45話「Left-Hand Memory」
「いやー、ていうか僕女王陛下に会うの久しぶりだなぁ、びっくりするくらいキレーな人だよね」
車内でわざと明るく話しサイフィルの声にスメイラは正直助かったと目を伏せる。
「わたくしもお会いするのは…えーと…150年振り?かしら」
「……90年、とお聞きしてますが」
「あらいやですわ、時間の概念が…ふふふ」
「ははは」
「……」
「……」
壁に持たれるようにして、先程と同じようにガーネは足と腕を横柄に組んで青い顔のまま座っていた。
先程と異なるのは、目は開いているがわずかに瞳孔が開き気味で呼吸が明らかに浅く荒かったことであった。
「…!ガーネくん!」
「まあ、大変!」
「あ…?なに…あ、」
ぼた、と音を立てて鼻から流れ落ちた血液が衣服にシミを作った。
スメイラが慌ててちり紙をガーネの鼻に押し当てるも、すぐに血液が染みてあっという間に真っ赤に染まる。
「大したことねーよ、ただの鼻血だろ大袈裟」
新しく差し出されたちり紙を受け取り、ガーネは申し訳程度に鼻先を自ら押さえる。
しかし、姿勢を変えた瞬間に一気に視界が揺らいだ。
「あ。……やばい、だめだ一旦止めてくれ」
サイフィルが慌てて御者に馬車の停車を頼み、適当なところで止まるとガーネは慌てて馬車を降りる。
「ガハッ、げほ、ぐ…ッおえぇ…!」
茂みに向かう前に間に合わずに道端で蹲って嘔吐するガーネ。
「ひ…ッガーネ様…!」
「おい、まずい!カルセちゃんっなんかなんでも良い、治癒魔法出来る!?」
嘔吐では無く、吐血だった。
道が鮮血に染まる。
さすがのサイフィルも軽口など叩くはずもなく、ガーネの傍に駆け寄り背中を撫でた。
「へ、きだって…鼻血が喉に流れ、うぶ…ッ」
ガーネが口から吐き出す血液は、明らかに鼻血が喉に流れて口から出た量ではなかった。
「ガーネ様、お身体失礼いたします」
カルセがガーネの隣にしゃがみ、胸元に手を当てる。
「申し訳ございませんが、あまり効果は期待しないでくださいませ────『シュク・メルズ・ジーク』」
カルセの両手が光を帯び、ガーネの胸元の内側へと治癒魔法を掛ける。
多少は効果が現れた様子で、幾分か顔色が戻った様子であった。
「……まずいね」
ある程度は想定していたが、いよいよもってガーネの体調が危うい。スメイラは焦ったように小さく呟きながら、御者と共に地図を確認した。
「ガーネ、悪いがもう少しだけ頑張れ。この分だとあと小一時間くらいで王都に入れるから」
「だから…へいきだって、…御者が下手くそなんだよ…たぶん」
ふらりと立ち上がったガーネがいつになくか細い声で暴言を吐きながら馬車に戻る。
「…カルセ」
「はい、なんでしょうかガーネ様」
「……悪い、膝貸して。少し寝たい…」
「も、勿論ですわ…」
「なんかあったら叩き起こして」
身体を横にしたガーネは、ベッドでは無いため寝心地は当然良くはないながらも限界を超えた様子で目を瞑ると、カルセの膝の上ですぐに小さく寝息を立て始めた。
「……コイツがこんななのに、変化は『視えない』…一体何なんだ、この遺物…」
「…私も正直、長年遺物研究に携わってるし何度も『禁書庫案件』は見てきた。けど…これは…」
本当に、殺すつもりなんてあるわけがないだろ
だってアイツは、あの女は
────そう言って、『利き手ではない、左手』が伸びた。
────その手は細い何かを掴んでいた。
────それは、『首』。
────ぎりぎりと、左手の中で絞まっていく感触。
本当に殺すつもりがないから、利き手じゃない腕で絞めてんのに
なんで、俺を置いてったんだ
『絶対、許さない』
「────…ネ、おい!ガーネ!」
頬に、痛みが遅れて届く。金属でそれなりの力で殴打された時の痛みに似ている。
「…………いてーんだけど…」
どうやら、殴り起こされたらしい。
