497話「ファースト・ダンス」
「本日のお召し物も、とてもお美しいですわ。ルビーが一際際立ちますわ」
「うむ」
「陛下、次はぜひ我が領地へも。我が領では広大なひまわり畑がございまして、夏には一面黄色く鮮やかに咲いております」
「ほう、それはぜひ見てみたいものじゃ。検討しよう」
「ありがとうございます、ぜひに」
しばらくの間、シューツェン辺境伯や他の招待客貴族と歓談をしていたディアマントを、ガーネは数歩離れた場所で近侍護衛していた。
ラヴィハもあの後辺境伯夫人と1曲踊って外交らしく他の貴族と歓談をしたりダンスに興じ、スリラハも辺境伯と踊ってからは積極的に王国側の比較的若い男に声を掛け、妙に身体を密着させながら踊って過ごしていた。
自分で『王国式の舞踏会を体験したい』と言っただけある楽しみ具合で、辺境伯にしても『お楽しみいただけて何よりです』、といった様子かとガーネは周辺に視線を這わせた。
「──── …それでは、次の曲が最後の1曲でございます」
ラストダンスの声がかかり、ガーネは指先で近くの侍従を呼んだ。
「女王陛下、最後の1曲ぜひお相手を」
「陛下、わたくしも」
「最後の1曲は私と」
「光栄を賜れますなら」
「私も陛下と、1曲お相手をお願いしたく存じます」
数人の貴族や要人、シューツェン辺境伯たちが次々とラストダンスの相手を名乗り出る中で、ラヴィハも『最後の曲か』とディアマントを誘うつもりで立ち上がった。
ガーネは近くに来た侍従に腰の剣を預け渡し、真っ直ぐにディアマントの元へ歩み寄った。
正面の数歩前で立ち止まり、一礼をすると自然と周辺からの視線がガーネへと向けられた。
ガーネは慣れた所作で一度周辺へと視線を配り返し、「失礼いたします」と短く声をかけた。
断りを入れてから改めてディアマントの正面へと歩み寄り、右手を胸元に添えて軽く一礼をする。
左手を差し出し、ガーネの低く落ち着いた声で静かに告げられた。
「私の『最初の1曲』のお相手を、お願い出来ますか。ディアマント様」
『自分のファーストダンスの相手は決めている、女王陛下ではない』と言っていたガーネの言葉を思い出し、なぜ自分ではないのかと密かにショックを受けていたディアマントではあった。しかし、名前で呼ばれ『最初の1曲』と言われ真っ直ぐに手を差し出したガーネにしかもはや目がいかず、ディアマントは今までの建前の愛想笑いではない本当に嬉しそうな笑みを浮かべてガーネを見つめ返し、差し出された手を取った。
「よろこんで」
ガーネが了承の言葉を貰って一歩前へ歩み寄り、改めて手を差し出してディアマントの手を取り立ち上がる補助をし、そのまま慣れた所作で肘を差し出した。
女王ディアマントと、その女王と何かと噂のあるあらゆる意味で噂の耐えないガーネがラストダンスを踊るとなって、当然のように注目が集まりフロアの一番目立つスペースも自然と開けた。
右手をディアマントの肩、肩甲骨の辺りに添えて左手でディアマントの右手を取った。
所作としてはシューツェン辺境伯ともラヴィハとも同じものではあるが、明らかな牽制を孕んだように妙にしっかりと支えるように添えられていて、ディアマントの左手もガーネの肩ではなく上腕辺りを掴むように置かれていた。
以前、社交の経験について聞いた時に『無くはないです』と回答していたこと、踊れるのかと聞いた時に『踊れます』と言っていた言葉の通り、ガーネは嘘は何ひとつついていなかった。
ディアマントのドレスの裾が美しく翻るリードは絶妙で、至近距離でディアマントを見つめる視線も2人きりの時のように優しくディアマントもガーネの深紅の瞳を見つめ返した。
ディアマントとガーネの関係を知っている者たちはものすごく微笑ましい眼差しでこのカップルを見つめ、噂で『陛下の私的な相手が特務総監』と聞いていた貴族はこの見つめ合う視線と纏う空気にその噂の真偽を確信に変えていた。
そして、皇国側でも、ラヴィハはそもそもディアマントを誘うことも出来ずにいた事でスリラハが隣に腰を下ろしてワインを飲みながら隣へと視線を向け、メイジーエ語で会話を始めた。
「お兄様、残念でしたわね」
「スリラハこそ。あの『軍人』に振られたな」
「ほほほ、いやですわ。職務中と言われてしまえば仕方がありませんもの」
そう言って髪に挿した魚を模した黄金の簪を撫でてフロアの中央、一番目立つ箇所で踊るガーネを見つめていた。
「ディアマント様は、私に好意を持っている」
「あら、そうなんですの?」
「『見れば』わかる、ディアマント様は我が国の文化を積極的に学んでいた。それはつまり皇国に輿入れしたいということ。この色の布を使用したドレスを贈りたいとお伝えしたら『勿体ない』と奥ゆかしく謙遜していた。喜んでいるのだ、オレと同じ皇族の色のドレスを纏うことを。その返事があの首元のルビーだ。オレに純血を捧げたいと、…なんと愛らしいことか」
「ふふ、ほはほ。『相変わらず』ですわお兄様。でもよろしくて?あんなに貧相で小さい女」
「皇国で『育てれば』いいだけの話。皇王陛下も、あの美貌の…しかもこの大国の女王であればなんの文句もないだろう」
そこまで話してラヴィハの視線は、『たかが軍人階級風情の一騎士がお情けで踊ってもらっている』のはさておき、白く月のように輝く美しいディアマントの姿をねっとりと見つめていた。
曲が終わるとガーネはディアマントの手を取り改めて一礼をしてから、元いたソファのところまで流麗にエスコートをした。
「お相手、ありがとうございました。光栄の至りに存じます」
「うむ」
にこりと幸せそうに笑みを浮かべたディアマントがガーネの顔を見つめ、シューツェン辺境伯の声で晩餐会が締められるのを少しだけ遠くに聞いていた。




