451話「お母さん」
「ガーネ、もうすぐお昼じゃ。具合はどうじゃ」
「…んー…ディア」
「なんじゃ」
「…俺のこと好き?」
「すきじゃ」
「ふーん…」
時折自分に甘えることも増えたとは言え、熱のせいか今日はいつも以上に甘え方が子供のそれのようであった。なんとなくディアマント自身も母性本能のようなものが胸の内を支配するような感覚に、甘えて胸元にすり寄るガーネの頭を柔らかく撫でた。少し汗ばんだ肌が熱く、枕元に置いた体温計を手にして無抵抗なガーネの腕を上げさせて朝と同じように脇に体温計を挟み、魔法鈴を鳴らして侍女を呼んだ。
「お呼びでしょうか」
「ガーネの着替えを用意せよ、それと妾も朝支度をする。少し早いが、朝兼用の昼食を…ガーネの分も」
「かしこまりました。特務総監様、お熱はどのくらいでしょうか」
「ない」
「ある!…38.4じゃ」
「まあ、上がっていらっしゃるじゃないですか。ラズリ様から預かっているお薬がございますので、お持ちいたします。お着替えはお寝間着の方がよろしいですか?」
「…しごといく…」
「休んでもよいのじゃ」
「やすまない」
「…言い出したら聞かぬ。仕事着を持って参れ」
「承知いたしました」
「……ガーネ」
「んー」
「妾もそろそろ起きねばならぬ」
「やだ」
熱で潤んだ目を見て思わずきゅんとしてしまったディアマントが呆気なく絆されて甘やかすようにガーネの髪を撫で、侍女長が置いていった冷えた手ぬぐいでそっと額や首の汗を拭ってやった。
少しして侍女長がガーネの着替えを用意して来ると、ガーネは痛む頭を押さえながらようやく身体を起こした。
「あー……目の奥チカチカする…」
「お食事召し上がれそうですか?」
「……食いたくない、いらん」
「だめじゃ、少しだけでいいから食べるのじゃ。粥でよいか」
「粥嫌い」
「…雑炊ならどうじゃ」
「ネギやだ、葉っぱもやだ、草もやだ」
「わかったわかった。……ミモゼ、ガーネの嫌いな野菜は抜いて雑炊を作るように厨房に伝えよ」
珍しくやや面倒そうな顔をしたディアマントが未だ自分に甘えて抱きつく大きな子供の頭を撫で回しながら侍女長へと指示を出し、侍女長も堪らず小さく吹き出して笑いながら傍にガーネの着替えを置き、厨房へと下がって行くとディアマントはガーネのシャツを引っ張った。
「ほら、仕事をするのなら着替えるのじゃ」
「……お母さんかよ…」
「妾は!こんなに大きな子供を産んだ覚えはない!!」
ガーネが度々特務の女性陣を『お母さん』と揶揄するのを知っているディアマントは、ついに自分もお母さん扱いされるようになってしまったのかと不服そうな顔をした。
しかし、特務女子に対しての『お母さん』と実際の母親リエーブに対しては随分と接し方が異なると、ディアマントは渋々着替えをし始めたガーネを見て小さく首を傾げた。
「……なに」
「お前は幼少の頃はどんな子供だったのじゃ」
「さぁ?……まあでも、大人の顔色はめちゃくちゃ伺ってたような気はするけどな。覚えてない」
「ふぅん、……そうか」
いつものように勝手に洗面台を使って歯磨きや洗顔を済ませたガーネが、熱に浮かされた顔をしつつもいつも通り着替えをしてネクタイを結んだ頃には頭がしっかり仕事モードに切り替わった様子で、多少の息の乱れや怠そうな様子はありつつも『いつもの顔』になるまではそう時間はかからなかった。
「お待たせいたしました。さ、陛下もお召し替えいたしましょうね」
「うむ」
いつも通りになってしまったガーネに、心配な気持ちと惜しい気持ちを抱きながら傍のソファで新聞を広げ読み始めたガーネを横目にディアマントも着替えをし始めた。
チェリーピンクのAラインドレスを纏い薄く化粧を施し、髪は可愛らしく編み込みで纏めた。
「妾、これがいい。今日はこれをつける」
「はい、かしこまりました」
デートで買ってもらった赤いリボンの髪留めを選び、侍女長がそれを髪に飾る。
それから似たような赤いリボンを手にしてシロクマの耳に同じようにリボンを結び、満足気に支度を終えた。
「……なに、そのクマまでワンセットなの?」
「ゆきちゃんじゃ!」
丁度新聞を読み終わったガーネの腕を引き、共に食堂へと向かう。相変わらず隣同士に腰を下ろし、シンプルに卵で綴じた雑炊が配膳されると、ガーネは『本当に野菜が入っていないか』と警戒するようにちびちびと食べ進めた。
「食べたら薬を飲むのじゃ」
「うるせーな、お母さんかよ」
「妾はお母さんではない!!」
昼少し過ぎに特務室にようやく顔を出したガーネに、ラズリが真っ先に駆け寄って首筋に触れた。
「……少し熱上がってるわね。アンタ、仕事休むとか考えないわけ?」
「考えない、熱ない、元気」
「いや、明らかに覇気無いよガーネくん。……今日の評定、警備の話もあるから特務全員呼ばれてるし、代わりに聞いておくから休んでなよ」
「無理、最終評定だし……リエーブが出るらしいし……余計なこと言われたら困る…」
仕事を絶対に休まない本音はそこかとスメイラも納得した様子で肩を竦め、ラズリも諦めたように小さく息を漏らした。
「さっき侍女長に渡した薬、飲んだの?」
「飲まされた」
「そ、ならいいわ。評定の時間になったらちゃんと起こしてあげるから、少し横になってなさい」
「はいお母さん」
「お母さんじゃないわよ!!」




