492話「エスコート」
「ジェレイド」
「…………」
「ジェレイド」
馬車の中でガーネがジェレイドを呼び、応答が出来ないほどにガチガチに緊張した顔のジェレイドの足を隣から軽く蹴った。
「……ッな、な、なん、なんだガーネ」
「…お前、そんなんで『エスコート』出来んのか。お前個人が恥かくのはどうでもいいが、お前のやらかしはお前のお父上であるジェスチェルト伯爵の顔にも泥は塗るし、カルセにも恥をかかせるだけじゃなくて、お前にカルセのエスコートを託した陛下の顔を潰すんだぞ。わかってんのかクソヘタレが」
「わ、わかっている!そういう君こそ、『女王陛下』のエスコートだぞ!公式公務だ、出来るのか!」
「俺を誰だと思ってる、出来るに決まってんだろうが。俺の手で、誰よりも最高に美しく目立たせるようにエスコートしてかつ、この女を命に変えても守るのが俺の仕事だ」
得意気な顔で返したガーネに何も言い返せず、カルセも少し困った顔で眉を下げてしまった。
「あの…申し訳ございません。わたくしでしたら問題ございませんので、ご迷惑になるようでしたら職務に集中していただいて構いませんわ。入場の時くらいは、エイミーさんやサイフィルさんにお願いすることも出来ますので…」
「そ!そんな!迷惑ではないです!!貴女のエスコートは私がします!!他の男には託せません!!」
「えっ?」
「んブッ」
思わず小さく吹き出したガーネが慌てて顔を背け、ディアマントも面食らったような顔をして困惑気味に隣のヘルソニアの顔を見上げた。
「近衛総監よ、其方これでダメなら男ではないぞ。なにもそこの隣の男を見習えとは言わぬが、多少あやかったらどうだ」
「ヘルソニア様、本音は?」
ガーネがやや茶化すように声を掛けると、ヘルソニアはようやく薄くいつもの笑みを浮かべて足を組んだ。
「正直、下見の際から見ているせいかまどろっこしくてイライラする。あまり苛立つ方ではないのだが」
「そんなことない。ヘルソニアはよく妾に説教をする」
「「それは陛下が小娘みたいなわがまま言うからでしょ」」
「なぜガーネとヘルソニアがハモって言うのじゃ…」
昨夜も訪れた辺境伯邸宅へと到着し、ガーネが先に降りてディアマントへと手を差し出した。
ディアマントは乗車時と同じようにガーネの手を取り馬車を降りて、当然のように隣に並んだ。シューツェン辺境伯夫妻の出迎えと挨拶を受けてから、そのまま自然な流れで差し出されたガーネの左肘に手を添えてディアマントは悠然とエスコートをされて応接室へと向かった。
女王専用の控室であるそこで、侍女長が最終確認とばかりにディアマントのドレスと髪型、アクセサリーとメイクを整え、「お綺麗ですわ」とにこりと笑みを浮かべた。
少し休憩とディアマントが近くのソファに腰を下ろすと、侍女長はついでにガーネの身なりを整え始めた。
飾緒や徽章を肩章を整え、髪型を整えてから侍女長は「うーん」と腕を組んで唸った。
「え、なに」
「こうして見ると、やはりお顔の全体像はリエーブ様ですけれど、お目元がお父君のルイ様にそっくりですわね」
「あれ、アンタ俺の父親知ってんのか」
「ええ。わたくしも陛下にお仕えして長いですので。ご覧ください陛下、こうしてお口元隠すとそっくりだと思いません?」
「ふむ。やはり目付きの悪さは父譲りよの。あの男もこういう目をしてリエーブを見ておった」
ディアマントがまじまじとガーネの顔を見つめ、ガーネも『一体なんの時間だ』と考えながらきゃっきゃと楽しそうに談笑するのを横目に小さく息を漏らした。
こんこんこん、と軽いノック音がし、辺境伯邸宅の執事が一礼した。
「女王陛下、皆様お揃いでございます。ご案内申し上げます」
「承知いたしました。陛下、参りましょう」
「うむ」
ガーネが手を差し出してディアマントが手を重ね、会場入口前までの廊下を進んだ。
扉の前で一度立ち止まり、ガーネはディアマントに肘を差し出し直すとディアマントも自然な動作で手を添え、開かれた扉の少し奥正面でシューツェン辺境伯夫妻が迎える姿を一瞥し、会場内の視線を浴びながらガーネは辺境伯夫妻の前までディアマントをエスコートした。
数歩前で立ち止まり、ディアマントがそっと手を離して姿勢を正して辺境伯夫妻と互いに歓迎の挨拶や招待の礼を述べ始めると半歩引いて近侍護衛の立ち位置へと戻った。
まずは晩餐の席であり、招待客が案内に従って着席をするとガーネも斜め後ろに控えて軽い歓談をしながら食事をする姿を見守った。
────ようやく、周りが見られる。
ちらりと視線を周囲に投げ、皇国側の警備配置や随行者の特徴、口元の動きや指先の動き、視線の運びに目を凝らした。
身体つきや筋肉の付き方を見て、相当以上の訓練を組んでいることが伺える『肩に天秤の模様の軍人階級刺青』の一同。スメイラに調べさせた内容と、早速活用したヴィシュヴァの情報を照合し、『天秤』は皇王直轄の証であるらしい。皇族の額の入れ墨、ラヴィハの『太陽』の入れ墨は『皇王の正室の皇子』の証、スリラハの『月』の入れ墨は『皇王の正室の皇女』。今日はさすがに同伴はないが、第二夫人以降の側室の子供は男児が星、女児が花の入れ墨らしいと、ガーネの視線がラヴィハとスリラハの額へと流れた。
ラヴィハはディアマントに「ディアマント女王陛下」と妙に積極的に声をかけており、ディアマントも外面の笑みでにこやかに返答を返していたが、会話の内容は「陛下はどのようなお酒が好みですか」やら「どのような花を愛でますか」などと当たり障りのないものであった。




