46話「Inviolable」
左手の中のこの細さには、覚えがある。
玉座に座るディアマントに半分跨るように足を掛け、左手はしっかりと首にかかっていた。
スメイラも、カルセも、もちろんサイフィルも、『コイツ、やりやがった』と血の気が引いて動けずにいる。
明らかに、その行動は『遺物による影響』と考えて相違はない。しかし、それをディアマントに説明する前に、よりにもよって『女王陛下ディアマント』に『直下ガーネ』が、その乱行を働いた。
一同は、時間が止まったかのように言葉も発することが出来ない。
しかし、ディアマントもヘルソニアも、動く気配はない。
────待て待て待て待て。俺は一体、何をしている?
遅れてきた理性と意識がガーネの中で渦巻いた。
何故、目の前のこの人の首に手をかけたか理解ができない。
何故、この首の細さを知っているのか、思い出せない。
何故、『置いていかれた』と思ったのか、わからない。納得ができない。
「────…ッも…申し訳、…ございません」
やっとのことで絞り出すように出した声は、妙にかすれていて頭の中でズレて反響して聞こえた。
絞めてはいない。肌に触れた瞬間に、理性が指先に力を込めるのを拒否した。
違う、俺じゃない。いや俺だ。
だけど、ちがう、なんで、どうして、だって。
けど、わざわざ『怪我をした利き手ではない左手』で絞めてるんだから、これで死ぬわけがない。だって俺は『本気で殺そう』だなんて、微塵も思っていない。
勝手に死んだこいつが悪い。俺を置いていったこの女が全部悪い。
俺の言う通りにしない、こいつが。
だから俺の言う通りにしていれば、お前も、周りも、勿論俺も────
──── 違う、『俺は怪我なんてしていない』。
いや、『怪我をした』。瘴狼に噛まれただろ。
目の前の女は、死んだか?いや、指に力はいれていない。触れただけだ。絞めていない。
違う、絞めた。手の中で何かが折れる感触がある。
ちがう、殺してない。いや、殺した。
わからない。
ズレている。
じゃあ、この感覚は一体、誰のものだ?
そこまで外れた意識の中で考えたところで、鼻の奥から血の匂いがした気がした。
ガーネがそう思った瞬間、ディアマントの真っ白なドレスに点々と深紅の染みが広がった。
ゆらりとガーネの身体が揺れて、半歩だけディアマントから離れた。しかし、そこで糸が切れた。そのままずるずると彼女の身体に縋りつくように膝の上に崩れ落ちた。
ディアマントは冷ややかな目でガーネを見下ろし、身を屈めてガーネのズボンの左ポケットに手を突っ込み、封鍵を取り出す。
忌々しそうな目で鍵を見つめ、合点がいった様子で舌打ちを漏らした。
「へ、陛下!恐れ入ります、奏上の許可を!」
スメイラが真っ青な顔で声を上げ、ディアマントはゆっくりとそちらへ目を向けた。
「…なんじゃ」
「わ、私がガーネにその鍵を持つように指示いたしました。効果・効能全て『未知』のものを持たせた、私の責任にございます…!」
ガーネの『やらかし』の責任を負うようにスメイラが発言すると、カルセもサイフィルも慌てて顔を上げた。
「陛下、スメイラさんだけの責任にはございません。わたくしも聖女として、この遺物の効果を封じ切れなかった責任がございます」
「そっそれを言ったら…!僕も…!き、危険度を…鑑定、しきれませんでした…!」
全員が全員、口々にガーネを庇うような言葉。ディアマントは膝の上で鼻血を垂れ流しながら瞼を閉ざすガーネを見下ろした。白かったドレスに、赤い血が染みて滲んでいく。
「お前たち、何を勘違いしておるかわからぬが…妾は別に、この男に怒ってなどおらぬ」
細い指先で持ち上げられた鍵に、ディアマントは目を細める。
「まあしかし、この犬への躾は……どうやら足りなかったようじゃな。しっかり『自分が誰の持ち物なのか』、わからせる必要はあろう」
その言葉に、一同はぞわりと背筋に何かが走ったような心持ちになる。
ディアマントは手の中の鍵をヘルソニアに向かって放ると、ヘルソニアもそれを受け取り、まじまじと鍵の様子を確認して何かを察したように口を閉ざした。
「お前たち、ここまでの運搬ご苦労であった。褒めて遣わす。しばらく城に逗留するといい。────カルセ」
「はい、陛下」
「明日はこの者達の浄化の儀式を行え」
「仰せのままに、女王陛下」
スメイラたちは別室へと案内され、謁見の間には意識のないガーネを膝に抱いたディアマントとヘルソニアが残った。
「均衡の連中め、本当に異端なことをしてくれるわ。妾のモノに手を出しおって」
「しかし、陛下。これではっきりしましたね」
「本格的に仕掛けて来おったわ、まあだがこれも想定内。妾の楔の対象七人が揃った『この時代』でなければ、向こうも成立せんということじゃ」
膝の上で浅い呼吸を繰り返すガーネの寝顔を見下ろし、汗で張り付いた前髪にそっと触れた。
「誰のモノに手を出したのか、連中にはしっかり思い知らせてやらねばな。……ガーネは、妾が直々に調教してくれるわ」




