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断罪ディストーション  作者: 梦月みい
第八章『調律』

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48話「私ではない音で鳴り、同じ音に沈む」

差し込む光が眩しくて、薄く目が開く。

相変わらず豪奢なシャンデリアがあり、いかにも高級品と言わんばかりの調度品。

どれも自分の趣味ではない。

────なら、これは誰の趣味だ?


ガーネはゆっくりと身体を起こして、周囲を見回す。

よく知っていた『城の中で自分にあてがわれた部屋』であるはずだった。理解できる。記憶もある。

なのに、『知らない』と訴える意識もある。

気持ち悪さに嘔吐きそうになって、左手で口元を覆った。


ひだりて


口元にある手が、誰かを殺した左手だと思うと胃液が一気にせり上がる感じがした。

ベッドから飛び起きたガーネは、一目散に部屋の中のトイレに駆け込んで思い切り胃液を吐き出した。


『ほら、この部屋の間取りは把握している。ならやっぱりこれはちゃんと俺だ』

そう思ったところで、何故そんな当たり前のことを思ったのか急に理解出来なくなって怖くなった。

「…失礼いたしま…、…ッガーネ様…!?」

ガーネ付きの侍女、エナが様子を見に部屋に来たところで、便器を抱え込んで嘔吐するガーネに気付き慌てて駆け寄る。

「エ、ナ…う、ぐ…ッげほ、おえっ」

背中を撫でているのは、『エナ』だとわかる。でも知らない。

自分が、どれなのかがわからない。


「きゃーっ!ガーネ様!落ち着いて、落ち着いて下さいませ…!だれか、誰か来て!ガーネ様が!!」

自傷したくて壁面に額を打ち付けた訳ではない。

痛みがある方が、意識がはっきりすると思ったからだ。

額が痛みに熱を持つ感覚と、血が流れてくる感覚は確かにあった。


「妾が見る。側仕えよ、お前は下がれ。この部屋には人を寄せるな」


水晶のように澄んだ声が、頭の中に響いた。その瞬間に、ガーネは急に意識がクリアになったように妙に落ち着きを取り戻した。

「馬鹿め。妾のモノの分際で、勝手に傷を付けるな」

「…へい、か」

ディアマントの細く僅かに冷たい指先がガーネの額の血をなぞり、口元の胃液を拭った。


今まで、何かズレていた身体と意識と思考と人格が全て元に戻ったような感覚にようやく

あれだけ蔓延っていた気持ち悪さが消え去った。

その瞬間、現状を、今、この美しい手に何をさせたのか、昨夜自分が目の前のこの高貴な相手に何をしでかしたのか唐突に理解した。

不敬どころの話しでは到底済まない。

死んだ。

命をいくつ差し出しても足りないくらいのことを、自分はしてしまった。


「っも、申し開きの、しようも…ございません…女王陛下、此度の無礼、…誠に申し訳ございません…」


ガーネは土下座する勢いで深々と頭を下げる。しかし、ディアマントはガーネの顎先を扇で持ち上げて視線を無理矢理に自分へと向かせた。

「とりあえず、立て。このような不浄の場所で妾に頭を垂れるな」


ディアマントが部屋のソファに腰を落とすのを見届け、傍に歩み寄って膝をついた。

「ガーネよ、妾は別に怒ってなどおらぬ」

「は、し、しかし」

「嘘じゃ、怒っておるわ」

「……ハイ、仰るとおりだと存じます。処分は如何ようにも」

「処分?なら、お前には引き続き妾の『犬』としての自覚を持って、犬らしく妾のために尻尾を振り、妾のために頭を垂れ、妾のために妾が投げた玩具を拾うために駆けずり回るといい」

「へ…」

「お前は『均衡が妾を害す為に放った呪具』によって乱心したお前を易々と処分させるほど、妾が短絡的で浅慮な女と思っておるのか。前にも話した通り、妾とてこの国の主。何が悪で何を処罰すべきかが見えぬほど、愚かではない」

「…均衡の…呪具…?」


彼女の放つ言葉の一音一音が、妙に細胞に絡むように沈んでいく。

何かが侵食するような異物感は、間違いなく存在する。

なのに不思議と嫌悪感はなく、酷く心地よかった。


「疲れたであろう、ガーネ。よく頑張った。異端なる均衡者め、妾の犬に酷い仕打ちをしおって。可哀想に。今はゆっくり休むと良い。少し休んで起きたら、お前も夕餉の晩餐に来い。────きちんと、わからせてやる」


子守唄のように響く心地よさに抗えず、ガーネは促されるままベッドに横たわって重くなる瞼に抗わずに両目を閉ざした。


「ふふ、愛い奴よ。それでこそ、妾の犬」



*****



王城の中の、特に来賓をもてなすような作りの豪華な客間。

カルセの祈りの儀式のあと、暫くここを使えと滞在を許可された部屋に、一同落ち着かない様子で向かい合っていた。

「……ば、晩餐、だって。僕達の労いだって」

「そう仰っておりましたわね」

「さ、最期の晩餐かな〜アハハ」

「結構シャレにならないからソレ」

「……」

「ですが、ヘルソニア様も仰っていたではございませんか。例の遺物は『邪教』が、陛下に害をなすために仕掛けたものであると。一般人に甚大な被害が出る前に禁書庫安置の為に持ち帰ったのは、最善の働きであった…と」

「そう言われたら、こちらとしてはそれで納得するしかないしね。…それに、アレが『呪い』の一種だったということでガーネくんも特にお咎めが無い…ってことだけが、なんというか…」


三人とも、その通達に『違和感』はあった。しかし、そうだと言われれば納得するしかない状態である。それだけに『異質』極まりない存在の物体であった。


祈りのおかげか、完全に外界と断絶された禁書庫に安置されたおかげか、昨夜までの言いようのない違和感と得体の知れないズレは解消されていたように感じた。

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