457話「知恵熱のクソガキ」
嵐のように現れ台風のように去っていったリエーブを見送った翌日。
ガーネはディアマントの寝室で目を覚ました。
いつものように抱き込んで眠った小さく華奢な身体が腕の中で寝息を立ててしがみついており、湧き上がる愛おしさに思わずその身体を抱き締めた。
「んんっ…く、くるし…」
ぱたぱたともがく腕を無視して寝た振りをしながらきつく抱き締め、降参を示すように胸板や背中をぺしぺしと叩くのを見て小さく笑いながら腕の力を緩めた。
「ぷはっ!わ、わ、妾を殺す気かお前は!」
「可愛い」
むっと頬を膨らませたディアマントの顔を見て先程よりも緩く抱き締め直すと、ディアマントがもぞもぞとガーネの上に転がり腕を伸ばして額や首筋に触れた。
「まだ熱がある」
「ない」
「計るのじゃ」
「いやだ」
「なぜじゃ」
「熱あったら困るから」
「……」
ディアマントが有無を言わさずガーネの下腹部に跨るように座って押さえ付けながら、枕元に置いていた体温計を手にして差し出した。
「俺、女に跨られるの好きじゃねぇって言ってんだろ。脚撫でるぞ」
「もう撫でておる!」
ガーネがディアマントの脚を撫で回しながら渋々といった態度で体温計を受け取ると、ものすごく仕方がないのを全面に押し出した顔で体温計を脇に挟んだ。計測中の手持ち無沙汰を解消するようにディアマントの太腿を撫で、肌の柔らかさや感触を堪能しながら珍しく眠そうに欠伸を漏らした。
「なぜお前は妾の脚が好きじゃ」
「お前の脚っつーか女の脚が好きなんだけど、まぁお前の脚はそうだな……俺の好みの線というか、俺は華奢な子が好きだからほっそりした脚は好みだけど、ただ細いだけじゃなくていいラインで整えられてるし肌も綺麗だし、手入れがよく行き届いてるし、それに」
「わかったわかった、この変態小僧め」
「足ちいせぇ、可愛い。なんだこのちっさい足」
ディアマントの足首を掴み足の裏を眺めながら、いかにも小さな女の子のようなサイズ感の足を見つめて指の腹ですりすりと土踏まずを撫でた。
「妾の足じゃ!」
「バカか。俺のだ」
「……あの、おはようございます。陛下、お目覚めの時間ですが…」
イチャついているのかと気まずそうな顔で声を掛けてきた侍女長に視線を向けたディアマントが、姿勢を変えないまま顔を向けた。
「少し待て。今、妾の犬の体温を測っておる」
「…まだ少しお熱がありそうな顔をしておりますわね」
「ない」
「陛下、お湯浴みはなさいますか?」
「今日は『そういうこと』はしておらぬ、不要じゃ」
「あら、特務総監様も我慢出来るんですのね」
「アンタ俺のことなんだと思ってんの?」
「あ、『おこめ』じゃ!」
私室のバルコニーの窓の辺りで最近よく聞く小鳥の鳴き声に反応したディアマントが、ガーネの身体を跨いでバルコニーに向かって小走りで行ってしまった。
「普通彼氏跨ぐか、あの女」
「ふふ、仲良しですわね」
ディアマントはバルコニーの薄手のカーテンを開き、すっかり餌付けされてまるまると太った真っ白な小鳥の前に、窓辺に用意していた米粒をばら蒔いて啄む姿を眺めた。
「お前さ、その鳥太らせてどうすんの。食うのか」
「食べぬ!おこめちゃんじゃ!」
「……」
米粒を与えているから『おこめ』なのか、白いから『おこめ』なのか、ぬいぐるみの『ゆきちゃん』もそうだが比較的ネーミングセンスが安直なディアマントの華奢な背中を眺めながらガーネは脇から抜いた体温計の指す体温を確認し、枕の下に体温計をそっと隠した。
「特務総監様。今隠したものお見せなさい」
「熱なんかねぇって」
「ならお見せくださいますわよね?」
「プライバシーの侵害だ」
「見せなさい」
渋々枕の下から体温計を取り出し、侍女長に差し出したところでディアマントが振り返った。
「ミモゼ、何度じゃ」
「38度4分ですわ」
「ふむ、ならば特務に『今日はガーネを休ませる』と一報を入れよ」
「かしこまりました」
「はぁ?待て待て」
「ラズリ様からも仰せつかっておりますわ、38度を超えていたら休ませて欲しいと」
「なんでラズリが先手打ってるんだ」
「ガーネ、あと1週間で外遊じゃ。その体調を引き摺られても困る。今日で治せ、命令じゃ」
そこまでそう言われてしまえば素直に頷くしかなく、ガーネは自分の部屋で寝るかと身体を起こした。
「待て小僧。何処へ逃げる」
「逃げねーよ、自分の部屋で寝る」
「ダメじゃ。妾の目の届かぬところにいるとお前はすぐ仕事をする。今日はここで寝ておるのじゃ」
