494話「ルビーのシグナル」
晩餐の食事も終わり、別室で舞踏の用意が整っているとの案内で一同部屋の移動の流れとなった。ラヴィハがディアマントの元に寄ろうとする足の運びを見てガーネがすかさずディアマントの半歩前に出て声を掛けた。
「陛下、ご側近様。お化粧のお直しに参りましょう」
「うむ」
わざとらしくない程度に半ば強引に一度別室へとディアマントを案内する流れを作り、ガーネはジェレイドと目配せをしてから以前の外遊で取り決めていたハンドサインで『警戒態勢』と合図を出して応接室へとディアマントとヘルソニアを連れて行った。
同時にジェレイドもカルセに声を掛け応接室へと向かわせ、ディアマントとヘルソニア、カルセ、ガーネ、ジェレイド、エーリックが部屋に集まった。
「…ガーネ」
ディアマントも上手く言語化出来ない、言いようのない違和感に似た恐怖のような何かを訴えるように小さく名前を呼び、ガーネは先程と同じように「大丈夫だ」と声を掛けてそっと頬に触れた。
「…カルセ、導師の言葉は聞こえはしたのか」
「はい、ですが申し訳ございません。メイジーエ語でなにを言っていたかまでは…」
「拾えた単語は」
「ええと…あぬ…あぬらー…?…しゃまや…?あ、あと、まいとーな、みたいな…」
「あぬらー、しゃまや、まいとーな…?…………『アヌラーガハ』、『サマヤハ』『マイトゥナム』?」
「…!多分、そんな感じでしたわ!」
ガーネは眉間に皺を寄せて腕を組むと、カルセが拾った単語から文脈を想定して一番嫌な可能性を思い浮かべてしまった。
ディアマントはその表情を見て珍しく不安を表面に出した顔でガーネを見上げ、ガーネは真顔で「陛下」と声を掛けた。
「な、なんじゃ」
「貴女、俺のこと好きですか」
「??う、うむ」
「どのくらい?」
「いっぱいじゃ」
「今夜部屋行っていい?」
「へっ?」
「だめ?一緒に寝たいんだけど」
「だ、だめじゃない」
「やった。じゃあさっさと終わらせて帰りましょ、ヘルソニア様」
「……其方、一応式次第というものがあるのを知っているか」
「まじかよ知らんかった。じゃあ早く行って早く帰ろうぜ。あと俺お前らが飯食ってんの見てるだけで立ちんぼだから腹減ったわ」
ガーネがディアマントに手を差し出し、入口に向かって歩き出した。
「ガーネはなぜ急に『さかった』のじゃ」
「後ろでずっとお前のうなじ見てたから」
「うなじはなぜ『さかる』のじゃ?うなじはなにか特別なのか」
「わかってねぇなぁ。うなじには男のロマンが隠れてるんだぞ」
「おとこのろまん」
きょとんとするディアマントをエスコートする後ろから、やや呆れた様子で一同はついて行こうとした瞬間、ガーネが後方にいる一同にのみわかるように合図を出していた。
先程の『警戒体勢』の指示から警戒のレベルを引き上げた、『厳戒体勢』の合図指示を出していた。
ガーネの『敢えていつもの空気を読んでいない軽口』が、ディアマントを不安にさせない配慮であることを悟り、ガーネの目論見通りディアマントも緊張や不安がある程度拭えたいつもの様子で返事をして会話をしている姿を見つめ、改めてガーネの近侍護衛の上手さや頭の良さ、機転の利かせ方の絶妙さを目の当たりにした。
スリラハのご所望の王国式の舞踏会開催の挨拶と共に、シューツェン辺境伯がディアマントの元に歩み寄って手を差し出した。
「陛下、ご1曲お相手願えますか」
「うむ」
儀礼的にディアマントがシューツェン辺境伯とファーストダンスを踊るために部屋の中央へ向かい、ガーネはヘルソニアに声を掛けた。
「ヘルソニア様、さっきのメイジーエ語」
「ああ」
広間に楽器を奏で演奏が始まると、ディアマントとシューツェン辺境伯が互いに軽く一礼をして手を取り、辺境伯がディアマントの左肩肩甲骨付近に右手を添えた。そのまま曲に合わせて踊り始めると、ディアマントのドレスの裾が美しく翻り会場内に感嘆とした声が漏れた。
ガーネは曲に紛れさせるように、ヘルソニアに先程の単語を端的に伝えた。
「『好意』『誓い』『夫婦の営み』」
