481話「シューツェン辺境伯」
「陛下、オエィセはいかがですか?」
シューツェン辺境伯が食事中の歓談でにこやかに声を掛け、ディアマントも笑みを返した。
「すごく楽しい!昼間は暑くて大変じゃが、街並みが非常に美しい!風土を反映した白い石造りの建物に、染色の糸を干した光景が鮮やかで、聖域から流れる加護を受けた湖の水が街に流れておるお陰で植物も王都では見た事のない種類の色とりどりの花や草がとても珍しい、食事も…妾は特に、この豆のペーストとスープが、ウィーストの軍事施設で中継休憩をした際に口にしたが、これが特に気に入っておる。織物や硝子工芸品も、どれも繊細じゃ。このショールも、本日の昼間に街中で求めたものじゃ!」
「そんなに気に入っていただけて何よりです。そうだ、今回ご滞在は本日を含めて全5日でしたかな。時間があれば、是非博物館もご覧いただきたいですな」
「博物館はとても気になっておるのじゃ!妾は宝石や鉱石が好きで、博物館で色々な石を見たいのじゃ!来る前に本で見て、行きたいと臣下にねだっておる!」
「本日お着け頂いているのは瑞月真珠ですかな?サファイアのブレスレットと、ダイヤの指輪もとてもよくお似合いです」
「真珠は先程求めたものじゃ、これはとても美しい。それと、このブローチも。以前下見で来た妾の騎士が、土産にと妾のために買い求めて来たものじゃ!」
「ほう、桃霞石。それもかなりグレードの高い石をお選びになられましたな……特務総監殿、お噂には聞いておりますがさすがの目利きですな」
「恐れ入ります」
建前の外面のいい表情で静かに笑みを浮かべたガーネは、ナイフで一口大に切り分けた香辛料のよく効いたラム肉のソテーを口に運び、咀嚼する振りをして水で流し込んだ。
「辺境伯よ、このソースはなんじゃ。これ、とてもおいしい!」
「こちらは干しぶどうと干し無花果のヨーグルトソースでございます、隠し味に蜂蜜とシナモンを少々」
「シナモンと言えば、肉桂の蒸留酒を口にした。あれはとても美味しかった!」
「おや、シナモン酒がお好みですか。癖があるので好き嫌いが分かれるのですが、お好きなようでしたらとっておきのものを開けましょうか。陛下、結構お酒はお強いですかな」
「人並みじゃ」
「サボテンワインやペッパー酒なんかもございますが、試飲してみますか?」
「初めて飲む!飲んでみたい!」
「執事長、ご用意しなさい」
「かしこまりました、旦那様」
楽しそうに談笑をして美味しそうに食事と酒を口にするディアマントを横目で眺めながら、ガーネは水で食事を流し込んでいるせいで必要以上に腹が膨れてきた。元々どちらかと言えば少食気味であるために通常配膳される量でもかなり満腹になるのだが、相手の手前残すわけにもいかずに口に押し込んでなんとか食べ終えた。
少しして、辺境伯が食後の口直しの茶と茶菓子を勧めながら『本題』とばかりに口を開いた。
「明日の会談、当領の軍も配備し、警備は万全に行いますし目はよく光らせておりますが……なにせ『あの国』です。懸念が多いですな。ご側近様はどう見ておりますか」
「そうだな。其方の言う通り、我々王城側も随伴の護衛は精鋭揃いだ。そも、自国ではなく他国で『何か』をするほどあの国も愚かではないとは思うが……」
「……特務総監殿、いえ、グリーチェウト卿。貴方はどう思いますか」
シューツェン辺境伯はガーネを敢えて『王城軍事責任者』では無く家名で呼び声を掛けた。『裏稼業が拝み屋』である、律衡・霊力の扱いを主とした家柄であることを十二分以上に理解した呼びかけである。ガーネは『さすがトーパスの派閥だな、俺の事もよく調べている』と冷ややかな目で見て感心しつつ妙に甘ったるくクセの強いミントティーを飲んで息を漏らした。
「……あの国は『死者と契約をする』と謳われている謎多き『呪術国家』ですしね。この領地にも多くのメイジーエの人間が流れて来ているようですが、大部分はあの国の徹底し過ぎた身分制度の奴隷階級としての迫害を受けた被害者のようです。しかし、軍人階級以上の連中に『再飼育』された者も多い。端的に言ってしまえば、『向こうがこちらに対して嗾ける理由は作ろうと思えばいくらでも作れる』状況が懸念ですかね」
「…と、言うと?」
ガーネの言葉にディアマントが小さく首を傾げて顔を見つめた。
「言葉を選ばずに言うと、『お前の国にウチの国の労働力が盗まれた、お前の国で異文化交流をしているウチの国の敬虔な人間を誑かしてウチの国の労働力をお前の国でいいように使っている。これはウチの国への冒涜だ、ウチの国の労働力を返せ泥棒が』……みたいに思う『過激派』がうじゃうじゃいるってことですよ。ね、辺境伯」
「そうですね、我が国と隣国は文化が違いすぎる。当領と隣国は風土は似てはいるが、そもそもの思想が異なる。我が国の当たり前は、向こうの国では非常識になりうる」
「死者と契約ってのも、ぞっとしねーな。盟属性魔法の類かと思うけど、霊力由来ならば多分、魔力使役の類ではなく呪詛やらの類に近いものなのかと思う。そういうところまではさすがに情報が無くて、『グリーチェウト家』の顔でも調べきれませんでした。そういうこと聞きたかったんですよね辺境伯閣下」
「はははは、さすが。ゲルブ辺境伯が一目置くだけある。是非私も、グリーチェウト卿とビリヤード対決をしたいものですな」
「ご覧になっていたならわかると思いますが、俺ビリヤードはめちゃくちゃ得意ですよ。ボロ勝ちしますけどいいんですか?それに、多分辺境伯閣下はダーツの方がお得意でしょう。トーパスのところでも興じておりましたし」
「おや、よく覚えていらっしゃいますな。ダーツは?」
「残念ながら、射撃やらの『的を狙う』類はもっと得意です。狙った的を外すことは俺の体調不良以外ではあんまり無いですね」
「それは楽しみだ。是非また、王都に行った際は私とも手合わせ願いたい」
「望むところです」
晩餐を終え、馬車に乗り込む馬車寄せまで辺境伯夫妻たちが来た時同様見送りに出た。
「では陛下、本日はありがとうございました。……明日は、どうぞよろしくお願いいたします」
「うむ。馳走になった。料理もどれも大変美味しかったし、庭も見事であった。そうだ、あの胡椒の酒はどこで手に入るのじゃ?あれはとても美味しかった、是非求めて帰りたい」
「陛下が大変お気に召していただけていたようですので、最上級のものをご用意しております。土産にどうぞ、お持ちください」
数本分の木箱を執事がガーネに手渡し、ガーネはそれを受けて一礼した。




