498話「ラヴィハとスリラハ」
それぞれ退場する者、少し残って歓談する者がいる中で、ディアマントたちも退散するために準備をし始めた。
「疲れました?」
「少し」
最後に一杯だけ、とディアマントが気に入ったらしいペッパー酒のグラスを手にして飲み、飲み終わったところでようやく退場の準備をしようと立ち上がった。
その頃合を見計らったかのように、皇国側の一同がぞろぞろと随行者を伴って近寄ってきた。
「ディアマント様」
「…ラヴィハ皇子殿下」
ラヴィハが退場の用意をするディアマントの元へ寄って声を掛け、ディアマントはほんの少しだけ声を引き攣らせてにこりと薄い笑みを浮かべた。
「ラストダンス、『私がお相手をして差し上げられなくて』残念に思っておいでかもしれませんが、明日またお会い出来ますので」
「??うむ、……また、明日…お目にかかる」
言われた言葉の内容が理解できずに曖昧に返答を返したディアマントは、困った顔をしてガーネを見た。
立場上ガーネも何も言うことが出来ずにほんの少しだけ眉を寄せてラヴィハの肩の向こう辺りを見るように視線を向けながら警戒の色は濃くした。
「ディアマント様、よき夢を。また明日、お目にかかる時にお返事を」
ラヴィハがディアマントの左手を取り、グローブ越しの薬指へとそっと唇を寄せた。
「貴女のお心は、オレも理解している」
そのまま耳元に唇を寄せ小さく囁き掛けてから、人当たりの良さそうな笑顔を向けて身を引いた。
「……陛下。お時間です、そろそろ」
ガーネが近侍護衛としての配置につき、普段よりもかなり低い声で威圧するように声を掛けた。
「お待ちになって、そこの騎士。ガーネ」
退場する運びとなり王城側も揃っていた所に、ラヴィハと入れ替わるようにスリラハが護衛を引き連れてガーネに声を掛けた。
「……いかがなさいましたか、スリラハ皇女殿下」
ガーネが完全に外面の笑みを浮かべて返答を返したところで、スリラハが護衛に『待機せよ』と合図を送り歩み出た。
王城側もやや警戒した様子でスリラハを見つめ、ガーネ個人を名指ししているために敢えて全員その場から一歩下がって控えた。
スリラハは改めてガーネの正面に立つと、にっこりと笑みを浮かべて自分よりも背の高いガーネの整った顔を見つめた。
「貴方、顔がとても綺麗。さぞおモテになるでしょう?」
「そんなことはございません、『人並み』です」
「まぁ、ご謙遜を。今日はお話できて嬉しかったですわ。……これ、私の気持ちですの」
スリラハは手を伸ばしてガーネのネクタイの結び目に指先を引っ掛けると、軽く引いてネクタイを緩めた。そのままその手で髪に挿していた魚モチーフの金の簪を抜き取ると、長く豊かな黒髪がぱらりと艶やかに広がった。簪の魚の装飾をガーネに向け、ネクタイを緩めた喉元をゆっくりと撫でてから腰へと滑らせ、ガーネのベルトに簪を挿してから自分で緩めたネクタイの結び目を摘み、キュッと締め直し髪を掻き上げて視線を向けた。
「………」
ガーネはベルトから無言で簪を抜き取ると、右手の白手袋を外して簪に丁寧に包んだ。簪に直接指を触れないようにスリラハへと差し出し、深く一礼をした。
「皇女殿下ほどお美しく聡明なお方でしたら、他国の女王直属の近衛にそのお誘いがどのような意味を持つか、ご理解いただけると思っておりました。私が応じれば、貴国にも我が国にも不要な誤解を招きます、スリラハ皇女殿下。そのお心遣いは大変光栄に存じます。しかし私はヴェルーティン王国女王陛下直属の近衛騎士でございます。私的なお誘いをお受けすることは、陛下への不忠義となりますので、ご容赦ください」
「あら。……フーン、『意味』、ご存知でしたの?」
「はは、『人並み』です」
「普段なら、軍人階級如きがと腹立たしく感じるでしょうけれど……貴方面白いわ。軍人如きにしておくのは勿体ない。顔も良いだけでなくて頭も良いわ。気に入った。『殺さないでおいてあげる』わ」
「ありがとう存じます」
スリラハがガーネから簪を受け取ると、胸元の深い谷間に簪を挿してから、ガーネが簪を包んだ手袋に唇を寄せた。
紅が白い手袋に付着したのを確認し、スリラハは満足そうにして視線を向けた。
端的に言えば、『断ったことは受け取るけれど、恥をかかせないで。これはその証です』という意味合いで、紅をつけた手袋はガーネに返却せずに自分の右手に手袋を嵌めた。
その意味まで含んでガーネは再度一礼し、ますますスリラハは面白そうに笑った。
「貴方、惜しいわ。ウチの国だったら、ただの軍人程度にしておくの勿体ないですもの。……じゃ、おやすみなさい。みなさまも、ごきげんよう。お兄様、お待たせしました」
スリラハとラヴィハに向かってディアマント以外の王城側随行者は一同、皇国側へと儀礼的に頭を下げて一礼をして見送った。
スリラハがラヴィハと腕を組みながら会場を後にし、姿が見えなくなってからガーネは侍従を呼び寄せて予備の手袋を用意させて真新しいものに付け直した。
「陛下、お待たせいたしました」
「……う、うむ」
改めてディアマントへと手を差し出し、ディアマントもその手を取って馬車寄せへと向かって行った。
来た時と同じように、ジェレイドが先に馬車に乗り込みヘルソニアとカルセの乗車をサポートし、ガーネがディアマントへと手を差し出して馬車に乗せると最後にガーネが車内へと足を踏み入れ、ディアマントの正面に腰を下ろした。




