452話「無言でいると死ぬ呪い」
ソファで転がって寝息を立てるガーネの顔を覗き込む気配と影に、ガーネは不穏なものを感じて薄く目を開けた。
「うふ、おはよ。ガーネ様。可愛い寝顔」
「ひぇ……」
至近距離で顔面を覗き込むアメジに身の危険を感じたガーネは思わず飛び起きて怯えた顔をした。
「お、おま、まともに起こせねぇのか殺すぞ」
「うふん、可愛い。食べちゃいたい」
「怖い」
「ガーネ様、受攻どっち?あたしどっちもいけるの」
「う、受けとか攻めとかってなに」
「あのね!BLってジャンルがあってね!!」
急に鼻息荒く話に割って入って来たスメイラが興奮気味に解説を始め、ガーネは恐れ慄いた。
「人の性自認とか性対象はぶっちゃけどうでもいいし偏見は無いけど、俺は悪いけど普通に女が好きだし世界で一番可愛い彼女がいるからほんとにお前は俺に近寄らないでくれますか、俺妊娠する」
「てことはガーネ様受けね!」
「えー!ガーネくんはどっちかというと完攻めな気がするけど!」
「怖い、ラズリ助けて」
「………」
「カルセ助けて」
「さ、ガーネ様。お顔を洗ってすっきりしていらしてください」
「裏切り者」
「なんでガーネは僕に助けを求めないの!?」
眠気覚ましに顔を洗ったガーネはラズリに体温計を差し出され、自席に腰を下ろして検温しながら時計に目を向けた。
「あーあ、評定めんどくせぇな…」
「とりあえずアンタ、評定終わったら今日は部屋戻って寝ること。夜勤当番はアタシらでどうにかするから」
「いや、大丈夫」
「そうやって無理をされても、わたくしどもも困るんですけれども……外遊前に体調整えてくださいな」
「体調整える言うて、ラズリの診察だと知恵熱だろ。別に感染りもしないしほっとけば治るだろ」
「いけませんわ!言うことをお聞きなさい!」
「はいごめんなさいお母さん…」
「ほんと君、体調悪い時すぐわかるようになってきたよ。妙に子供なんだもん」
「そんなことねーし…」
「そんなことあるわね。アンタ、アタシが朝に陛下の部屋行った時なんか小僧のように甘え縋ってたじゃない」
「いいだろ別に、付き合ってんだから。スキンシップだろ。多分」
「はいはい、でっかい子供。……体温計、もういいわ」
手を差し出したラズリの手に脇から引き抜いた体温計を差し出し、シャツのボタンを留めネクタイを締め直した。そのまま官服を羽織り、評定用のまとめた資料の束を抱えて椅子から立ち上がり、欠伸混じりにさっさと入口に向かっていった。
「先輩、ガーネくん何度ありました?」
「うーん、薬飲んで少し下がって、37.7かな。基礎体力あるからそんなに長引かないとは思うけど」
ラズリは体温計をブンブンと振ってから机に置き、同じように資料の束を荷物持ちのアメジに持たせた。
「さ、行くよ」
ガーネを追いかけて評定の間へと向かった特務の面々は、責任者であり高位職者であるガーネは上座、高位職者枠ではあるものの責任者ではないがカルセは聖女としてガーネの隣の席を指示され、他の特務のメンバーはそもそもが評定に呼ばれるような立場ではないため下座の端の方の席へ案内されそこへ着席した。
粗方人が集まって着席したところで『嚆矢の魔女』リエーブ・ウェイシェイト・ヘイルズが部屋に入って来ると、ガーネ以外の全員が立ち上がってリエーブに対して深々と一礼した。
「まぁ、困るわ。わたしはどこに座ろうかしら。ガーネの隣がいいわ」
「やだ」
「ガーネの隣に座るわ」
「やだ」
「ガーネの隣、空いていないかしら。あら空いたわ」
「いい加減にせーよクソババァ」
「まぁ。母様に向かってなんて無礼な」
圧に耐えられずカルセの反対隣に座っていたジェレイドが席を立ってエーリックの横に移動すると、リエーブは相変わらず淡々とした態度でガーネの隣に移動し腰を下ろした。
無言で並ぶ母息子は、顔は確かによく似てはいるものの、やはり『女性の顔つき』と『男性の顔つき』で異なり、パッと見は同年代の美男美女の並びで顔面偏差値がそこだけ異常に爆上がりしていた。
気まずい顔でカルセも無言で正面や手元を眺めていた。
「…あら、ガーネ」
「なんですか」
「貴方、泣いたの?」
「泣くかよ。なんで泣くんだよ」
「目が潤んでいるわ。やだわ、誰がわたしの可愛い坊やを虐めたのかしら」
「現在進行系でアンタじゃねーの」
「ま、貴方熱があるんじゃないの。どうしてこんなところにいるのかしら」
「アンタが評定で余計なこと言うと困るからだよ」
「小さいころもよく熱を出していたわね。男の子というのは小さいころは病弱だから。熱が出ても母様には絶対に言わないのは、20歳になっても変わらないのね。小さいころは熱が出たのが母様や婆やにバレたら『ごめんなさい』って泣いていたものね。昨日のことのようだわ。だって母様の中ではつい数ヶ月前まで貴方は5歳の可愛い坊やなんだから、それがこんなに急に大人になってしまって。それより」
「あのさ、無言でいると死ぬ呪いか何かにかかってんの?クソうるせぇんだけど」
「そんなことないわ。だってガーネ貴方、この前ノルデンに来た時も母様とお買い物付き合ってくれたけど、全然お話ししてくれないんだもの。そういえば、ガーネがノルデンとソンデークラークの領主登録の書類の」
「そういうのはウェイゼに託してるからアンタは手出ししなくていいんだよ。当主は俺だ勝手なことすんな」
ディアマントとヘルソニアが部屋に来るまでの僅か数分ではあるが、リエーブのお喋りは止まらず、またそれを聞かされている評定の間に集まった一同もどういう感情でいればいいかわからず終始困惑した顔をしていた。




