490話「粋な計らい」
「陛下、そろそろお召し替えのご用意を」
「うむ」
侍女長が声を掛け、ディアマントがガーネの手を取りソファから立ち上がる。
ディアマントはちらりとガーネの目を見て、ガーネもその視線と表情から『例の粋な計らいの発動タイミングか』とニヤリと笑ってから小さく頷きを返した。
「そうじゃ、近衛総監よ」
「は、陛下」
ディアマントがさも今思い出したと言った顔で振り返り、ジェレイドを見つめた。
「妾、うっかりしておったことがあっての。カルセも『聖女』故に招待客の1人じゃ、エスコート役を決めるのを失念しておった。命令じゃ、近衛総監。お前にカルセのエスコートを託す」
「まぁ、陛下。ご配慮感謝いたします、わたくし1人で入場するつもりでしたので助かりますわ」
「は?え?えっ!??ししししかし陛下、わた、わ、私は、その、警備最高責任者として、その、あのっ!!」
「だからじゃ。妾の近侍護衛はガーネがつく、カルセの護衛にはお前がつけ。会場全体の警備は、ガーネも見ておるし衛兵総監もおる。シューツェン辺境伯もおる。のう?お前たち」
「俺は陛下の人選に異論は無いです」
一同、ディアマントの言葉とジェレイドの態度、ガーネの表情から『そういうことか』と察して「問題ございません」と返答を返して頷いた。
ガーネも悪どい顔でジェレイドを見て、ジェレイドはその表情から『2人はグルだ』と察した。
「あの、『ジェレイド様』。どうぞよろしくお願いいたします」
カルセは周辺の心の内など知る由もなく、1人にこりといつもの柔和な笑みを浮かべて頭を下げた。
「しょ、しょ……しょうち、いたしました…」
「ははは、さー陛下お部屋行きましょうか。どんなドレス着てくれんのかなぁ俺のために」
ガーネがディアマントの腰を引いてこれ以上何かを言われる前にとそそくさと退散し、ジェレイドは緊張と困惑で額に汗が滲み心臓の鼓動が異常に早くなり血圧が急上昇するのを感じた。
カルセも着替えのために部屋を下がると、取り残されたジェレイドは腕を組んで壁に寄りかかっているラズリを見つけてツカツカと歩み寄った。
「ラ、ラズリ殿」
「なーにクソヘタレ総監」
「折り入って相談がある。以前ガーネにも相談し、君はその、ガーネ専属の医官だから診てはくれないと思うのだが」
「タンマタンマ。アタシ、ガーネから『その話』聞いてるけどいくつか言いたいことがあるわ。まず別にアタシ、あの子専属の医者じゃないから。それとどうせ『動悸・息切れ・血圧上昇』で病気なんじゃないかって話しでしょ。ある意味病気だけど病気でもなんでもないわ。ガーネじゃないけど、そんなにモダモダすんなら一発抜いて来たら?みんなには黙っててあげるから」
「…………」
「あ、ごめん童貞なんだっけ。やり方知らない?教える?安心して、医師免許持ってるしちゃんと知識あるわ、正しい自慰行為のやり方教えてあげるわ」
みんなには黙っててあげるから、という言葉は容赦なく室内にいる全員の耳に届いており、ラズリの性格をわかっている面々はやや気の毒そうにジェレイドから視線を逸らした。
「…………ほ、補佐官殿!!」
ラズリの容赦のない追撃に、ジェレイドはたまらず助けを求めるようにスメイラを見た。
しかし、スメイラはジェレイドの意に反して少しだけ考えてから視線を向けて一層ジェレイドを追い詰めた。
「うーん、皇女じゃないけどエスコートするなら合法的に身体に触れ合えるわけだし、そこでどうにかなっちゃいそうなら先輩の言う通り先に自己処理して来てもいいんじゃないですかね。元既婚者だからこそ言いますけど」
「………っさ、…サイフィル殿…!!!」
「僕も童貞!お揃いだね!!」
ある意味無駄とわかりつつもサイフィルに声を掛け、ある意味では想定通りの返答が返ってくると、早急にアメジへと顔を向けた。
「エイミー殿ーッ!!!!」
「あーん、エイミーの好みはガーネ様みたいな凶悪な悪人面のイケメンだからなぁ。エイミーモテて困っちゃう。でも近衛総監様もイケメンだし、エイミーが美味しく召し上がってあげましょうか?あ、でもカルセちゃんがいるのか。やっぱやーめた」
ラズリに始まりスメイラ、サイフィル、アメジと畳み掛けるようにジェレイドの縋り付きをぶった切ると、ジェレイドは前室の中心で絶望したように頭を抱えて膝をついた。
「……特務はまともな者がいないのか!!!?」
「そら、『ガーネが長』の組織だからなぁ。癖の無いやつは生きていけないだろ、キャラ死ぬし。まず長のガーネが一番キャラ濃いからな」
「衛兵総監!!!」
「オジサンは『せっかく陛下が面白がって作った機会なんだから上手く活用しろ』としか言えないな。ま、がんばれ!」
「みんなグルか!グルなのか!!そうなんだな!!!」
「さ、アンタたち。準備するわよ、行こ行こ」
ラズリが鼻で笑いながら特務の一同の退室を促すと、他の随行者もぞろぞろと本館の方へと戻って行った。
最後に残った魔導師長と巫術官長、エーリックがそれぞれジェレイドの肩をぽんと叩いてから部屋を出ると、ジェレイドもようやく立ち上がり部屋を出た。
しかし、歩く姿は違和感が多分にあり、よくよく見ると右足と右手が同時に出ていたのであった。




