455話「2年と17年」
神殿に関しての思いの外深い話になってしまいはしたが、本来の目的である外遊に関しての最終調整評定を終えた頃にはすっかり夕方を過ぎていた。
「あらいやだ。帰るのが遅くなってしまうわ。母様、今夜はガーネのお部屋に泊まろうかしら」
「……別に、好きにすれば」
リエーブの言葉にガーネが了承する言葉を漏らし、一同は意外そうな顔をガーネへと向けた。
「まあ、なら母様と」
「俺は夜勤だ、寝るなら勝手に寝てろ」
「つれない息子だわ。母様と一緒に寝ようとは思わないのかしら」
「とっくに成人した野郎がなんでテメェの母親と寝なきゃいけないんだよバカか」
「小さなころは、母様と一緒に眠りたがったのに」
「…………あのさ、それ、俺の記憶でも3つくらいのころだと思うんだけど。どこぞの母親にめちゃくちゃ怒られて、それからガキなりにそういうオネダリしたことないハズだけど」
「そうね、確かに『この2年くらい』はそういうオネダリはないかもしれないわ」
「2年?……『17年』だ。いい加減現実を見ろ、お前は見た目も時間も24で止まってんのかもしれないけど、俺は今20歳だし、アンタの実年齢も39だ。いつまでも止まってるのはお前だけだ」
「……母様だって、………ごめんなさい、そうよね」
少し寂しそうに漏らしたリエーブを見て、ガーネも別に何も感じないわけではない。より一層『接し方』がわからなくなり、痛む頭を押さえながら隣で困った顔をしていたカルセに書類の束を押し付けた。
「悪い、夜勤の時間まで寝る。昼寝部屋いるからあと頼む」
「…かしこまりました」
評定が始まってから早3時間半、解熱剤の効果はまだ残ってはいるだろうが、根本的に体調が悪いのは変わらずにそのまま『昼寝をする』ことしか用途として見出だせていない総監室へと入り、特務室内よりも少し立派な大きなソファに横たわりネクタイを緩めて目瞑った。
側頭部が締め付けられるような痛みに眉根が寄り、思わずこめかみを押さえながら寝返りを打った。
少しして、特務室から特務総監室に通じる内側の扉がノックされ、寝入りかけていたガーネは薄く目を開けた。
「んー」
返事を返すのも億劫で雑に声だけ上げると、静かに扉が開いてラズリとカルセが部屋に入ってきた。
「さっきも言ったけど、アンタの夜勤ゴリラに代わらせるから。アンタは今日は休みな」
「…んー」
「まぁ、そんな格好で。お寒いでしょう?毛布お持ちしましたわ」
「んー」
「アンタ、ストレスで熱出るほど繊細だったのね」
「んー」
「晩御飯は?食べれそ?」
「んー」
「リエーブ様、おうちの方に『明日の夕方までには帰る』とお伝えしていたようでして、今日は夜に出立されるそうですわ。ただ、最後にお夕飯を共にされたいとご希望がございまして…陛下が、『なら、みなで』ということで、本日評定に出ていた責任者と特務でとのことです。陛下から、『体調が悪いのはわかっているから無理強いはしないが食べなくても出たほうが色々と胸のつかえは解消されるのではないか』と仰せでしたわ」
ディアマントなりの気遣いなのだろうと察し、ガーネは熱で潤んだ目を薄く開いて2人を見上げた。
「…出る。解熱剤だけ頼む」
「持ってきてるわ」
珍しくラズリがガーネの頭をぽんぽんと撫で、薬を手渡した。医者としてなにか思うところがあったのだろうと思うが、今のガーネにそれを考えるような余裕はない。
「……もう少しだけ寝る」
「呼ばれたら起こすわ。薬飲んで、ゆっくり寝てなさい」
「…うん」
カルセが掛けた毛布に包まり大人しく目を瞑ったガーネに、2人は目を思わず目を見合わせた。
「ガーネ様どう?ラズリちゃん」
「さっき注射した解熱剤が効いてるとはいえしんどそうね。あの子が怪我以外で発熱したのなんか初めてじゃない?いつもは重傷で炎症起こして発熱してるから」
「確かに」
「でも、ガーネどうしちゃったのかなぁ」
サイフィルの言葉に一同呆れたように小さく溜息を漏らし、スメイラは腕を組んで目を細めた。
「さすが32点」
「えっ」
「59点のあたしだって、ガーネ様がなんでお熱出たのかわかるわよぉ」
「なんで?」
「…サイフィルの親って、まだ健在よね。なにしてるの?」
ラズリが自席に腰を下ろし、湯気の立つカモミールティーを飲みながら横目でサイフィルを見て声を掛けた。
「え?うーん、お父さんは工芸師でね、木工工芸してるんだ。お母さんは花屋さん!」
「どんな親御さんだったの?」
「どんな…うーん、放任主義…かなぁ?悪いことして人に迷惑掛けなければ好きなことして好きなように過ごしたらいいって。人生1回きりだから後悔しないように楽しく生きなさいって」
「あー、なんかそんな気がするわ。『小さい頃の両親との思い出』は?」
「思い出…あ、僕お姉ちゃんがいるんだけどね。お姉ちゃんが基礎学習院の修学旅行だったかな、とにかく何かで2泊くらいいない時があって。その時に、『お姉ちゃんとは3人で旅行はしたけどサイフィルとは3人でしたことないから』ってお父さんとお母さんと3人で旅行に行ったことがあったな。東の丁度蓮華の花が見頃の時期で、お母さんがお花好きだからってそこに行ったんだ」
「フーン、…サイフィル、『そういうこと』よ」
そこまで言われても未だぴんと来ていない様子のサイフィルは、ラズリの顔を見て小さく首を傾げた。
「あの子…ガーネ、確か4つの時に父親亡くなってるでしょ。その後5歳でリエーブ様もガーネの霊力魔力ごと自分で封印して、育ての親に引き取られてんのよ。その親もすぐ死別したって聞いてるし。…数ヶ月前に目覚めたのは、『自分の息子が5歳』で時が止まっている母親と、『母親との接点がないまま大人になったのに突然現れたいなくなった当時のままの母親』…どんな接し方していいか、あんたわかる?昨日のあの子の様子見てても、相当気を遣ってたと思うわよ。熱も出るわそりゃ」
「ガーネくん、『あんな性格』だからうっかりするけど、…特務最年少の、クソガキだからね」
スメイラも小さく苦笑いを浮かべながら、外遊評定の資料を開いて目を通し直した。