「………」
それだけ聞いたヘルソニアは、ちらりと視線をラヴィハへと向けた。
「…文化が違いすぎて思考回路の想像がつかないな」
「俺もすみません、ルビーの意味がわからなくて今至急調べさせています。勉強不足でした」
「いや、其方を責める者など誰もいない。そも、其方は騎士であり特務総監だ、外交官ではない。よくやっていると思う」
「ありがとうございます」
ガーネは視界の端に中央で意外ときちんと踊っているディアマントの姿を捉えながら、改めて会場が変わったことでそれぞれの配置を確認し直した。
「…向こうの皇子が陛下にダンスを求めて来たら、さすがに断れんな」
「ですね、断ったことで『癇癪』起こされても困ります。あと、多分ですけど俺は皇女に目ェつえられましたね。元々相当値踏みされてましたけど、『公爵相当』を聞いた瞬間に目の色変えたんで。さすがに男狂いでも、『平民』を閨の相手にはしたくないんでしょうね、プライド的に」
「お相手するのか」
「はは、わかってて聞いてるでしょ。それに俺、今夜は先約あるんで。さっき聞いてたでしょ」
「………其方、アレは本気か」
「当たり前じゃないですか」
曲が終わり、辺境伯がディアマントへ一礼し、「それでは、この後はご自由にお過ごしください」と声を掛けると、招待客もそれぞれ動き始めた。
案の定ラヴィハがディアマントへと声を掛け、ディアマントもにこりと笑みを浮かべて差し出された手を取った。
手が触れた瞬間にラヴィハの目の色が明らかに変わり、ディアマントを舐めるように見つめながら背中に手を添えて身体の距離を詰めた。
ディアマントも儀礼に応じるように左手をラヴィハの肩へそっと添え、曲とリードに合わせてそつなく踊り始めた。
「ディアマント様」
「な…なんじゃ、ラヴィハ皇子殿下」
「ああ、いい香りがいたしますね。桃の香りと茉莉花の香りでしょうか」
必要以上に距離を詰められ、首筋に一瞬だけ顔を寄せ匂いを嗅がれるものの、不自然にならないようにかすぐに姿勢を正して真っ直ぐにディアマントの金色の瞳を見つめた。
「……」
ディアマントはなんとも返答が出来ず、にこりと愛想笑いを浮かべると、ラヴィハはますますディアマントを見る目が変化した。
「貴女の『ルビーの誓い』、『そのような意味で受け取って』よろしいですか?」
「へ?えっ、え?」
「ディアマント様は今、ご婚姻はされていらっしゃらないですね。ご婚約者も不在とお聞きしております」
「……違いない」
「私が、…いや、オレが貴女の伴侶となりたい」
「………え…」
「特務総監様」
「なんだ、侍女」
スメイラがガーネの元に水の入ったグラスをトレーに乗せて運んで来ると、小さな声で声を掛けた。
「未婚の女性がルビーの首飾りを着けて逢瀬に応じると、『この心臓と純血を貴方に捧げます』ってシグナル」
「……げ、最悪だ。…サンキュ」
ガーネは今更割って入るわけにも行かないどこか引き攣った顔のディアマントとラヴィハのダンスに小さく舌打ちを漏らしながらスメイラから受け取った水を一口だけ飲み、近くの給仕にグラスを下げ渡して警戒の色を強めた目を向けた。
「あの陛下の引き攣った顔、求婚でもされているかもしれんな。私も其方も近くにいないからどう返していいか困っていると見える」
「そんな気ィします。すみません、完全にルビーは俺の勉強不足のせいでした」
「いや、おそらくルビーが無くてもあの皇子は陛下にそういう目は向けたであろう。会談の時からその予兆はあった」
「気付いてましたか」
「さすがにな」
無事かどうかはわからないが2曲目が終わると、ディアマントとラヴィハは互いに礼をし、ラヴィハがディアマントの手を取ってヘルソニアとガーネの元へとエスコートした。
「ディアマント様、ありがとうございました」
「う、うむ。妾も、感謝する」
「是非いいお返事を」
「……」
にこりと人のいい笑みを浮かべて一礼をして立ち去るラヴィハの背中を見つめ、ディアマントはソファへと腰を落として深くため息を漏らした。




