456話「子供の世界」
「ガーネは、来てくれるのかしら」
「来ると言っておりましたわ、ただ寝起きなのでもう少しお待ちくださいまし」
食事の用意が整ったと侍従に呼ばれ、特務一同は案内された大食堂でそれぞれ席についた。
ディアマントが一番上座でヘルソニアがその斜め前、ヘルソニアの隣にリエーブが座り、カルセは高位職者としてそこそこ上座に腰を下ろした。
「ねぇ、巫術官長」
「なんですかな、リエーブ様」
「うちの子…ガーネは、みんなに迷惑をかけていないかしら」
「そうじゃの…まぁ、最初こそ『小童め』とも思いはしたが、とにかくあの小僧は頭がいい。霊力も魔力も使い方はまるでなっておらぬが、誰よりも周囲と先は見通せる。その上で数手先まで手を考えて打っておるからの。生意気だが、あの小僧といっしょに仕事をした者であの男を認めておらぬ者は誰もおらんよ。安心しろ、お前さんの息子はいい子じゃ。口と性格は悪いがの」
「…まぁ」
巫術官長の言葉に、話しを聞いていた一同は思わずといった様子で小さく笑いを零した。
「それに嚆矢様」
「なぁに、侍従長」
「特務総監殿、中断の後に真っ先に『自分のせいで遅れさせてしまって申し訳ありません』と謝罪しておりましたな。それに、神殿について貴女から指摘された時も、なんの言い訳もせずに『勉強不足で』と素直に謝罪しておりました。もちろん、彼は若いのでやっかみも多いです。ですが、少なくともここにいる我々は彼のそういうところは非常に評価しておりますし、何よりこの異色だらけの特務の面々が特務総監殿に大人しく従っているのが何よりの証拠です」
「…そう。安心したわ」
少しだけ母親の顔をしたリエーブが、短く息を漏らした。
安堵したような、さみしいような、嬉しいような、誇らしいような、そんな顔をしながらグラスの水を一口飲んだ。
「あの子、わたしのこと憎んでいるのかしら。嫌い、かしら」
「フン、そんなことガーネ本人に聞けばよかろう。妾に対してもそうじゃが、あの男は良くも悪くも嘘はつかぬ」
「本当に?」
「あの男は世辞を言わぬ。先日は妾が新しい香水を纏ったら、開口一番『今日お前くせーんだけど』と言いおったな」
「言ってましたね」
ヘルソニアが思い出し笑いをして肩を揺らし、近くの席のエーリックも先の尋問の光景を思い出した。
「そういやアイツ、捕まえてもいない導師のこと挙げて『アイツなんて言ってたと思う』とか『会わせてやろうか』とかハッタリかましてましたしね。嘘はついてねーわ、確かに」
食堂内に小さく笑いが起きたところで、奥の扉が開いていかにも寝起きのようなぼんやりした顔のガーネがネクタイを直しながら部屋に入ってきた。
「ガーネの席はここじゃ」
ディアマントがヘルソニアの向かい、自分の斜め前の空席を指さした。ガーネはそれを見て一瞬嫌そうな面倒そうな顔を隠しもせずに露呈させ、面倒そうなふてぶてしい態度でそこの空席に向かって歩いてきた。
「諸先輩方を差し置いてこんな上座とかどんな寵愛人事ですか女王陛下」
冗談を言う余裕は多少戻った様子で自分で椅子を引いて着席すると、近くの席のディアマントに視線を投げた。
「お前は妾の犬で騎士で、妾の男じゃ」
「あっそ。公私混同すんなっていつも言ってんだろ」
「今は『公』ではなく『私』じゃ。だからいいのじゃ」
「はいはい。…つーか食っててよかったのに」
給仕係がガーネに飲み物を聞きに来て、「水』と雑に返したところでガーネはまだ誰の席にも料理がサーブされていないことに気付き、正面のヘルソニアを見た。
それぞれのグラスに飲み物が注がれ、グラスを受けてからヘルソニアはガーネに視線を返した。
「食事前の歓談だ。気にするな」
「どうせ俺の悪口でしょ」
「悪口といえば、其方のIQの話だ。言語理解、知覚推理、作動記憶、処理速度全て判定不能だった」
「ちゃんと判定してるんですかそれ」
「きちんとした検査機関だ」
眼の前のアミューズが順に配膳され、ガーネは彩りで乗った謎の草をフォークで器用に避けながらものすごく怪訝そうな顔をして料理を見た。
「お前はトリュフを知らぬのか」
