500話「予約」
「ガーネ、ガーネ」
「ん?なに」
甘えた顔で抱きつくディアマントを最大限甘やかすように抱き返して髪を撫でながらガーネは柔らかく返答して視線を合わせた。
「黄色い宝石はどんなものがある?」
「んー。イエローダイヤモンドとか、イエローサファイアとか。あとちょっと珍しいのだとカナリートルマリンとか。霊鉱石とか魔晶石まで間口広げたらもっと色々あるけど」
「たのしみじゃ!」
少し汗ばんだ素肌で縋り付き、色々と『上書き』をしたお陰で幸せそうな顔で笑みを返したディアマントの背中に手を滑らせ、ガーネはおもむろに唇を重ねた。
柔らかな唇を食み、軽く吸い付いてから口の中まで堪能するように口付けを深めていく。ディアマントの小さく漏れる吐息にガーネは唇を離して肩口に鼻先を押し付けて香りを堪能した。
自分が選んだジャスミンと桃をベースにした香りがふわりと広がり、ガーネは小さく溜息を漏らして改めてディアマントの身体を抱き締めた。
「……?ガーネ?」
「なぁ、あのさ」
「うん?」
「……………………なんでもない」
「なんじゃ、申せ」
「なんでもないってば」
「あうっ」
何かを言いかけて結局言わずに誤魔化したガーネは、身体を起こしてディアマントの華奢な身体をころりと俯せに転がして背中に唇を寄せた。
ちゅ、とリップ音を立てて唇を落とし、無性にこの華奢な白い肌にキスマークを残したい衝動に駆られるものの、『外遊期間中か』と小さく舌打ちを漏らして背中にかかるディアマントの長い髪を一房手にして口付けた。
「……ガーネ」
「なーに」
「妾、この格好は恥ずかしい」
「恥ずかしくねーよ、いい眺め。相変わらず腰ほっせーし尻小さいな、可愛い」
後ろからディアマントを抱き締め、ちらりと覗いたうなじに唇を寄せて軽く歯を立てた。このまま噛み付いて歯型を残したい衝動は何とか押さえつつ、抱き締めた腕を胸元に回してスリラハと比較すると相当に控え目な膨らみを愛でるように撫でた。
「あー、可愛い。一番可愛い。最高、俺はやっぱりこれがいい」
「フン!皇女のことを美しいと褒めておったではないか!」
「別嬪だろ、目鼻立ちハッキリしたメイジーエ美人だ。噂には聞いてたけど相当美人だったな。でも俺は何度も言うけど、年上の生意気そうな華奢で脚が綺麗な可愛い女が好きだって言ってるだろ」
「妾はどちらかというと可愛いではなく美しい顔をしている!」
「知ってるよ、それ込みで『そういうところ』が可愛いって言ってんだよ。お前の可愛いところは俺だけが知ってりゃそれでいいの」
「ふ、ふんっ」
愛おし気に腕の中に背後から身体を抱き竦めて髪に鼻先を押し付けディアマントの香りを堪能し、少しだけ腕の力が強まった。
「……ディア」
「なんじゃ」
「…………はぁー……ごめんやっぱりなんでもない……」
「なんなのじゃさっきから」
「…………」
ガーネは内心で『ジェレイドのことなにも言えたもんじゃねぇや』と苦笑いをしつつも、今回の件で色々と思うことが積もり積もった結果、小さく息を漏らして背後から抱き締めた姿勢は変えずに緊張を孕んだ声で口を開いた。
「…ディア、あのさ」
「?」
「……予約、そう、予約だ。予約だぞ。……俺がお前に縁談の申し込みをしたら、…ディアマントは受けてくれるか」
「受ける」
ガーネ自身も驚くほどにあっさりと即答され、ガーネは一瞬だけたじろいだ。
返ってくる返答はわかっていた、受領してくれる。だが、ガーネが聞きたいのはそこではなかった。
改めて小さく深呼吸をすると、少しだけ抱き締める腕の力が強まり、ディアマントは敢えて振り返らずにガーネの腕にそっと手を触れた。
「ディアの返答なんて、『はい』なのはわかってんだよ。……『女王陛下』、もし申し込みをしたら…私を貴女の配偶者に、選んでいただけますか」
「当たり前じゃ。そも、妾はお前しか考えておらぬ」
「……絶対?」
「うむ」
「絶対だな」
