477話「瑞月真珠」
「ところでヴィシュヴァ、向こうの通りのデカい鉱石店の店主、逮捕されただろ」
侍従長が契約や納品に関してのサインをしている間にガーネが壁に凭れかかって横柄な態度で早速名前を呼びながら声を掛けた。
「あー、ウン。昨日の夜中に捕まったね。『容疑は背任罪と有印公文書偽造罪』だっケ?」
「ははは。…で、他に『ちゃんとした』鉱石店はあるか」
早速ガーネがヴィシュヴァの情報の速さを確認し、昨夜夜中のことにも関わらず、逮捕容疑までも『どこからか聞きつけて把握している』ことに満足そうに笑いながら、本題である代わりの鉱石店のツテを聞き、ヴィシュヴァもガーネの言わんとしていることが理解出来たのか少し考えたように店舗の紹介をした。
「あぁ、ちゃんとシタ宝石のお店?あるヨ。迎賓館の近くなんだけど、コッチ側の通り違くて、反対の通りの方に行ったらある宝石のお店、ちゃんとしてル。品揃えは正直あっちの店よりは少しだけちょっぴりだケド、品質は絶対にいい。ただし、お高いやつはとってもいっぱいちゃんとお高いだケド、お店もパッと見たら宝石のお店に見えナイだから、むしろ変な人来なイ!」
「そうか、ならそこ覗くかな。また納品の時にでも王都に来たら声かけろ」
「そうするヨ、ガーネまたネ!」
書類のやり取りも終わった様子でガーネがディアマントの腰を抱いて店を出ると、ディアマントは不思議そうな顔でガーネの顔を見上げた。
「随分と店主と親しくなったようじゃな」
「下見のときにも色々話してるんでね。いい商品扱ってる店だったでしょ?」
「うむ!ガーネがさっき話していた鉱石店も行ってみたい!」
「なら、迎賓館に近いらしいし戻りがてらそこ行ってみるか」
「わぁい!」
嬉しそうに笑みを浮かべたディアマントがガーネを見上げ、ガーネは盛大に舌打ちを漏らした。
「チッ、クソ可愛い」
「へっ??」
「なんかムラっとした。このまま部屋連れて行きたい」
「なぜじゃ」
「わかんね、可愛いなほんと。腹立つ」
「???」
困惑した顔でディアマントが首を傾げるものの、言葉の内容の割に怒っているわけではないことは理解している。
ずっとガーネの左肘に手を添えていたが、そっと手をガーネの指先に移動させると小さな子供のように指先を握った。
「はぁ?可愛い。なにお前、いい加減にしろよ」
「なぜ妾は怒られているのかわからぬ」
ディアマントの小さな手を取って握り直してやる姿を見て、先程までジェレイドに対してある種の微笑ましい何かを見ていた一同はこちらのカップルに対しての微笑ましさも湧き上がった。
「なんか俺、奥さんと娘に会いたくなった。家帰ってヴィオリー抱き締めてプルデミ抱っこしたい」
「儂も、なんとなく久しぶりに奥方と手を繋いで散歩でもしたい気分だ」
エーリックと巫術官長の言葉を背中で聞き、ディアマントはガーネの手を握り返し幸せそうに笑みを浮かべて顔を見上げた。
迎賓館を挟んだ反対側の通りの比較的近い場所に、ヴィシュヴァの言っていたと思わしき鉱石店が見つかった。
「へぇ、ここ鉱石店だったのか。事前の下見じゃわかんなかったな」
「確かに。一見すると喫茶店のような店構えだしな」
「よし、では周辺の警備に。店があまり広くなさそうだ、店内に入るのは私とガーネと衛兵総監、それとヘルソニア様のみとしよう」
「特務総監様、わたくしと女官長様は迎賓館も近いことですので、一足先に戻って陛下の晩餐のお召替えの用意をして参ります」
「わかった、あと30分前後で迎賓館に戻る予定だ」
ジェレイドの指示でそれぞれが動き、侍女長と女官長と侍従長は一足先に迎賓館へと戻って行った。
「いらっしゃいませ」
鉱石店の店主が女王の来店に緊張した面持ちで出迎え、深々と一礼した。
「突然すまぬ、楽にしてよい。少し見せて欲しい」
「勿論でございます、どうぞごゆっくりご覧ください」
ディアマントがショーケースの中を覗き、一般的に流通している鉱石だけでなく霊脈の影響を受けた珍しい霊鉱石の数々を物珍しそうに眺めた。
「ガーネ、これはなんじゃ」
「これはローズクオーツ」
「こっちは?」
「翡翠」
「これは?白いのに虹みたいじゃ!」
「こっちは…あー、霊力に反応して全体が黒に変色したら『濡羽石』、変色しなかったら普通のホワイトオパールだな」
「物知りじゃ!」
「だから、実家の表家業は宝石商だって言ってるじゃん」
「これ綺麗!」
