495話「品定め」
「陛下、なにかお飲みになりますか」
「……シャンパン」
ガーネが手を上げて給仕に合図をし、「女王陛下にシャンパンを」と指示をすると、ヘルソニアが敢えてディアマントの隣に座り『話し込んでいる』ような姿勢を取ってディアマントへのダンスの誘いをブロックした。
給仕からシャンパンを受け取ると、ガーネはグラスの曇りや液体の違和感の有無を軽く揺らしながら目視で確認して鼻先を寄せて香りを嗅ぎ、グラスに唇を寄せて一口口に含んでから口腔内での痺れや味の変化を確認して飲み込んで食道から胃に落ちていくまでを確認し、口を付けた箇所をハンカチで押さえてからディアマントへと差し出した。
「問題ございません、お召し上がりください」
「うむ」
ディアマントは受け取ったグラスに唇を付け、こくこくと喉を鳴らして一気に半分ほど飲んだ。
「……ふぅ」
喉の乾きをシャンパンで潤し、ようやく一息ついたディアマントに隣に座ったヘルソニアが小さな声で問いかけた。
「貴女、求婚されましたね」
「うむ」
ガーネはその会話を聞いて『やっぱりな』と忌々しい気持ちを孕みつつ、表情は変えずに姿勢を正した。ヘルソニアが皇国からの求婚となるとあしらいが面倒臭いなと考えながら足を組み、再びグラスに口を付けたディアマントへと視線を向けた。
「ほかはどんな話をしたんですか」
「…よくわからなかったが、『ルビーの誓いをそのような意味で受け取ってもいいのか』と言われ、匂いを嗅がれた」
「…………………は?」
ヘルソニアの問いかけに返答したディアマントの言葉を聞いた、思わず漏れたガーネの低い声にディアマントはぎくりと肩が揺れた。
「…ガーネ…?」
「いえ、なんでもございません。失礼いたしました。ちょっとだけ殺気が漏れちゃいました」
「ガーネ、妾に怒っておるのか」
「陛下に怒る理由なんてないじゃないですか。そも、別に俺は怒っていませんよ。『その資格も無い』ですし」
────『結婚』、ねぇ。
ガーネが小さく息を漏らし、正面に視線を向けた。
自分は、『恋人』ではあるが『婚約者』でも『配偶者』でもない。ただの平民や貴族ならまだしも、相手は『女王陛下』である。
高爵位貴族の一部や王城の役職者、侍女は自分たちの関係を把握してはいるが、公的な関係では当然ない。見方によっては、『女王の情夫』や『恋人ごっこの相手』、『王配を定める前の火遊びの相手』と言われても何も否定出来ない立場でしかなかった。
ヘルソニアが上手くディアマントの気を紛らわせるような話をして少し笑顔が出たところに、別の視線を感じてガーネはそちらへと目を向けた。
スリラハが屈強な身体つきの護衛を伴ってガーネの元に歩み寄って来ると、小さく首を傾げてディアマントを一瞥してから妖艶な笑みを浮かべてガーネの顔を見上げた。
「公爵の騎士様。貴方、お名前は」
「正式には公爵の爵位は賜っておりません。ただの旧家の出身に過ぎません」
「そんなのどうでもよろしくてよ。公爵『相当』でしたわよね?お名前を」
「王室近衛騎士兼特務総監、ガーネ・ディーム・グリーチェウトと申します。スリラハ皇女殿下」
「ガーネ。ふぅん、ガーネね。ねぇ、貴方、私と一曲踊ってくださらない?」
スリラハがすっと手を差し出してガーネに手の甲を見せた。
ガーネが一瞬だけ考えたように黙り込んで、差し出されたスリラハの指先を受けるようにそっと手を添えた。
ディアマントはその光景をソファに座ったまま緊張と困惑と嫉妬が混ざった表情を見せ、スリラハは勝ち誇ったような表情をしてディアマントを横目で見下ろした。