「トリュフくらい知ってる。キノコ嫌いなんだけど」
「…めんどくさい男じゃ」
ディアマントも呆れた顔をしつつも、ガーネの好き嫌いは今に始まったことではないと特に気にした様子も見せずにあしらいながら食事を進めた。
ガーネが来てから急に無言になってしまったリエーブへ視線を向け、ディアマントの視線に気付いたリエーブもオードブルの野菜のマリネを一口食べてからディアマントを横目で見た。
肝心のガーネは隣の席の侍従長と外遊の話しをしており、とても話しかけるような雰囲気ではないと空気を読み、ちびちびと食事を進めていた。
「ところで、あの香油どうなった」
「お前の言う通り、新しいものを調香し直してもらっておる。明日か明後日には届くのではないか」
「フーン」
会話が切れたと思った瞬間に、ガーネがディアマントに声を掛けてそちらで会話が始まってしまった。
「あのクマも外遊に持ってくのか」
「持っていくのではない。連れて行くのじゃ。それとクマではなくゆきちゃんじゃ。いい加減覚えよ」
「はいはいすんません。つーか、お前の部屋に来てる鳥太ったよな」
「妾が餌付けをしておる。毎日米粒を与えているうちに来るようになったのじゃ」
周囲で聞いている面々も、ガーネたちが『年相応なカップル』のような会話をしていることに意外そうな顔をしながら食事を進めていたが、やはり気になるのはリエーブであった。
ガーネの性格的に別に無視をしているわけではなく、『特段用事がないから声をかけていない』に過ぎないが、ガーネ自身もこの食事会の趣旨をわかっていないわけでは無いため少ししてからスープを飲んで会話を途切れさせた。
「…が…ガーネ」
「なんですか母上」
「ガーネは、…母様のことがきらいですか」
「んぶッ」
何を言われるのかと思えば唐突に突拍子もない質問が飛んできて、ガーネは思わずスープを吹き出し掛けた。
とんでもなく呆れたような顔をしてリエーブを一瞥し、膝に置いたナフキンで口元を拭った。
「………なんで、嫌いとかそういう感じになるんだ」
「だって、母様と話すのとディアマントと話すの、態度が全然違うんだもの」
拗ねたようにしゅんとした顔は日頃良く見ている小娘ディアマントの表情のようで、ガーネは面倒そうに目を細めてスープを再度掬って口に運んだ。
「…俺の周りの女って、まじで馬鹿ばっかり」
「それは妾も入っているのか」
「そう自分で思うってことはそうなんじゃねーの。…いいですか母上、ここにいるメンツは全員俺と陛下の交際関係知ってるんでもうなにも隠さず言いますけど、『母親』と『彼女』と同じ温度感で話してる方が世間一般では相当キショいと思うんだけど」
「そうかしら。そういうものなの?」
リエーブが侍従長に助けを求めるように視線を投げると、少し困ったように苦笑いをしながら小さく頷いた。
「…我が家は息子も娘もいますが、特務総監殿より大きい子供ですので…とっくに結婚もしてそれぞれ所帯も持っておりますし、そも私はリエーブ様と同じ『母』ではなく『父』の立場なので…どうでしょうね、ああ、でも娘は思春期の頃はろくに口も利いてくれない時期は確かにありましたな」
「女官長は。確か息子がいたわね」
「ええ、ですが私の家庭の場合は夫は庭園長で、息子も庭師として働いておりますので…一般的な家庭とは少し状況が違いますわ、参考にならないかと」
「じゃあウチのプルデミも将来『パパ嫌』って言って冷たくなっちゃうのかな。今は『パパかっこいいだいすき』って抱きついてくるのに」
「あら、ですが先日奥方といっしょに陛下とお茶会にいらっしゃった時にお嬢様、特務総監様に求婚なさってましたわよ。『ガーネだいすき、大きくなったらガーネとけっこんする』って」
育児の先輩である面々のセリフにエーリックが将来を想像して絶望したような顔をしたところで、侍女長はにっこりと笑みを浮かべながら容赦ないセリフを吐いた。
「ガーネ!お前本当か!!」
「え、うるさ」
エーリックが侍女長に『どういうことだ詳しく!』と話を掘り下げているのを見ながら、ガーネは面倒そうに深く溜息を漏らして食事を口に運んで咀嚼した。
