454話「母との接し方」
解熱剤を注射し、少ししてから多少落ち着いた様子でガーネはソファから身体を起こした。
部屋にはディアマントしかおらず、人払いをしたようであった。
「……なぁ」
「なんじゃ」
「…やっぱなんでもない、あとで言う」
「ガーネ」
さっさと立ち上がったガーネの袖をディアマントがくいっと引っ張り、振り返ったガーネと視線が絡んだ。
「ガーネ、リエーブのことが怖いか」
「いや、別に……でもガキのころは怖かった」
「今は?」
「怖くないけど」
「虚勢ではなく?」
「お前相手にそんな見栄張ってどうすんだ。怖かったら怖いって言うだろ俺」
「ふ、確かにな」
「ただ……」
「うん?」
「……接し方が、わからない」
「…そうか」
ディアマントも立ち上がり、少し熱が落ち着いたガーネの頬に触れながら小さく笑みを浮かべて首元に手を這わせた。
ガーネもネクタイを直し、ディアマントが部屋を出るのに着いて行き評定の間に戻り、元々座っていた席へ着席した。
少しして全員が戻り着席すると、ガーネは評定が再開する前に一度起立して一同に頭を下げた。
「申し訳ございません、時間を遅れさせました」
「構わん、通常業務をサボるいい口実だ」
ははは、と室内に笑いが溢れた。ガーネは全員に気を使わせたなと自覚しているために余計に頭が痛くなるような感覚を覚えつつも、大人しく着席をした。
「さて、では本題の外遊についてだ。まず日程についてだが、先だって協議していた通り、現地での気温を考慮して少し長めの日程で調整することにした。予定では移動を考慮せず現地で2泊3日を想定していたが、4泊5日とする。会談など事前に決まっている予定は変更が出来ないので、その前後は陛下の体調を見ながら過ごすこととする」
ヘルソニアより前後や現地での行程についての共有があり、ガーネは外遊中何時間寝る時間があるかと考えながら頬杖をついた。
そのまま警備に関しての話になり、護衛最高責任者であるジェレイドが話し始めた。
移動中の隊列や警備配置について最終調整を行い、最後に神殿についての話になりガーネの隣のカルセが立ち上がった。
「……今回赴く神殿は聖域となりますので、中に立ち入れるのはわたくしの許可を出せる最低人数のみとなります。加護の範囲が間に合いませんので」
「ふむ、何人が限界じゃ」
「そうですわね、……『聖域を通過するためのお祈り』をする必要がございますので、時間をかければ人数を増やすことは出来なくはないのですが…目安10人前後、といったところが現実的かと存じますわ」
「ふむ。ならば妾とヘルソニア、ガーネとカルセ、他特務4名、衛兵総監と近衛総監で10名か。状況を見て、魔導師長と巫術官長は同伴を……一旦はこの人数で神殿の確認をするとして……内部がどうなっているかは知っておるか」
「わたくしも中の奥の方までは入ったことはございませんの、その時はまだ聖女ではなかったので、当時のサインドブリューグ神殿を管理しておりましたオエィセの教会司祭に連れられて行ったきりですの。250年くらい前……でしょうか。聖域の、運河の先の泉の真ん中にぽつんとあるのですわ」
「リエーブ、お前は西の神殿に行ったことはあるか」
ディアマントがリエーブに目を向け問い掛けると、リエーブは静かに頷いて口を開いた。
「ええ。まだわたしが『嚆矢』を引き継ぐ前……先代嚆矢の魔女と、アミュと一緒に。……でも、『魔女』の権限を持ってしても、何人足りとも奥の方へは立ち入りは出来ないわ。正確に言えば『出来なくはない』といったところかしら。奥に入るにはうちの息子が必要よ、『律衡家本家嫡流』の血が」
「……なんで神殿に俺が必要なんだ」
「貴方、神殿がどういうものなのか知らないの?」
「知らん」
「東西南北にある4ヶ所の神殿はね、『均衡』を維持するための拠点の1つだからよ。貴方、当主を継いだ癖に勉強不足よ」
このどこかおっとりしつつもぴしゃりとした物言いが、ガーネが幼少の頃に妙にリエーブが『怖かった』のだとなんとなく思い出させた。端的に、『感情がどこに向いているか』わからなかったからである。
「……勉強不足に関しては、申し訳ございません」
言い訳のしようも無いため素直に謝罪の言葉を口にしたガーネに、珍しくヘルソニアも助け舟を出すように口を開いた。
「ガーネ、其方当主を引き継ぐ時に色々と資料を調べ漁っていただろう。神殿に関しての記載はなかったのか」
「…おそらく、ですが……ウチの先代、まぁ俺の父ですね。先代が死んだ時に当時の筆頭分家であるハルマニーエ家に基本的な業務も権限も代行運用として移っています。当時俺はそのまま母の遠縁である、母のはとこのロット家に養子になっているので、当時のその状態で権限移管に関しての認識は持ち合わせていませんでした。15になった時に、成人前に色々調べて……19の年に、ハルマニーエ家の逮捕含め色々調べましたが何分管理が杜撰過ぎて、当代で新しく据えた筆頭分家のインテグリータ家でも再管理と調査をさせていますが、そもそもとして神殿に関しての管轄がウチである認識がなかったのでそこまで思い至っておりませんでした」
「待て、妾も神殿がグリーチェウトの管理だなんて知らぬぞ。どういうことじゃ」
「『管理』ではないわディアマント。あくまで『拠点のひとつ』であるというだけ。だから律衡家当主が必要なの、入るためには聖女や司祭以上だけではだめということよ。そしてわたしも、奥まではどんなふうになっているかは知らない」
「…………リエーブ。つーことは、フローストの神殿も…まだ『奥』があるってことか」
「そういうことね。知らなかった?母様も、あそこより奥には入ったことはないわ」
「俺はお前の封印を解いたあとに肺が潰れて瀕死だったんだよ。俺だけじゃなくて同行してた陛下も特務も、そこまで見てる余裕は無かったんじゃねぇか」
ただの外遊の話以上に重く話題が広がってしまい、一同は緊張に小さく息を飲んだ。