周辺の王城関係者や貴族来賓も、特にガーネとディアマントの関係を知っている一同からしてみると『まさかガーネがダンスの相手を受けるとは』といったざわつきを僅かに広がらせた。
しかし、ガーネはスリラハの指先を白手袋越しに軽く支えたまま、一礼をした。
「スリラハ皇女殿下、私は近侍護衛の身。我が主ディアマント女王陛下は唯一、私が護衛を兼ねて手を取れる相手です。職務中でございます、せっかくのお誘いですが、ご期待には添えません」
「…あらそう。お仕事中じゃ、仕方ないですわ。ねぇ、ガーネ。貴方ご結婚は?」
「いいえ、未婚でございます」
「おいくつかしら。若く見えるわ」
「先日20歳になりました」
「あら!そうなの。ふーん、そうなの。随分いい身体してらっしゃるわね。素敵だわ」
「ありがとう存じます。光栄です」
スリラハが舐めるように上から下までガーネの身体つきを確認し、小さく舌なめずりをしてからにこり笑みを浮かべた。
その笑い方と表情は兄であるラヴィハと非常によく似ていた。
「お話出来て嬉しかったわ。また、お声がけしますわ」
ガーネはそれに対しては返答をせず、立ち去るスリラハの背中に一礼をしてからゆっくりと姿勢を正した。
「……踊るのかと思った」
「陛下、いっこだけ。めちゃくちゃ今更なこと言います」
「なんじゃ」
「俺、警察時代に警備とか要人警護でこういう場に来たことは何度もありますけど、実質社交界はガキの頃に両親に連れられて出た以来初めてなんです」
「…?お前、それだけ所作が身についていて社交は初めてか」
「はい。親が厳しかったもので、いい歳して母親と接し方がわからなくて知恵熱が出るほど。…だから、俺の『ファーストダンス』の相手はずっと前から決めてます。あ、誤解の無いように一応言っときますけど『女王陛下』ではないですよ」
ガーネのその最後の要らぬ一言で、ディアマントはなんとも言えない顔になった。なぜ自分ではないのか、という言葉を飲み込み、小さく「そうか」とだけ返し、シャンパンをちびりと飲んだ。
自分ではないのであれば、誰と踊る気なのか。それを問いただす勇気が出ないまま、ガーネは視線を横に流して再度口を開いた。
「……陛下、ヘルソニア様。一瞬離れていいですか、壁の花を摘ませるようにけしかけて来たいです」
ガーネの言葉に顔を上げた2人は、顎で横柄に指し示されたジェレイドの比較的近くの壁際で静かにシャンパンを傾けるカルセを視認して小さく頷いた。
ディアマントとヘルソニアのゴーサインを受けてガーネが一度ディアマントの傍を離れると、真っ先にジェレイドの所へ歩み寄り隣に並んで言葉を交わした。
一見すると警備上のやり取りをしているように見えなくもないが、ガーネがカルセの方へと足を向けるとジェレイドが慌ててガーネの肩を掴んで制し、何度か深呼吸をしたのを見届けてからガーネはディアマントの傍へ戻って来た。
「…なんと声を掛けたのじゃ」
「『カルセに恥かかせんな、お前エスコート役なんだろ。お前が踊らないなら俺がカルセの上司として壁の花になってるカルセに一曲申し込むぞ、こっちに来る許可は取ってから来てるんだからな』って」
「確かに、向こうに一瞬行く許可は出したな。嘘つきめ」
「俺嘘ついてないですよ。許可貰ってるとは言ったけどカルセと踊って来ますの許可貰ってるとは、ジェレイドには一言も言ってませんし」
「其方、詐欺師の才能があるのでは?」
「ははは、詐欺に騙されないようにするには詐欺の手法を知ることですよ。詐欺の摘発にも役立ちます」
そう言ってガーネは視界の端でぎこちない動きでカルセに手を差し出し、一瞬驚いたように目を見開いたカルセがほんの少しだけ硬直してからふわりと笑みを浮かべてジェレイドの手を取るのを確認し、小さく笑みを浮かべた。




