うかどうかでしか考えてなかったからそこまで見てなかったし、安物だし」
「お前はすぐ安物というが、それでもあの工芸品の髪留めはそこそこの値段がするものじゃ」
「贈る相手が目利き出来ちまうのも考えモンだよなぁ」
「ふふん、妾はお姉さんだからわかるのじゃ!お姉さんだから!」
「あっそ」
完全に『いつもの』空気で、昨日の緊張も忘れた様子で東館の控室へと入ったディアマントであったが、開始の時間が始まるとやはり言いようのない緊張感に次第に口数が少なくなっていった。
数々の好意は今まで寄せられてきたし、その数も数え切れないほどである。しかし、あれ程までにねっとりとした『嫌な』好意を向けられた経験は今まで無く初めての経験であり、どうしていいかわからない戸惑いが恐怖に似た何かにじわじわと変換されていった。ゆっくりと目を伏せ、細く息を漏らした。
「お時間です」
侍従の声でディアマントが伏せていた目を開き、一同を見回した。
「…参るぞ」
「は」
ガーネが手を差し出し、ディアマントが手を添えて立ち上がった。
大広間へ向かう廊下をエスコートし、広間に入ってディアマントが着席してから昨日と同じように斜め後ろの定位置についた。
会談が始まるや否や、会話自体は当たり障りのない内容ながらラヴィハからディアマントへ注がれる視線はまるで自分の所有物を品定めするような目を向けていた。
「ディアマント様、昨日はよく眠れましたか?」
「…人並みじゃ」
「ディアマント様。今日で我々は皇国へ帰ってしまいます。もっと貴女と、深めたかった」
「……ふ、ふかめる?」
「ディアマント様、今日は朝食に何を召し上がりましたか?」
「…ええと、パンケーキじゃ、サボテンのジャムとオエィセ豆のスープと一緒に」
「いけませんね。もっとたくさん召し上がらなくては。豊かな身体を作るには足りませんよ。おや、もしかして少食ですか」
「ひ、ひとなみ、じゃ」
スリラハ自身も兄のその『いつもの様子』にどこか呆れたような顔をしつつも、さすがに外交の場で兄が『暴走』しないかは懸念しているかの様子が時折その表情から見て取れたガーネは、なぜ皇子だけでなく皇女のスリラハが同行したのかうっすらと察した。
それよりも、この2日間で全くと言っていいほど情報も人物像も何も掴めなかった導師・タマス。相変わらずヴェールで鼻から下を覆っており表情は伺い知れない。
しかし、昨日と明確に異なるのは、タマスがガーネを見て『笑っている』ことであった。
微笑みなどの好意的な笑みではない。獲物を見つけ、追い詰めた時のような嫌な笑みであった。
口元こそヴェールで隠れているものの、笑っていることがわかるほどに目が細められており、『作り笑いや愛想笑い』のそれではない。
あの視線に、笑みに気付いているものはいるのだろうか。
ガーネは周辺に視線を回し、それぞれの表情や視線、指の動きや肩の上下や胸の動きから推定される呼吸の深さと速さ、瞬きなどを確認し、改めてタマスへと視線を向けた。
ラヴィハがねっとりとディアマントを見つめる中、タマスはガーネをじっとりと凝視していた。
「さて、ディアマント様」
会談ももうまもなく終了という折、ラヴィハがディアマントの名前を呼んで視線を絡ませた。
「な、なんじゃ。ラヴィハ皇子殿下」
「昨日の『お返事』を」
その言葉にディアマントはギクリと肩を揺らした。
「ああ、みなまで言わずともわかってはいるんですよ。オレも一応建前は通す必要がある。正式な縁談の申し込みは、改めて皇国に戻り次第…大至急、父である皇王陛下に依頼をします。最短で、貴女を娶り迎える準備をさせていただきます」
ディアマントが緊張から唾を飲み込むと、こくりと小さく音が響いた。
