501話「打診」
翌日、会談2日目。
この日は午前中に会談をし、相手国の帰国の途に合わせて昼過ぎに見送りをして会談を終える予定であったが、前日の勘違いと妄想と思い込みが加速した皇子に対しての警戒や未だに謎しかない導師の件もあり、朝食後にディアマントとヘルソニア、警備陣営のメンバーで最終打ち合わせをしてからディアマントは会談に向けて侍女長と着替えのために部屋を下がった。
「ヘルソニア様、個別に少しだけお時間よろしいですか。5分で済みます」
「…向こうの部屋に行くか」
ガーネがヘルソニアに声を掛け、空気を読んで別室へとガーネを連れて行った。
近くのソファを指さし、ガーネが促されるままに腰を下ろすと、ヘルソニアが足を組んで口を開いた。
「なんとなく言わんとしていることはわかるが」
「はは、やっぱり?…陛下に、縁談の申し込みをします。正式には改めて、家のことも絡むので手順はきちんと踏ませていただきます。…向こうの皇子からの正式申込みが来ると断るのが面倒になると思うので…ヘルソニア様は先にお伝えします。陛下には『近々正式に婚約を発表する予定だ』と断るように言ってあります」
「そうか、わかった。…まぁ、侍女長からも話は聞いてはいたんだが。別に其方であれば問題はないだろうし、王城側の他の者も特に異は唱えないろう。貴族も、家柄も其方の役職も鑑みて特に不満は上がらないと思うが……それより其方、ミモゼに『子供が出来たら陛下を取られる、だから結婚したくない』と言ったそうだな」
「それは昨日本人にも言いました。クソ笑われました」
「すまんが私も笑った」
ヘルソニアが小さく息を漏らして背もたれにより掛かると、まじまじとガーネを見つめた。
「ガーネよ」
「はい」
「陛下のことが、そんなに好きか。あんな小娘が」
「はい。自分の命を擲っても何も惜しくないほどに、彼女を愛しています。今も、『昔』も」
「ほう。どこまで覚えている。いや、思い出した」
「なにも。でもなんか感覚ですかね、もう本能レベルであの女が欲しいです。愛しています。誰にも触らせたくありません。アレは俺の女です」
「…ふ、そうか。…『今度は』誰にも奪われないように、さっさと首輪をつけることだな。赤坂ミナト」
*****
「あーあ、何事も起こらず会談無事に終わるといいなぁ。いや、始まるの?恋が始まるのかなぁ〜」
「……」
「無視はよくない。オジサンに、昨日どうだったのか教えてごらんジェレイドくん。みんなに内緒にするから」
「……ラズリ殿もそうだが、『みんなに内緒』というわりにほぼ全員いるんだが」
「大丈夫。だーれも聞いてないって。みんなそんな他人に興味ないから」
「全員もれなくこちらを注目しているのだが!!!」
エーリックの言葉にジェレイドがツッコミを返し、全員もれなくジェレイドを注目していた。
「手は繋いだ、ハグもした」
「ハグ!!??ち、ちちちちがう!ダ、ダンスだ!!」
「カルセちゃんがこの場にいなくてよかったなぁ〜、まぁ離席したから話題に出してるんだけど」
カルセはディアマントの宿泊部屋の結界の張り直しで祈りを捧げるために侍女長と共に部屋に下がっており、この場には不在であった。
ジェレイドは額を押さえて机に伏せてしまい、隣に座っていた巫術官長がジェレイドの肩をぽんと叩いた。
「ガーネにも言ったが、『今が一番若い』ぞ。1秒後には1秒老けておる」
「…ハイ」
「あ、そのワード懐かしい。前にオレも言われたわ」
ガーネがそのタイミングで部屋に戻ってくると、雰囲気的にジェレイドに昨日の件を詰めているところかと察して肩を竦めた。
巫術官長と同じようにガーネもジェレイドの肩をぽんと叩き、「なんかごめん」とだけ小さく呟いた。散々擦って自分も昨夜、ディアマントに対して死ぬほどモダついた自覚があったからである。しかし、1ヶ月以上もまず土産を渡せないところから始まるほどではないかと思い返してジェレイドを見下ろすと、フンと鼻で笑った。
「なんだ君は。謝ったと思ったら急に小馬鹿にして」
「いや、頑張れよ。……教官、ちょっと」
「なんだ」
「いいからちょっと」
ガーネがエーリックを呼びつけ、エーリックは首を傾げながら立ち上がった。
「ジェレイド、向こうの部屋いる。なんかあったら呼びに来て」
会議室を出た廊下を挟んだ向かい側の小さな控室に入り、エーリックが普段より少し真面目な声で問いかけながら、無人の別室のソファに腰を下ろし、ガーネは敢えて隣に腰を下ろした。
「…どうした、ガーネ」
「前に少し相談してた件です」
「あー、『例の』。なんだ、どうしたんだ」
「結婚します」
「え」
「相手が相手なんで、正式にはまだ先になりますけど。昨日打診だけして了承貰ってるので、今日向こうに『正式に申込みされる前に断れ』って話してます」
「ほー。…あの小生意気な小僧がなぁ。結婚かー。なんか俺泣くかもしんない」
「なんでだよ」
小さく笑ったガーネが肩を竦め、ちらりと横目でエーリックを見た。
「それと、別件ですけど例の『異動』の件。ほんとみたいです。向こうもなんか動いてますね」
「……全然別件じゃん。お前さ、そういう情報どっから仕入れて来るわけ?」
「はは、一応俺もいわゆる『キャリア組』なんで。だからまぁ、あれもそれもこれも全部内密に。結婚の件なんか特に、特務にも言ってないんで。つーか本人に言ったのも昨日だし、ヘルソニア様にしか言ってないけど」
「そんで俺にだけ先に言ってくれたの?フーン」
「まぁ現実的に考えてさ、『あの状態』のジェレイドにこの話出来なくね?まじで昨日も踊らせるまで苦労したんだから。警備上の懸念があるから今回の警備最高責任者であるジェレイドにも言うべきかとも思うけど、それでアイツがまたモダるきっかけになるくらいならしれっとさらっと流れた方がいいかなと。まだ俺の『個人的な』範疇だし、陛下からしてみても『非公式』な情報に当たるワケだし?」
数分後、ガーネたちが籠る部屋のドアがノックされ、『陛下の準備が整いました』と侍従の1人が声を掛けに来ると、ガーネもエーリックも表情を仕事の顔に切り替えて立ち上がった。