ゆっくり飲み込んでからリエーブに視線を向け、なんと言えば良いのかと言葉を少し選んだように考えてから口を開いた。
「母上」
「なにかしら」
「別に、嫌いじゃないですけど。ただガキの頃はアンタが怖かった覚えがあるから、ギャップがあって俺自身戸惑ってるだけ」
「…母様、怖かったの?」
「ウチが特殊だったのもあるんだろ。自分で言うけどやっぱ家柄も家柄だし、言葉遣いも食事のマナーも、歩き方も礼の仕方含めた所作全部、『一般家庭』とは違うと今なら思うし。その上で、父上も母上も『本家嫡男』としての育て方がやっぱりあるんだろうし、厳しくされたのは今ならわかるし理解も出来る。とにかく叱られないように、呆れられないように、嫌われないように、褒めてもらえるようにって過ごしてたら父上の機嫌も母上の顔色も伺うようになるんだから、そういう意味では怖かったんじゃねぇかなと思うよ。…子供ってのは、『親』と『家』しか世界がないんだから、そこから切り離されないように必死なんだよ」
「……母様、厳しかったかしら」
「俺が魔法ブッパして山消した時は死ぬほど怖かったな。多分初めてぶたれたんじゃねーか」
「……ああ、ゲンコツしましたね」
「始末書で済んだらしいな」
「私とルイで、ディアマントに頭を下げたんですよ」
「へー。ディアマント怒ってた?」
「どうだったかしら」
「怒ったの?」
「怒っておらぬ。怒っても仕方があるまい、子供のしたことじゃ。それに消えてしまったものはどうしようもあるまいし、妾の国ではあるがお前の家の土地じゃ」
「へぇ、ウチの国の女王意外と寛大だったのか」
「確か陛下、あの時大笑いしていましたよね。顔を真っ青にしたルイと珍しく慌てた顔のリエーブを見て」
数時間後、王城玄関ホールで一同はリエーブを見送りに出た。
「泊まらんでいいのか、あんなに言ってたくせに」
「だって、ウェイゼとシャルヴィアに明日中に帰るって言ってしまっていたんだもの。この時間に出れば、昼過ぎにはおうちに着くわ」
「まぁ、『用事』もあるしまたそのうち連絡します」
「ええ。そうしてちょうだい」
馬車寄せに停車した馬車に乗り込み、馬車を見送ってからガーネは深々と溜息を漏らした。
「はぁ…やっと帰ったか。疲れた。…じゃあアメジ、夜勤わりーけど今日はお言葉に甘える」
「任せて!その代わり、きちんと休んで早く元気になるのよ!」
「はいはい。…ところで、侍従長と魔導師長と巫術官長」
「なんだ」
「アンタら、ウチの母親と昔から面識あるんですよね」
「そうだな」
「……あの人って、昔からあんななの?」
ガーネの質問の意図が図りきれず、侍従長は少しだけ考えたように顎先に手をやった。
「特務総監殿が言いたいのは、『感情の起伏が無いわりに意外とおしゃべり』なところですか」
「まあ、そんなとこかな。あとはわりと話す内容が頭悪そうだったり、オノマトペが多かったり」
「昔からあんな感じじゃの」
「アミュとはまた違った感情表現の出ないおなごですしな。なんだ、ガーネなにか気になるのか」
「……いや、…あの人、あんなに小さかったっけとか、こんなに怖くなかったっけとか」
ガーネの返答に、侍従長と魔導師長、巫術官長は目を見合わせた。
「それは、ガーネ。お前さんがそれだけデカくなったということじゃ」
「俺、あの人が19の時の子供だからさ、俺が5歳の時に魂ごと自分を封印してるから、実年齢は39だけど24で止まってるんだよ」
「そうだな」
「陛下がさ」
「…うん?」
「あの女、身体は23なんだとよ。実年齢は知らんけど。…てことはだぞ、俺は母親と同じくらいの女を抱いてんのかと思ったら、なんか複雑な気持ちになった。この気持ちどうしたらいい」
「……」
「……」
「……」
「あれ、誰か何か言ってくんない」
「……」
「なぁって」
玄関ホールに集まった面々のなんとも言えない顔の沈黙の中、周囲に何かを求めるガーネの様子はやはりどこかリエーブにそっくりであって、少し遠くからその光景を見ていたディアマントは小さく笑みを浮かべて寝支度に向かった。
「やはり、親子よの」