「ラ、ラヴィハ皇子殿下」
「なんでしょう」
「……せっかくの申し出、妾には勿体ない。貴殿には、もっと相応しい女人がいるであろう」
「オレが貴女を選んでやっているだろうが」
ぴしゃりと被せるように、今までと明確に異なる圧のある声にディアマントはちらりと隣のヘルソニアへ視線を向けた。敢えて、後ろのガーネは見ることができずにいた。
「…申し訳ない。謹んでお断り申し上げる。近々、正式に婚約を国内外に発表する予定じゃ。相手方とも、双方の合意が取れておる。妾はその者と、生涯を共にする」
「…………そう、ですか。お相手は、どなたですか」
「それはまだ王城内でも正式に公表しておらぬ。この場での発言は控えさせてもらう」
「ふ、は、ハハ。そうですか。どのような殿方ですか」
「……強く、優しく、聡く…妾を一番、愛してくれる男じゃ」
「ほう。そうか」
ラヴィハの手が僅かに震え、スリラハもそれに気付いて少しだけ緊張したような顔をしていたが余計な口は挟まずにいた。
数秒置いて、ラヴィハがディアマントへと視線を向け、にこりと人の良さそうな笑みを浮かべた。
「少し早いですが、ご婚約おめでとうございます」
「…祝辞、受け取った。感謝する」
その後は特に不穏なものもなく、無事に会談を終えて互いに記念品の交換を行った。
立ち上がる際にガーネが素早く慣れた所作で手を差し出し、ディアマントも当然のように手を重ねてガーネと視線を絡ませた。
緊張で強張っていた顔が、ガーネの顔を見てふわりとほどけたように安心した顔になり、ディアマントはすぐに姿勢を正して正面へと向き直った。
ヴェルーティン王国からメイジーエ皇国へはオエィセ区特産の反物を数点と、硝子製の茶器と茶葉。
メイジーエ皇国からヴェルーティン王国へは、香木と金製の酒器、メイジーエの特産の酒。
これらを互いに儀礼的に交換し、最後に元首同士での対話ということでヘルソニアを筆頭にガーネも含め数歩下がった。相手国側も側近や護衛が数歩下がり、中央でディアマントとラヴィハ、スリラハが3人で言葉を交わしていた。
「ディアマント女王陛下。ヴェルーティンは非常に興味深かったわ。次回はもう少しゆっくり国内を観光したいですわ」
「ぜひ、またの機会に。今回はわざわざ足労をかけさせた、帰路もどうか気を付けて」
「ええ。ありがとうございます。ディアマント女王陛下も、ぜひメイジーエに来てくださいな。歓迎いたしますわ」
無言になってしまったラヴィハに変わってスリラハが言葉をかけディアマントと会話をしている最中で、ラヴィハが半歩だけ前に出た。
「ディアマント様」
「な、…なんじゃ」
「貴女のご婚約相手は、あの騎士ですか」
「……」
「貴女の、先程立ち上がる時のあの目。あの顔。…あの男なのですね」
「その質問には、先程も伝えた通りじゃ。公式に発表する前故、今は言えぬ」
「お兄様、いいじゃないどうでも」
なにか不穏なものを感じたらしいスリラハの表情が変わり、会話までは聞こえずともガーネはその表情の変化だけで一気に神経を尖らせた。
「ディアマント様、…改めて、おめでとうございます」
「…あ、…ありがとう」
「あんな、軍人風情に、格下にオレは負けて選ばれなかったということですね。オレが選ぶ立場であるはずなのに、貴女は選り好みをした。格下の、騎士、軍人階級の下層の男に。…下層の男に、オレが、負けた?下層の男を選んだのか?」
ラヴィハの目の色が変わり、肩が開いた。
その瞬間にガーネは反射で足を踏み出して飛び出したものの、ラヴィハの振り上げた手が勢いよく振り下ろされるのにはさすがに間に合わず、『ばちん』と乾いた音が周辺に響いた。




