478話「『ジェレイド様』」
街の視察という建前の街ブラが終わり、迎賓館に戻った一同は辺境伯主催の晩餐会への参加に向けて着替えや準備をし始めた。
ガーネも日中の暑さでバテかけた身体にぬるめのシャワーを浴びてから、汗で湿ったシャツを真新しいシャツへと着替え、騎士服も替えのものに着替えた。
この着替えの量の多さに『こんなにいるか』と思ってはいたものの、カルセの言うことを聞いて日数分以上の用意をしていて良かったと冷えた水を一気に飲んだ。
侍女長がディアマントのついでのように日傘を自分にも向けていてくれていたお陰で前回の下見のときよりも多少ましに過ごしていたが、暑いものは何をしても暑かった。
身支度を終え、ディアマントの支度が整うまで控室代わりの部屋で待機するため向かうと、先に部屋にいたジェレイドとエーリック、特務の面々を始めほとんどの随行者がソファに腰を下ろしていた。
女性陣は早速、ラズリは結い直したツインテールにレースのリボン、スメイラはシャツの襟元に黒いスカーフを巻き、カルセは聖衣の上に真新しいショールを羽織っている姿が目に入った。
少ししてディアマントが侍女長と共に控室へとやってくると、お約束のようにくるりと回ってポーズを取った。
「見よガーネ、似合うか」
ディアマントが晩餐用に纏ったドレスは、プリンセスラインのロイヤルブルーのドレス。王室の格式高い色味でもあるが、ガーネの騎士服のネクタイと同じ色味であり、先程買ってもらったばかりの真っ白なレースのショールと瑞月真珠のアクセサリーを身に着け、髪は先程までの可愛らしいものではなくすっきりと低めのシニヨンでまとめられて小ぶりなティアラを冠していた。
明らかに可愛い待ちをしているディアマントの前で膝をついたガーネは、ディアマントの右手を取って顔を見上げた。
「綺麗だ」
「そ、そ、…そうか」
想像に反して真っ直ぐに綺麗と言われ、日頃『美しい』『綺麗』と言われ慣れているディアマントは言いようのない破壊力に珍しく吃ってしまった。
その様子に小さく笑ったガーネは、右手の中指に嵌まるアイスブルームの指輪に口付けてから立ち上がり、買い与えたばかりのショールやパールのアクセサリーを着こなす姿を改めてまじまじと見つめ胸元のペンダントに触れた。
「やっぱこれ可愛いじゃん。似合うよ」
「ふ、ふふん」
数拍遅れて得意げな顔をし、出発の時間には少し早かったために近くのソファへと腰を下ろした。
特務の一同も、ガーネに買ってもらったばかりのものを身に着けているために一応礼も兼ねたらしくガーネに声を掛けた。
「ガーネ、どう?リボン付けてみた」
「可愛いじゃん、似合うよ。やっぱそっちので良かったんじゃね?」
「アタシもそう思う。まぁ、アタシ顔可愛いからね」
「そうだな、顔は可愛いな、顔は」
ラズリのリボンを素直に褒め、スメイラの方へと視線を向けたガーネは顎先に指を当てて考え込んだ。
「え、あれ?変?似合わない?」
「いや、似合うけどせっかく美人なんだからもっと顔周り華やかになる結び方したらいいんじゃねーの。結び方はわかんねぇけど…ほら、ラズリがたまにベルベットのリボンのヘッドドレス結ぶ時のなんか花の形にしてたやつあったろ。あんな感じの」
「ああ、『ローズ結び』?スメイラ、スカーフ貸しな。やってあげる」
ラズリがスメイラのスカーフを結び直していると、カルセもいかにも自分も褒めて欲しそうな顔でガーネを見ていたが、ガーネはちらりとジェレイドを見て小さく息を漏らした。
「カルセ」
「はい」
「ピンクのも似合うじゃん。可愛いよ。良かったな」
「ふふ、はい!」
ジェレイドの前で敢えていつも通りの感覚でカルセも褒めると、ジェレイドはなんとも言えないような顔をしてガーネを見た。
何のためにあそこまでお膳立てしたのかと若干呆れた顔をして再度溜息を漏らすと、面倒そうにジェレイドを一瞥してから再度カルセを呼んだ。
「…カルセ、ちょっと」
「?はい」
ガーネに手招きされるままに傍に近寄ったカルセがちょこんと首を傾げると、ガーネは少し上体をかがめてカルセに耳打ちをした。
「…え?まぁ。…『そんなこと』でよろしいんですの?でも、失礼には…」
「『そんなこと』でいいんだよ。失礼になんか絶対ならんから平気だ。俺の顔立てろ」
改めてカルセとガーネの物理的な距離の近さにジェレイドの顔が引き攣るものの、ガーネに何を耳打ちされたのかカルセの視線がぱっとジェレイドに向かうと、ジェレイドは光の速さで顔を背けて『何も見ていない気にしていない』体を装って珍しく脚を組んだ。
カルセがジェレイドに近寄ると、ジェレイドは緊張した様子で身を強張らせた。
「ジェレイド様」
「────…へ、えっ」
「ジェレイド様。素敵なショール、ありがとうございます。似合いますでしょうか?」
「は、…はい、…とてもよく、お似合いです」
「ふふ、良かった。嬉しいですわ」
ガーネがディアマントの傍に近寄り、耳を貸せとジェスチャーしてディアマントは少しガーネの方へと耳を寄せた。
「……ほう。お前もなかなかじゃ、妾の『仕掛け』は明日じゃ」
「あー、例の『粋なやつ』ね。どうなりますかね」
ガーネがカルセに耳打ちしたのは、たった一言だけである。
────カルセ、ジェレイドにショールの礼言う時『名前』呼んでやれ。滅茶苦茶喜ぶから。