「やだよ」
「なぜじゃ!」
「暇じゃん」
「妾のゆきちゃんを貸してやろう、それと何かあったらこれを鳴らすのじゃ。執務室の方で妾も聞こえる」
ディアマントが枕元にぬいぐるみと魔法鈴を置いて侍女長とともに朝支度のために離れてしまうと、自分が買い与えたぬいぐるみの首根っこを掴んで眺めた。
ふわふわとした柔らかく白い毛並みのシロクマのぬいぐるみは、毎日丁寧にブラッシングをしてリボンを整えているのか、あれだけどこにでも連れ回して抱き締めている割には綺麗なものであった。
まるで猫の腹を吸うように仰向けに転がった顔の上にぬいぐるみを乗せると、嗅ぎ慣れたディアマントの匂いが感じられてどことなく眠くなるような感覚に瞼が微睡み始めた。
着替えと支度を終えたディアマントが寝室を覗くと、アイマスク代わりのようにシロクマのぬいぐるみを顔に乗せたガーネが小さく寝息を立てているのを見て思わず小さく笑った。
「熱があると子供のようじゃ。ミモゼ、枕元に飲み物や汗ふきなどを用意しておけ」
「かしこまりました」
小一時間程してガーネが目を覚ますと、まるで添い寝をするかのように隣にクマが置かれ枕元に水と薬が置かれており、ガーネは身体を起こして水とともに薬を飲んで再びベッドに転がった。
転がるように置かれた小さな魔道具である呼び出し用の鈴を手に取り、ガーネはなんの気なしにそれを揺らした。
ちりん、と小さく軽い音が鳴り、おそらく対になっている相方の鈴がディアマントの手元で鳴ったのかなと考えながらそれを枕元のサイドテーブルに転がした。
少ししてディアマントが私室を訪れ寝室を覗くと、少し心配そうな顔で声を掛けた。
「どうしたのじゃ、熱が上がったのか」
「いや、目が覚めたから鳴らした」
「……そ、それだけ?」
「あと薬飲んだから」
「……そうか、……偉いな」
「そうだろ」
「なら、また何かあれば呼べ。妾は仕事をしておる」
「うん」
ガーネの髪を撫でてからディアマントは部屋を出て行き、執務室に戻って行った。
部屋の中を退屈そうに眺めながら、無意味に天蓋のカーテンのドレープの数を数えてみたり窓の外から硝子越しに聞こえる鳥の声を聞き分けてみたりと数十分過ごしてみるものの、退屈になって枕元の魔法鈴に手を伸ばし、ちりんと揺らし鳴らした。
また少ししてディアマントが部屋に来ると、ガーネはちょいちょいと手招きをしてディアマントもベッドに近寄り腰を下ろした。
「どうした」
「暇だから」
「……ひ……ひま……?」
「暇」
「えーと、…熱は」
ディアマントの手がガーネの額に触れ、体温を確かめた。
「まだ熱いな。寝ておれ」
「飽きた」
「飽きるとか飽きないとかではないのじゃ。寝るのじゃ。よいな」
「わかった」
そうしてまたディアマントが執務室に戻ると、することもないためガーネは眠る努力をするべく目を瞑って寝返りを打った。
しかし、先程まで眠っていたためになかなか寝付ける気配もなく、ガーネは再び魔法鈴を鳴らした。
再度ディアマントが部屋に来るものの、どこか警戒したような顔をしていた。
「今度はどうしたのじゃ」
「眠れなかったから」
「そんなことで妾を呼んだのか」
「だって、『何かあれば呼べ』って言ったから」
「なら、本でも読んでおれ!何が良い、貸してやる!」
「お前がこないだ読んでた歴史書」
「わかったわかった、今持ってくる!それを読んで大人しくしておるのじゃ!」
ディアマントが執務室に戻り、すぐに分厚いハードカバーの本を持ってガーネの傍に来た。
枕元に本を置き、『ゆっくり読め』と言い含めて再び執務室へと戻って行く後ろ姿を見て、仕方がなくガーネは本を開いた。
しかし、ガーネは本を読むのが異常に速かった。
持ち前の速読術でパラパラとページを捲るが内容はしっかりと頭に刻まれており、あっという間にものの30分足らずで本を読み終えると再び魔法鈴を鳴らした。
「今度はなんじゃ」
「読み終わった」
「…………」
普段どちらかというと小娘振る舞いでガーネを振り回している立場のディアマントだったが、熱のせいか妙にクソガキ度が8割増ししたガーネの様子に顔が引き攣った。
「……お前、妾の執務室のソファで横になっておれ」
自分で『何かあれば呼べ』と言った手前、実際に本当に急変されても困るし目の届かないところで勝手に起きて仕事をしていられても困ると執務室のソファへ寝かせる判断をしたディアマントは、珍しくガーネに振り回されて深々と息を漏らした。




