496話「恋愛観」
「あ。やーっと踊るんだ。ガーネがさっき、なにか焚き付けに行ったなぁとは思ったのよね」
壁際で控えていたラズリが近くの警備配置のエーリックに声を掛け、エーリックも堪らず肩を竦めて笑った。
「あんな奥手だとは思わなかったよ、アイツ。陛下のこと好きだった時とは随分態度違うもんなぁ。ま、陛下に好意寄せてたときは思慕っていうか憧れみたいなモンだったのかね」
「近衛総監があの女のこと好きだったのって、どのくらい?」
「ん?あー、そうだなぁ。まぁやっぱ近衛で接する機会も多かったし、少なくとも俺が王城勤務になった少しあとくらい?にはもう目がハートだったなぁ。ま、陛下綺麗だしな。女に免疫のない野郎があんな美人を近くにしてたらそういう気持ちが恋に変換されることもままあるんじゃないかな」
「アタシそういう恋愛感情ってわかんないのよね。人並みに可愛いとかかっこいいとかは思うけど、好きとか愛してるって、アタシ自身はよくわかんない。まぁだからぶっちゃけ、ガーネの顔はかっこいいとは思うわ、けどときめくかと言われたら全くときめかない。アタシのときめきは全部大好きな洋服に向くの。ちなみに、この話ガーネにしたらあのクソガキは『お前の性愛対象なんて興味ねーや』とか、『俺は可愛い女が好きだしめちゃめちゃ抱き潰したいくらいに性欲強いからわかってやれねーやごめんな』くらいなモンよ。まぁ、アメジみたいなのもいるしね。あの子のそういうところ偉いなーと思うわ、アタシはさておいたとして、アメジのこともそういう否定はしたことないから、あの子」
ラズリが腕を組んでぎこちなく踊り始めたジェレイドとカルセを眺め、さもどうでも良さそうに吐き捨てた。
「ま、若いうちはまだ恋を知らなくてもいいんじゃないのか。大人になるうちに知ってくだろ。ガーネはまぁ、うーん……ノーコメント」
ラズリの言葉にエーリックが大人のおじさんぶってフォローの言葉も紡ぐものの、ラズリはフンと鼻で笑ってから肩を竦めてエーリックを見上げた。
「若いうちに一通りしてみたのよ。男とも寝たし、女とも付き合った。性行為もしてみたわ、男女とも。でも、相手の男にかっこいいは思っても愛しいは感じないし、相手の女に可愛いは思っても好きは芽生えなかった。無性愛者なのよ、多分。あ、でも人の色恋沙汰はアタシに飛び火しなければエンタメとしては楽しめるからいいわよ。だからガーネが陛下に対して無自覚過ぎてたときはイライラしたし、好き避け始まったときはガキかとも思ったし、今幸せそうなのは純粋に良かったわねと思って見てるわ」
「…………うん?あれ?ラズリちゃん今いくつ?14、5じゃないの?」
「33になったわ」
「え??????ごめんな、おじさんちょっとついていけない」
「実年齢の姿でもアタシは可愛いわよ。でも、アタシが一番大好きなロリ服はアタシが14歳の時の容姿が一番可愛いのよ。だからアタシはこの姿を維持してるの。言ったじゃない、医師免許持ってるって。ちゃんと学術課程出たれっきとした医者で、なんならスメイラの先輩よ。ていうか、特務みんな知ってるしアンタはガーネと仲いいから知ってるのかと思ってた」
「え??????維持してるってなに??どういうこと???」
「それは秘密よ。禁術の一種だから」
「え、あ、ハイ。……なんか、あの…タメ口きいてすみませんでした」
「でもアンタの方がちょっとだけ年上じゃない。別に口調は気にしないわ、ガーネなんてアタシのことクソババァ呼ばわりしやがるし」
「それでアイツ、ラズリちゃんのことクソババァって呼んでんのか。ただの悪口ボキャ貧かと思ってたけど」
「いや、あのガキ悪口ボキャ貧でしょ」
「…ふふ」
「え、あ、す、すみません聖女様。ステップ間違えましたか」
教育は受けているためにきちんとリードしてカルセの肩に手を添えて踊るジェレイドであったが、不意にカルセが笑ったため緊張や愛らしさよりも先に『間違えたか』と不安になり声を掛けた。
「いえ、なんだか新鮮で。お誘いくださってありがとうございます」
思っていたことと違う返答が来て、ジェレイドは僅かに安堵の息を漏らした。
馬車への乗降で手を差し出し触れただけで心臓が脈打つにも関わらず、今は女性らしい柔らかな背中に手が触れ自分の胸元よりやや下辺りに妙に柔らかくふわふわとした、今まで経験したことのない感触を感じどうしても邪な気持ちが芽生えてしまい、慌てて真上から視認出来る胸元の深く刻まれた柔らかそうな双丘から視線を逸らした。
「…あ、の…ご迷惑じゃ、なかったですか」
「とんでもないことでございますわ。わたくし、嬉しかったんですの」
「……そ、です…か」
「ジェレイド様は、わたくしのことを『押し付け』られて逆にお困りになったのではないですの?」
「そんな!私は、あの…カ、あの、聖女様」
押し付けられてなどいない、自分が踊りたくて、手を取りたくて、触れる理由が欲しくて誘ったと伝えたくて、しかしそこまで伝える度胸が無く言葉に詰まってしまう。
その様子を見たカルセが、丸く大きな澄んだ赤い目でジェレイドの藤色の瞳を見つめた。
「カルセ」
「へっ」
「カルセと呼んでくださいまし、ジェレイド様」
「……ッ」
その言葉の意図がわからず、呼んでいいのか、どうしようかと思っているうちに呆気なく曲が終わってしまい、カルセは何も言わずににこりと笑みを浮かべて一礼した。
ジェレイドが元いた場所までカルセをエスコートし、カルセがソファにドレスの裾を押さえながら腰を下ろしたのを見届けてからジェレイドは盛大に息を漏らした。
溜息のように聞こえるそれであったが、ジェレイドの決意の深呼吸の深すぎる吐息であった。
「お、…お相手、ありがとうございました。身に余る光栄でした、……カルセ様」
「…こちらこそ、ありがとうございます。ジェレイド様」




