489話「隣の芝生は怖い」
「────…やはりその土地の風土に合わせて文化は変わっていくものなのですね。非常に興味深い。我が国の文化が貴国でこのように発展していると知れて、我が父である皇王陛下も大層喜ばれることと思います。特にこの織物は、染色方法が貴国独自のもので色合いが我が国にはないものですね。染色にはなにを?」
「オエィセサボテンの花だったり、水辺に群生する霊水草の葉や花だったりですな」
シューツェン辺境伯が地域の文化についての回答をし、ラヴィハは興味深そうに頷いた。
「『霊水草』というのは?」
「この一帯には大きな霊脈がありまして、その霊脈の力で育成する白い花の咲く水草の一種でございます。白い花での染色は、染め手の霊力によって色味が違うので同じ花で染めても色が異なり鮮やかに発色します」
「フーン、確かに街で見た織物、全部メイジーエには無い色でしたわ」
「ラヴィハ皇子殿下、メイジーエ皇国では染色にはどのようなものを使うのじゃ?」
ディアマントも興味を持った顔でラヴィハへと視線を向け、ごく自然に話を持ちかけた。
ラヴィハが応答するために視線をディアマントへと向けると、ディアマントの蜂蜜のような金色の瞳と視線が絡んだ。
ラヴィハの漆黒の双眸がまじまじとディアマントを見つめ、特徴的なプラチナのような白銀の髪、白くキメの整った肌、蜂蜜色の金眼、それらを引き立てる繊細な照りを放つ真珠と深紅のドレス。メイジーエの身分の高い女では考えられない華奢な身体つきではあったが、不思議と目を惹き、ラヴィハは言いようのない庇護欲のような『囲い込みたい』『その細い身体を抱き締めてみたい』『その美しい声を寝台の上で囀らせたい』とどんどんと欲求の方向性が膨らんで言った。
「……?ラヴィハ皇子殿下?」
美しい顔ながらもちょこんと不思議そうに首を傾げる姿が非常に愛らしく見え、その美しい声で名前を呼ばれる度に言いようのない気分になっていった。
「あ、ああ。失礼いたしました、ディアマント女王陛下。『染色について』考えておりまして……我が国では鉱石を砕いて顔料化し、樹脂や香油で定着させます」
「ほう、どのような色味になるのじゃ?」
「使用する鉱石や油によって異なりますが、貴国の鮮やかで華やかな色とは違い比較的重厚な色味になります。我が国では宗教や文化的に、そのような色味が好まれますので……それと身分によっても着用出来る色味が異なります」
「ふむ…たしかに、殿下の着用している衣服は皇族らしく『高貴』な色味であるな」
ディアマントの視線がラヴィハに注がれ、ラヴィハはにっこりと人当たりの良さそうな笑顔を向けた。
「是非陛下にも、『この色の布を使用したドレスを贈りたい』ですね。非常に、貴女の白く美しい肌によく似合うと思います」
「勿体ない言葉じゃ」
「ご謙遜を」
当たり障りの無さそうに聞こえる会話ではあったが、ディアマントの背後でそれを聞いているガーネは何か言いようのない『ねっとりとした嫌な感覚』に思わずディアマントの華奢な肩へと視線を落とした。
会談の後半も表面上は恙無く進行し、夕方無事に初日の会談を終えた。
「殿下、本日は当邸宅にて歓迎の舞踏晩餐会の準備を整えさせていただきました。皇女殿下が本国式のダンスパーティーにご興味があるとのことでしたので、お楽しみいただければと存じます」
「まぁ、私のオネダリを聞いてくださったの?嬉しい!」
「へぇ?…スリラハはヴェルーティン式の舞踏に興味があったのか」
「ええ、お兄様。だって────…アスミン・カティネー・デーシェー・プラカタム・プルシャム・アーシュリシャスィ・カル」
