453話「アイスブレイク」
「15年封印されていると口が止まらぬのか、リエーブよ」
数分後部屋に来たディアマントもやや呆れたように呟き、リエーブは表情があまり変わらないままに小さく首を傾げた。
ガーネは隣でその様子を見ながら、幼少時に見上げていた『母親』のことを思い返していた。
こんなに喋る人だっただろうか、それより自分は一体この女の何がそんなに『怖い』と思っていたのだろうかと未だぼんやりと回らない頭で考えながら正面を向いた。
「さて、まず今回は外遊前の最終評定だが、全員リエーブに怯えている様子なので」
「困ったわ、わたしまだ何もしていないのに」
ヘルソニアが喋っているにも関わらず空気を読まずに口を挟み、ガーネはもはやどうでも良さそうに小さく溜息を漏らした。関わり合いになると一層熱が上がりそうな予感がしたからである。
「そうだ、母様の魔女としての登録名、ヘイルズからグリーチェウトに変更してもらえたわ。さっき侍従長から聞いたのよ」
「……あっそ」
「リエーブ、話しても構わないか」
「あら失礼ヘルソニア。喋りたいなら喋ればいいのに」
「……」
さすがのヘルソニアも少しばかりたじろいだ様子で、ディアマントもやや気の毒そうな目を向けた。
「…少し予定を変えよう。先日特務一同に実施した学力テストとIQテストの結果発表をしようか」
「なんでこんな責任者一同の前で晒し者になるんですか」
「本当は評定終わりに特務だけ残そうと思ったが、この調子だと評定が非常に長引きそうだ。ちなみに陛下も私も、結果はまだ見ていない」
ヘルソニアが立ち上がり、学力テスト結果在中と書かれた封筒を開いて中を見た。
「……ふむ」
「ヘルソニア、妾にも見せよ。……ほう」
女王と側近だけが先に結果の記載された紙面を見てなんとも言えないリアクションを取っており、ガーネは急に不安になった。警察学校卒業試験の大ポカを思い出したのである。
「まぁ、評定前のアイスブレイクだ。…まずは学力テスト、国語数学理科社会の4科目で基礎学習課程1年生から官職・学術課程最難関院の入試相当まで満遍なくの出題範囲。1科目満点は100点で合計400点満点だ。ではまず合計……さ、32点」
400点満点と言った直後の合計32点にヘルソニアの声が震えた。
「ヘルソニア様、100点満点で32点じゃなくて400点満点で32点?まじで?ほんとに言ってる?」
堪らずガーネもツッコミを入れつつ、恐らくこの驚異的な点数を叩き出したのは『どちらか』だろうとは思いつつも、再び頭痛がし始めて思わず頭を抱えた。
「…32点、サイフィル・メースィ・ブレイユ」
「えー!?僕!?おっかしいな!!満点は無理でも7割は取れたと思ったのに!」
評定の間後方から本気で7割取れていると思い込んでいた男の声が響き、ヘルソニアも一応採点ミスがないかと確認するように答案用紙を確認した。
「…サイフィル。『7✕8=』いくつだ」
ヘルソニアが問題を読み上げ、サイフィルは「えーと」と少しだけ考え自信満々に挙手して立ち上がった。
「49です!」
「56だボケ!」
堪らずガーネが突っ込みを入れ、「おかしいなぁ」とサイフィルが首を傾げる中でヘルソニアは他の箇所を確認した。
「サイフィル、『ひとがいきをするためにひつようなものは?』」
「あ、それ自信あります!答えは『鼻』です!」
「……」
「……」
「ガーネ、あの目のいい子はバカなの?」
「バカだわ」
リエーブの容赦ない言葉とガーネの容赦ない返答に、サイフィルはものすごくショックを受けた顔をした。
「というわけで採点ミスではない。国語11点、数学6点、理科8点、社会7点」
「おかしいな。本調子じゃなかったのかな」
同じ区画で座っていたラズリとスメイラも、そこまでバカだったかとドン引きした顔でサイフィルを見てから『おそらく次に名前が呼ばれそう』なアメジへも不安そうな目を向けた。
「次、合計59点。アメジ・トレランツ・ライア。国語25点、数学12点、理科6点、社会16点。内容はサイフィルと似た感じだから割愛する」
「えー!エイミーももう少し取れてると思ったぁ。ね?みんな」
「ごめん、私たちみんな、君たちどんぐりの背比べだと思ってたから…」
「…次。カルセ・レインヘイト・オランゲーテ、合計253点。国語78点、数学48点、理科49点、社会78点」
ようやくまともな点数になったところで、ガーネだけでなく周りで聞いている高官たちもどこか安堵の表情を浮かべた。ガーネの隣のカルセは「見直しもしましたのに」と不完全燃焼そうではあったものの、ガーネにしてみればあの問題の内容でかつ教育課程を出て相当年数が経っていることを考えればかなり評価は高い結果であった。