「妾は、ガーネがいい」
ガーネはその返答を聞いて深く息を漏らすと、ディアマントは強引に身を反転させてガーネと向き合った。
「……いつ結婚するのじゃ、あしたか」
「明日じゃねーよ。……こういうのは、男の方からちゃんとさせろ、俺にもタイミングがある。でもお前はただの女じゃねぇ、個人としては了承しても立場として受けないって言われたら俺だってそれなりに立ち直れないかもしれないだろ」
「ガーネ」
「……なに」
「結婚はしたくないと言っておった、なのになぜ急に考えが変わった」
ディアマントの言葉にガーネは僅かにぎくりと肩を揺らした。ほんの少し前に、その結婚の騒動でブチ切れて目の前の彼女を泣かせてわからせた記憶が自分にもしっかりと当然あり、ガーネは『今更なに』と言われることを懸念していたのだった。しかし、今回のことでガーネ自身色々と痛感したことがあるのと、少し前に『自分は忌み子ではない』と解消したこともあって、必ず今日のうちにこの話をしなくてはとつい数時間前に決意したばかりである。
「…今更って、やっぱり思う?嫌じゃねぇ?」
「いやじゃない。妾はガーネと結婚したい。だから、なんで心変わりしたのかお姉さんに教えるのじゃ」
ガーネは先程までとは別の覚悟を決めて息を飲み、ディアマントの蜂蜜色の瞳を見つめた。
「……本音としては、正直別に結婚はしたいわけじゃない。何度も言うけど、お前と結婚するってことは王配扱いになるだろ。政治関与したくない」
「そんなもの、別に今まで通り妾の犬で、騎士で、臣下で、そして夫であればよい」
「…………子供も、あんまり欲しくない」
「子供が嫌いか」
「好きか嫌いかで言うと別にガキなんか好きじゃねぇけど、でも自分の子供はどうのこうのって衛兵総監も言うしさ、……そうじゃなくて……あのー……、…えーと」
「なんじゃ、ハッキリしない男じゃ」
「……お母さんになったら、俺だけのディアじゃなくなる。……俺はそれが一番やだ…」
「…………へ……?」
「…………」
「……え??」
「…………」
「…………ぷ、ッ」
「笑うな小娘犯すぞ」
「笑っておらぬ。……ふふふっ」
「そんなに抱き潰されたいのか」
「ふ、ふっ……んふふ、ふふふ…ガーネ」
「なに!」
「…だいすき、愛してる」
「………俺も、愛してる。…ちゃんとプロポーズするから、もう少し待ってて」
「うむ!」
ディアマントが幸せそうにガーネに飛びつき、首元に腕を回して抱き締めた。
ガーネも先程までとは異なり繊細な薄硝子を扱うように大切に優しく抱き返し、本題を告げようと少し真面目な声色で口を開いた。
「向こうから、正式な縁談申し込みが来る前に断れるか。『近々正式に婚約をする予定がある』と」
「…うむ」
ディアマントは、ガーネがなぜ突然その話をして来たのかとようやくそこで悟り、そんなに自分のことを好いているのかと愛おしそうにガーネの頬を撫でて笑みを浮かべた。
「妾、ひとづまじゃ」
「まだ人妻じゃねーよ。婚約すっとばすな。そも、まだ『予約』だって言ってんだろ」
「婚約の予約か」
「そうだ」
そのままころりとガーネの上に転がって胸元に頬を擦り寄せて甘えてくるディアマントの腰を撫で、ガーネは再度小さく息を漏らした。
「……ん、フフッ……ガーネの心臓、バクバクいっておる」
「ぶち犯すぞ小娘、情緒の無い女だな。緊張するに決まってんだろーが」
自分の身体の上でくすくすと楽しそうに笑う幸福感に満ちたディアマントの顔を見つめ、頬に手を添えて再度唇を重ねてから額をこつんと合わせ、至近距離で視線を絡ませた。
「あーあ、早く公的に『俺の女』って言いたい」
「あした?あした、妾はひとづま?ひとのつまか??」
「だから早いっての。もう少し待て」
思いの外、『ディアマントとして』は当然ながら『女王として』すんなりと受諾する返事をもらえ、ガーネは安心した顔でようやく笑みを浮かべてディアマントの身体を抱き締めた。