「ああ、これさっき湖で見つけた貝殻の、瑞月真珠」
しずく型の繊細で小粒なパールは全体が淡く水色に照っており、繊細な光沢にディアマントは目を奪われた。
「気に入った?買ってやろうか」
「欲しい!」
「どうぞお姫様。何が欲しいんだ、ネックレスか?ピアス?」
店主が商品をショーケースから取り出し、『お手に取ってご覧ください』と差し出すと、ディアマントは真珠のアクセサリーを手に取った。霊鉱石の一種らしく、ディアマントの霊力に反応して桜色や黄蘗色、萌葱色、菖蒲色へと照りの反射する色味が変わって見えた。
「すごい!綺麗じゃ!」
「それが瑞月真珠の特徴だからな。霊力が強いのが身につけると照り方がより繊細になるから、お前によく似合うと思うぞ」
ディアマントは鏡の前でネックレスを首元に当てたりピアスを耳元に当てたりと悩ましそうに吟味していた。
「…こっちの地金が金のペンダントとピアスは?」
ガーネが金のチェーンの先に小粒のパールで花のモチーフのように編み込まれたデザインのペンダントと揃いのデザインのピアスを指さし、ディアマントの胸元に当てがった。
「可愛いじゃん」
「妾、これ欲しい!」
「ならこれだ。店主、包んでくれるか」
「かしこまりました。えぇと…領収書は王城で…?」
「いらん、私費で買う」
「ふ、ガーネと公務に出ると公費の節約になるな」
ヘルソニアがからかうように言いながら近くのショーケースの中を眺めていると、ガーネも軽く笑いながら肩を竦めた。
「金ならありますからね。使える時に使わねぇと、死んだら金はあの世に持っていけませんから」
「俺もヴィオリーになんか買っていきたいな。ガーネ、宝石やらはわからねぇからなんか見立ててくれるか」
「いいっすよ。どういうの欲しいんですか、普通の鉱石?宝石?それとも霊鉱石?予算は?」
「その辺はわかんねぇから適当。予算もまぁそこそこは。…ヴィオリーに似合う色の石でおすすめは?」
「霊鉱石だし希少だから値段は爆上がりしますけど、それこそ俺が陛下に買った瑞月真珠とか。無難な価格帯とかなら、環彩石とか」
「環彩石って、確か前下見ン時に言ってた『場所によって色変わる』やつだっけ?」
「そうそう。お守り代わりに身に着けてる人も多いですよ、その土地の霊力波動で色味変わるから」
「なら、これで…うーん、ネックレスだと赤ん坊いたらアレかな…掴んで引っ張るかな」
「あー、赤ん坊のことはわかんねぇけど、そういう懸念あるなら指輪のがいいんじゃねぇのか。首怪我しても困るし」
エーリックとガーネの会話にディアマントが首を傾げて話に割って入った。
「ヴィオリー、赤子が出来たのか」
「あ、へへ。そうなんです」
「先日茶会に招いたときにはなにも言っておらなかったぞ」
「元々月経不順でつわりも全くなかったから、その時は気付いてなかったんですよ。なんか最近腹が出てきたって話してて、異常に食うようになったからプルデミの時も確かそうだったなと思って病院行ったら…って感じでして。今6ヶ月みたいです」
「そりゃ、ヴィオリーさん随分自覚なかったもんだな」
「何にせよめでたいな。おめでとう。男か女かどちらじゃ」
「敢えて性別聞かなかったんですよ、健康に生まれたらどっちでもいいかなと」
「生まれたら妾、抱っこしてみたい」
「え、まじすか。女王陛下に子供抱かせるなんて、そんな畏れ多いんですけど」
「迷惑か?」
「とんでもない。…なら、生まれたら抱っこしてやってくれますか」
「うむ!」
嬉しそうに頷いたディアマントに、ガーネはなんとなく思うことがありそうな顔をしつつそのタイミングで会計を済ませ、包装された箱を紙袋に入れてもらい受け取った。
「じゃあ俺はこっちの環彩石の指輪。7号はあるか?」
「ございますよ、お包みいたしますね」
エーリックも会計を済ませ包装を待っている間、ガーネはディアマントになんとなく声を掛けた。
「お前、赤ん坊抱いてみたことあるの?」
「うむ、もう20年も前になるのか、ミモゼがエナを産んだ時抱っこさせてもらった。小さくて柔らかくて、ふわふわだった!すごくいい匂いもしたのじゃ。ガーネはあるのか?」
「俺も、それこそ衛兵総監のとこのプルデミが生まれた時抱っこしてみたけどふにゃふにゃでおっかなかったわ。知ってるか、骨入ってねーぞ赤ん坊って」
「そうなのか!」
「いや、入ってっから。ガーネお前、陛下に平気で嘘教えんな」
「ははは」