「次から跳ね上がるな。ラズリ・フリュード・インディ。合計345点、国語89点、数学90点、理科91点、社会75点」
医師なだけあってさすが理数系は強い結果であり、周辺からようやく感嘆の声が上がり始めた。
ここまで来て未だガーネの名前が呼ばれないことに、ガーネは安堵半分不安半分の気持ちであった。純粋に点がそこそこ取れていたからなのか、また変なミスをして実は最低点で最後に呼ばれるのかどちらだろうと緊張で眼の前のグラスの冷茶に手を伸ばして一口飲んだ。
「次、スメイラ・フレイブ・グリウ。合計375点。国語97点、数学90点、理科92点、社会96点」
全教科90点以上をマークし、「おぉ」とどよめきが上がった。ちらりとガーネがスメイラに視線を向けると、本人的には不本意だったらしく少し悔しそうな顔で僅かに眉間に皺が寄っており、ガーネもスメイラが理数系が得意では無さそうなことに少しばかり意外そうな顔をした。
「最後ガーネだが………」
「え、ここまで来てなんでそんなためるんですか。不安になるんですけど。俺名前書き忘れた?」
「いや、…ガーネ・ディーム・グリーチェウト。満点だ」
「満点て何点ですか」
「400点だ」
「フーン」
周囲のざわめきの中ではあるが、熱のせいか妙に頭が働いていないガーネは満点と聞いても大した感動はなかった。
それよりも不安なのは、件のIQテストの方である。
学力が高いイコール高IQとは限らない。現にガーネは、ものの数分前まで頭が悪そうにペラペラと喋っていた実の母親を隣で相手にしていたため、一層不安が沸き立っていた。
ディアマントがヘルソニアの前にあったIQテスト結果の封筒を手にし、ガーネの満点でざわめく中で封を切った。
結果の紙を取り出し、それを眺めて一瞬目を見開いたかと思うと意味ありげにまじまじと文字列を視線で辿り、そのままヘルソニアへと封筒ごと差し出した。
「…そも、今回の学力テストはついでのお遊びだ。結果は大凡想定の通りだったが…今回私がやりたかったのはこちらだ。ガーネのIQテスト」
「あら、ルイも昔受けていなかったかしら。貴女に言われて」
「なので純粋に其方の息子に興味が湧いたのだ。ちなみにガーネの父、ルイ・フリーデ・グリーチェウトはIQ130の『天才』だ」
「ルイとわたしの息子なら、頭はいいと思うけれど」
「勉強が出来るのとIQが高いのはイコールじゃねぇんだよ。俺はアンタのせいで死ぬほど不安なんだけど」
「あら、どうして?母様お勉強は出来たわよ」
「話し聞いてた?」
「まぁ、細かい項目は色々あるが総合で。サイフィル101、アメジ99、カルセ111、ラズリ120」
「わ!やった!IQテストは僕エイミーちゃんに勝ったよ!」
サイフィルがやや得意げにアメジを見遣り、アメジは学力テスト32点のサイフィルよりも下だったことに不服そうな顔をした。
「えー。なんか納得いかなぁい」
「…アンタたち、IQテストってなにかわかってる?さっきガーネも言ってた通り、学力がイコールではないからね。90から110は『平均』よ」
ラズリが容赦なくピシャリと言い、『平均』と聞いた2人は途端につまらなそうに唇を尖らせた。
「ちなみに、110〜119は『平均より高く優秀』、120〜129は『優秀』だから、カルセさんは平均より優秀で先輩は優秀な枠。たしか平均以上で上位15%、優秀枠で上位7%とかじゃなかったかな」
「へぇ…じゃあ、ガーネ様のお父様の130は?」
アメジの問いかけに、ヘルソニアが解説書を確認した。
「極めて優秀、上位2%だな。ちなみにスメイラ、其方もその上位2%だ。IQ137」
「えっっっ」
想定外の数値にスメイラ自身も驚いたように声が裏返り、思わず立ち上がった。
「いや、スメイラは頭いいだろうと思ってたけどな俺は」
「確かに。スメイラちゃんで平均とか平均よりちょっと優秀だと、俺ら凡人はクソバカだからな。ははは」
ガーネの言葉につられてエーリックも笑いながら返し、他の一同も『特務総監補佐』としての優秀過ぎるスメイラを見て知っているために結果には納得の様子で大きく頷いていた。
「で、ヘルソニア様。毎回なんで俺最後に勿体付けられてるんですか。怖いんですけど」
「なぜって、其方がメインだからだ。其方のわがままで特務は『ついで』に受けさせたに過ぎない」
「そうだっけ」
「ガーネ、自分でどのくらいだと思う」
「平均ではあって欲しいですけど、リエーブ見てたら不安になります」
「まぁ、なんて失礼な坊やなのかしら」
