499話「閨」
辺境伯邸宅を出発し迎賓館へ戻った一同は、翌日の会談に向けて一度全員が大会議室へとそのまま集合した。
「陛下、ヘルソニア様、そして随行の皆様。本日は1日お疲れ様でした」
ジェレイドが警備最高責任者として立ち上がり声を掛け、今日の会談と晩餐時の様子や翌日の注意事項についての再共有を行った。
ディアマントが正式手順ではないにせよ求婚されたこと、それもかなり『自己解釈強め』である事を聞いた一同はやや引き気味に顔を引き攣らせて話を聞いていた。
ヘルソニアが小さく息を漏らし、未だに色々と困惑した様子で普段よりも明らかに口数の少ないディアマントを一瞥してからガーネに目を向けて声を掛けた。
「ガーネ」
「は」
「其方の『評価』は」
「はい。そうですね、基本、前情報通りの評価は変わりません。……が、スリラハの方が頭が回りますね。明確に俺を試していたし、男好きであることは違いないがあの女の方が『わかってる』。あそこで引かずに逆上してたら、とんだバカ兄妹です。スリラハはそれをわかっています。比較的……いや、相当計算高い、打算的な女です」
ヘルソニアも概ね同じ評価だった様子で、ガーネの言葉を聞いて腕を組んで考え始めた。
「なぁガーネ、お前あの簪なに。なにって聞かずともなんとなくわかるけど」
エーリックが腕を組んでガーネに声を掛け、大半が『おそらくそういうこと』かとは思いつつも正確な意味はわからずにいたため、ガーネの方へ改めて注目した。
「端的に言えば『閨の誘い』です。『私の寝所に、身なりを整えてこの簪を返しに来て』って意味ですね。最初にネクタイ緩めたのは『私の寝所に来るに相応しい身なりを整えなさい』の意味を作るためです、その上で締められました。んで、一番ヤラシーのが『魚』の意匠ですね。魚の簪を男に差し出すってことは、『魚のように私をベッドで跳ねるほど乱れさせてね』ってことです。……スリラハの『男好き』があったからそういうのは調べてたのに、まさかルビーはなぁってところが反省点ですね。陛下に怖い思いさせました、あそこまでガチ恋されるとは思いもよらなかったので。大体の男は俺見たら空気読むんですけどね、さすが皇子です。噂通り」
「わ、妾、怖くないもん」
「はいはいわかりました」
「ガーネガーネ!」
サイフィルがぴしっと手を上げてガーネを呼ぶと、相手がサイフィルと言うだけでガーネは酷く面倒そうな顔をした。
「……なに」
「ガーネ、あの手袋は?なんで向こうの皇女様持ってっちゃったの?借りパク?」
「サイフィルの低脳な32点レベルの頭と一緒にすんな。あれは要は、『誘いを断るのを受けてやるけど、私の矜持は守らせてもらうわ』ってことだよ」
「…………えーと?」
今ひとつその説明でピンと来ていない様子のサイフィルに、ガーネはわざとらしく小馬鹿にした態度で鼻で笑って説明をしてやった。
「建前として、『俺が誘い通り簪を持って寝所に行きました、その時に俺が手袋を忘れていきました。情交の名残として紅がつきましたって扱いにするからね』ってことだ」
「へー!すごい!なんかエッチだね!!」
「だからお前は童貞なんだよ」
「はー!?関係なくない!?」
全員が思わずくすくすと小さく笑ったところで、サイフィルも思わずむっとして頬杖をついて黙り込んだ。
「とにかく随行の女連中全員、ピアスもネックレスも髪飾りも含め外遊期間中の『ルビー』は禁止だ。念の為、誤解を招きかねないルビー以外の赤い宝石も含め着用を控えろ。野郎はどうでもいいし知らん、テメェでどうにかしてくれ。……それと後日陛下にはルビー以外のアクセサリーを贈るので、陛下は何が欲しいか考えておいてください」
「う、うむ?……あっ、妾、今度は黄色い宝石がよい。さっきひまわり畑の話を聞いた。ひまわりみたいなのがよい」
「わかりました、最高級の黄色い宝石を用意します。グリーチェウトの威信にかけて」
「……其方、家の権力を随分上手く使っているな」
「使えるものは使います、だって戸籍の件も含めて承継手続き書類とか色々大変だったんで、使わないと勿体ないでしょ。なんのために当主になったと思ってるんですか」
「…では、各自……警備の者は明日改めて直前に招集をかけるが、本日はご苦労であった。陛下もお疲れだ、各自翌日に備え休めるものは先に休め」
ヘルソニアが声を掛けると真っ先にガーネが立ち上がり、ディアマントの元に歩み寄った。一同はいつもと剣幕が違うことに驚きを隠せず、思わず立ち去らずに見入ってしまった。
「陛下、失礼します」
「?」
ガーネがディアマントの左手の二の腕に触れてオペラグローブの袖口に指先を引っ掛けると、するりと引っ張って腕から抜き取った。
「え?えっ、ガーネ」
突然手袋を外されたディアマントは意味がわからず今日何度目か分からない困惑した声を漏らしているのをよそに、ガーネは手袋を忌々し気に一瞥するとくしゃりと皺が深く布地に刻まれる程に握り締めた。
「……オ・アネロット」
先程までとは打って変わって低く冷ややかな声音で、始祖魔法のひとつである『蝋燭の炎』の魔法の詠唱を呟くと、ガーネの手の中でグローブに火が点ってあっという間に燃えてしまった。
「……?」
ディアマントはガーネがグローブを燃やした意味がわからず、右手だけ残ったグローブと素肌になった左手を交互に見て小さく首を傾げた。
「さっきの約束通り、俺も仕事を片付けたらお前の部屋に行く。俺に純血でも捧げる準備を整えておけ」
「う……うむ…???」
「はぁ?可愛いな、あとでわからせてやるからな。あー、それにしても『今日は』上手く調整出来て良かったなー。イライラしてたから迎賓館燃えたらどうしようと思った。はは」