意識がゆっくりと浮上すると、急に現実とリンクする。ガーネは慌てて身体を起こすと、嫌な寝汗が額と服に纏わりついていた。
「…わ、るい…敵襲か」
反射的に拳銃に手が伸び、周囲を見回すも異変は特に見当たらない。目に入るのは、明らかに動揺した顔の同乗者。
「ちげーよ。王都着いた。あとめちゃくちゃ魘されて…、いや。そんな寝汗ぐっしょりでカルセちゃんの神聖でむちむちな聖域の膝枕汚すんじゃねーよ!」
「………なんでもいいけど、メリケンサックで殴るのはお前やばくない」
眠っている間、何事も無く王都へ入ったようだった。
ガーネのいつも通りとまではいかないまでも先程よりきちんと受け答えが出来ている様子に、スメイラとカルセは一旦ほっと胸を撫で下ろした。
空はすっかり夜になっていたが、御者がかなり無理をしてくれたようで予定よりも相当早く王都へ到着した。
「まずは城へ行こう、……あー、しまった!謁見の申し込みしてない…!」
スメイラが頭を抱えるとガーネがしきりに左手を気にしながら声を掛ける。
「……俺、謁見の申し込みなんてした事ねーけど」
「だからお前何者だよ!」
「うるせー、とにかく城だ。あとはどうにかする」
「い、一応言うけど、君みたいにズカズカ女王の執務室なんて行けないからね私たち!」
よりにもよって、本人はファッションでつけているらしい立派な武器で殴られた弾みで口の中が切れたらしく、先程の胃液混じりの血とは異なる味が口の中に広がる。
城に着くや否や、王城敷地内にも関わらず地面に容赦なく血痰を吐き出した。
「だから!君そういう事してるから輩っぽいんだよ!」
「うるせー黙って着いてこい」
「……ガーネくん…?」
日頃から粗野なところや横暴なところは多々ある。
しかし、今の彼は纏う圧を含め、『何かが違う』。
スメイラは言いようのない違和感にサイフィルとカルセに少しだけ不安そうな顔で目配せをして、大人しく後ろに着いて行った。
「ガーネ殿!お疲れ様です!」
「陛下に謁見の取次をしろ。今すぐだ」
「は、…い、今ですか?しかし」
「いいから!命令だ、さっさと動け。処分されてーのか」
「……っか、かしこまりました、控えの間にご案内します」
警備の兵への態度も、普段のそれと異なる。
ガーネも自分自身で自覚はある。
しかし、何が違うのかがわからない。
普段、周囲とどう接していたか、まるで思い出せない。
控えの間に通された一行は、ガーネの異様な雰囲気に言葉を発することが出来ないでいた。
体調は、見た限り先程よりは明らかにマシに見える。
────瞳孔が完全に開き、軽口も易々と叩けないような雰囲気でいる以外は。
「お待たせいたしました。状況をお伝えしましたところ、陛下も至急来るようにと仰せです。謁見の間へご案内いたします」
城内の衛兵がガーネ達を謁見の間へと案内する。
室内に入ったタイミングで、女王も奥から姿を見せ、全員が膝をついて敬礼をした。
「正装もせず、突然のお呼び立て誠に申し訳ございません」
「ディアマント女王陛下、お久しぶりでございますわ」
「え、えーと、お、お久しぶりです…相変わらずお美しくいらっしゃいまして…」
三人がそれぞれ挨拶口上を述べたところ、ディアマントは玉座に腰を下ろしてぱちんと扇を閉じた。
「御託は良い。要件を申せ。いや……なんの遺物を持ち帰った」
皆まで言わずともさすがと言う様子で声を掛けるも、視線はすぐにガーネに注がれた。
「ガーネ、お前が持っておるな。妾に見せよ」
「……はい」
ガーネは言われるままにゆっくりと立ち上がり、光沢の美しい真っ白なシルクのドレスを身に纏ったディアマントの姿を両目に映した。
こつ、とガーネが一歩踏み出す足音が静寂の室内に響く。
────なんで、
そしてガーネの左腕は、真っ直ぐにディアマントに伸ばされ、武骨な指先で細い首を捕らえていた。
────どうして、俺を置いて。