「ちなみにガーネ、私と陛下は其方の『結果』を今しがた見たところだが、少なくとも私は『こんな数値』見たことがない」
「え、こわ。もう馬鹿にされるとかは覚悟出来たからさっさと言ってくれませんか。判決待つ囚人の気持ちなんですけど」
改めてヘルソニアが手元の用紙を見て、数字に誤りがないかを確認してからガーネに視線を向けた。
「測定不能だ」
「は?」
「測定不能。『推定IQ180以上、結果判定不能』と出ている」
「180ていくつですか母上」
「180よ」
「180ていくつだカルセ」
「180ですわ」
「…180ってなに?」
「其方のIQだ」
「測定不能ってことは、俺はリエーブのせいで馬鹿なのか」
「なんて失礼な息子かしら。母様は馬鹿ではないわ」
「ガーネ、180『以上』と出ておる。お前は馬鹿ではない、どちらかというと『異常な天才』じゃ。少し聞いただけで外国語をほぼ習得するのも、その尋常ではない策の練り方や戦地での盤面構成力も、お前のIQの高さが証明しておる」
「────あ」
「なんじゃ」
「鼻血出てきた」
「まぁ大変、ラズリさん!」
隣のカルセが慌ててラズリを呼び、母であるリエーブも反射的にガーネの鼻先にドレスが汚れるのも構わずに手を差し出した。
「…ガーネ、熱がすごく高いじゃない。どうして寝ていないの」
首元を押さえたリエーブの手がガーネの熱を感じ取り、少しだけ怒ったような顔をしてガーネを見た。
その顔を見てガーネは幼少の頃の蓋をしていた記憶がこぼれたように、小さな声で思わずといった様子で「ごめんなさい」と呟いたところで、ラズリがティッシュを持って駆け寄ってきた。
「熱、少し上がったわね。今からでも休む?」
「…休まない」
「陛下、ちょっと待ってて。処置だけしちゃう」
「構わぬ。…ミモゼ、ジステル。ラズリの処置の補助を」
侍女長が水桶に冷えた水と手ぬぐいを用意し、女官長はラズリの指示で血で汚れたティッシュを破棄するための紙袋と体温計などを用意した。
冷たい手ぬぐいで額を冷やし、ラズリがガーネの襟元に手を伸ばしてネクタイを緩めさせた。
「ほら、一旦脇挟んで」
カルセも隣で介助しながらガーネの検温をした。
数分経過し、ラズリが体温計を取ると心配そうな顔をしたディアマントが声を掛けた。
「どのくらいじゃ」
「39度」
「随分と上がったな、朝はそんなではなかったはずじゃ」
想像以上の発熱具合に、周囲は『そんな高熱で平気な顔をしてこの場に来ていたのか』と呆れるやら感心するやらと息を漏らし、ガーネの責任感の強さや自分に対しての頓着のなさに思わずと言った様子で目を向けた。
「…ガーネ、休むか」
「いや、無理。最終評定だぞ。ラズリ、一時的でいいから解熱剤注射しろ」
思っていたよりも熱が上がっている状態に、ディアマントもさすがに中座を指示しようとするもののガーネはそれを受け入れない。挙句偉そうにラズリに解熱剤の注射を命令し、ラズリも肩を竦めてディアマントを見た。
「……陛下、多分気絶させない限り無理よ。実際この子がこの評定いないのもわりと有り得ないと思うけど」
「…ラズリよ、注射はどのくらいで効果が出るのじゃ」
「15分前後かしら。どっちにしてもこの子平熱高くないしこれ以上上がるとまずい。すぐ用意するわ」
「なら、お前たちには悪いが30分休憩とする」
「休憩って、…まだなにも始まってねーじゃん」
「致し方あるまい。日程を考えても今日以外は無理だしお前がおらぬのもラズリの言う通り有り得ぬ。頭が働くようにせよ」
ラズリが薬の用意をしに離席すると、リエーブも小さく呆れたように息を漏らしてガーネを見た。
「ガーネ、母様が抱っこしてあげましょうか」
「いらねぇよバカか」
「熱が出た時くらい母様に甘えていいのよ」
「ガキのころだって甘やかしたことねぇだろが、『なんで熱なんか出したの』って怒ってただろ」
「…怒ってなんか、」
「ガーネ、少し隣の控室に来い。横になれ」
席を立ったディアマントがリエーブの言葉を遮り、カルセも小さく頷くと近くに座っていたジェレイドとエーリックが肩を貸しに立ち上がった。
「ラズリが戻ったら隣にいると伝えよ」
「はい」
ディアマントがそのまま隣室へと向かい、官服の上衣を脱がせてからソファにガーネを寝かせると近くに腰を下ろした。
熱ですっかり潤んだ目でディアマントを見つめるガーネの熱くなった頬を撫で、小さく息を漏らして冷たい手ぬぐいを額に乗せ直した。
「膝枕、いるか」
「今はいい、人がいる」
「…お前が熱の出た理由が、妾はなんとなくわかった」
「なんでだよ、お前は医者か」
「医者ではないが、伊達に永く生きておらぬ。妾はお前よりお姉さんじゃ」
「いつも小娘の癖に…」