「…ふ、くくっ…カームキ」
「ふん、アーリヤ、トヴァム・アピ・ターン・ストリヤム・アーハヴァヤ・キム」
「スンダリー。タードリシーン・スンダリーン・ストリヤム・プールヴァム・ナ・カダーピ・ドリシュタヴァーン」
メイジーエ語でやり取りをしてクスクスと笑った皇女は、スリットの深く入った腰布を指先で摘み軽く片足を下げて膝を少し折った。
「貴国の舞踏晩餐会、楽しみですわ。私、少し練習して来たんですのよ」
「それはそれは、…では、屋敷で歓迎の用意を整えてお待ちいたしております。殿下たちにおいでいただけるだなんて、これ以上なく光栄です」
「ああ、支度を整えて邪魔させてもらおう」
ディアマントとヘルソニア、ラヴィハとスリラハは形式的に互いに一礼をして、今いる東館から伸びる回廊を別館に向かって行く。ラヴィハやスリラハを見送るためにガーネとジェレイド、シューツェン辺境伯を筆頭に一同深々と頭を下げて見送り、メイジーエの護衛も含めた随行者全員が別館へ向かう廊下を曲がり姿が見えなくなると、ガーネがゆっくりと頭を上げ他の一同も頭を上げた。
「前室へ一度下がるぞ」
ディアマントの声でガーネが動き、ぞろぞろと元の控え室代わりに使用していた前室へと戻った。
部屋に入ってディアマントがソファに腰を下ろすと、侍女長がそそくさと冷えた手拭いを持って来た。
「お疲れ様でございました、陛下。お召し替えの前にお飲み物をご用意いたしますわ、なにがよろしいでしょうか」
「冷たい水が飲みたい」
「かしこまりました、すぐに」
侍女長が立ち上がると、ディアマントはガーネに視線を向けた。
「ガーネ、皇子たちはなにを話していた」
「結構早口だったしスラングもあったんで、大体ですけどいいんですか」
「構わぬ」
「皇女は『この国式のダンスなら、この堅苦しい国で堂々と男にくっつけるじゃない』と。で、皇子の方はそれに対して、えーと…多分意味的には『スキモノめ』みたいな感じですかね」
「すきものとはなんじゃ」
「要は、ドスケベってことですよ。男狂いの噂はホントみたいですね」
「ほう?ほかは?それだけか」
「あとは、皇女の方が『お兄様もあの女誘えば』って。多分陛下のことじゃないですか。それに対して皇子の方が『こんな美人見たことがない』って」
「フン、妾の美しさは万国共通よ」
「お前の謙遜する姿、俺は初めて見たけどな」
「ふ、妾とて『人並み』に謙遜くらいする。建前も大切じゃ」
ガーネがディアマントの『人並みじゃ』やらを含めた謙遜する姿を思い出し肩を揺らし、他の一同も雰囲気に流され『たしかに』と小さく笑ったところでガーネは侍女長が持ってきた水を飲むディアマントへと視線を戻し、小さく息を漏らした。
「多分、これ皇国だったら俺普通にソッコーで首跳ねられてますね」
「なぜじゃ」
「不敬だから」
「?この程度でか」
「この程度でも。ぶっちゃけ俺とお前の関係があるのとお前の性格もあるからみんな笑ってるけど俺も含め他のやつも一応線引きはしてるからな」
「そんなことわかっておる。だから妾も今笑っておる。お前たちは公的な場では弁えておるであろう」
「ま、そういうところがこの国のいいところかもしんねーな。ウチの国の元首が冗談のわかる小娘で良かったよ。あ、でも『税金は女王様が贅沢をするために徴収してる』みたいなこと書いたバカは冗談じゃなくて本気で書いてるだろうから、あの32点だけ不敬でぶち殺していいですよ」
「えー!?ガーネ!!なんでまだそれ言うの!!?女王様違うんですよ!!ちょっと間違えただけなんで!!」
「やかましい、あのバカは処刑じゃ」
「えー!!?」
「ふふふ、冗談じゃ」




