450話「知恵熱」
「おはようございます陛下、お目覚めの時間ですわ」
「んん…わらわ、まだねむたい…」
「いけませんわ、本日は午後から外遊の評定がございますでしょう。午前のうちに別のご公務を済ませなければいけませんわよ」
ガーネに抱き竦められたまま起こされることも珍しいことではなくなり、ガーネ自身も侍女長が朝支度に訪れるまでに色々整えておくようなこともなくなったが、侍女長としては先日ガーネが『結婚を考えていないわけではない』とはっきり言っていたこともあり朝あられもない姿でいようと正直気にもならなくなっていたが、今朝は少し様子が違うように見受けられた。
「…ガーネ、朝じゃ」
「……んー…」
「珍しい。起きぬ」
「…特務総監様、朝ですわ」
「……さむい…」
「さ、寒い?……、…医師を呼べ、ラズリでも構わぬ。ガーネの身体が熱い」
「かしこまりました、すぐに。お呼びしてきなさい」
侍女長が共にディアマントの身支度のために部屋に訪れていた侍女に指示を出し、そのままディアマントの洗顔用に用意していた水桶とは別の桶に水を張り、手拭いを浸した。
「ガーネ、いつから体調がおかしいのじゃ」
「…わかんね、べつに具合悪くない…ちょっと寒いだけ」
ディアマントがガーネの前髪を搔き上げて顔を寄せ、額をくっつけて熱を計った。
「ミモゼ、ガーネの額が熱い」
「体温計をお持ちしますわ。少し外します」
「なんでもねぇって…大げさだな…」
半ば無理矢理身体を起こしたガーネだったが、昨夜からある頭痛や頭の奥が妙にぼんやりする感覚と、無意識にディアマントに縋りに来たような記憶と、普段ならそこまで苛つきもしないことに妙に腹が立ったことを一気に思い出してそのままディアマントの膝の上に転がって腰に抱きついた。
昨夜DV気味にディアマントを威圧し萎縮させ、自分の思い通りに従わせて縋らせて、仕上げに優しく声を掛けて甘やかしたガーネは、揺れる視界に耐えられずに目を瞑って小さく息を漏らした。
「寒いのか」
「さむくない」
「元気か」
「げんきだ」
「今日は仕事を休むか」
「やすまない」
「何歳じゃ」
「にじゅう」
「妾のどこが好きじゃ」
「かおとあし」
「ちょっとためになる雑学をひとつ」
「ひじをちからいっぱいつねってもいたくない」
ディアマントはガーネの言葉に自分の肘を抓ってみて、たしかに痛みを感じないことに妙に感心した顔をしてガーネを見下ろした。
「すごい!ほんとうじゃ!痛くない!具合悪いか!」
「わるくない」
「しこるとはなんじゃ!」
「じいこうい」
「じいこうい???」
朝からIQの低い会話をしているところで侍女長が体温計を持って部屋に戻り、ディアマントに差し出した。本来であれば侍女長がすべきではあるとはわかってはいるが、嫉妬深く独占欲の強いディアマントの性格や自分の立場を考え敢えてそのようにした。
ディアマントも特に侍女長を責めるようなこともせず、手にした水銀計の温度が33度を指しているのを確認してからガーネのシャツの襟元を緩め、脇に挟ませた。
少しして別の侍女がたまたま夜勤だったラズリを特務室から連れて来て、ラズリもどういう感情で2人が寝たであろう寝室を見なくてはいけないのかと面倒そうな顔をしつつも存外体調の悪そうなガーネの顔を見てすぐに医者の顔に変わった。
「いつから変なの」
「き、昨日の夜は熱くはなかった。でも顔付きは少しおかしかった。でも『疲れてるだけ』としか言わなかった」
ディアマントは自分が一番近くにいたのに気付けなかったと苦い顔をし、それを見たラズリが呆れたように肩を竦めた。
「この子、自分が具合悪くても結構どうしようもないところまで来てやっと自覚するくらいだから今も自分が具合悪い自覚ないんじゃないの。計測何分?」
「3分ほどです」
体温計を挟んでからの時間は侍女長が測っていたらしく端的に回答し、ラズリはディアマントの膝に転がるガーネの首筋に手を当て汗の具合や脈などとリンパの腫れを確認し、瞼を見て、ぺちぺちと軽く頬を叩いた。
「ガーネ、口。開けて。喉見せて」
「やだ」
「やだじゃないわよ」
「なんかおえってするもん…」
「しないわよ!早くしな!!」
「こわい」
「怖くないわよ!!早く開けな!!」
観念したように口を開けたガーネの喉を確認し、ラズリは侍女長を見た。
「6分ほど経過しております」
「陛下、体温計もういいわ。出して」
「う、うむ」
ディアマントがガーネの脇から体温計を取り、そのままラズリに見せた。
「37.8か。まぁまぁ高いわね、この子平熱低いし」
「びょ…病気か」
「うーん、多分心因性発熱じゃないのかな。多分、メンタル強いし少し休めば良くなるわ」
「し、しんいんせいはつねつとはなんじゃ」
「要は知恵熱よ知恵熱。外遊近いし、特務案件ないわりに意外と仕事は多いし、昨日はリエーブ様も来てたし変な気の使い方してたし。…部屋連れてく?衛兵か近衛呼んでこようか」
「ここで寝かせる、ミモゼ、そのようにせよ」
「かしこまりました」
「…だからへーきだって…」
「ガーネ、アンタ少し休みなさいよ。平気そうな顔してるけど、アンタわりとストレス過多な生活してるんだから。IQテストの前にストレスチェックでもした方がいいかもね」
「……すこしねる…スメイラに言っといて…」
「はいはい、あとで気休めの薬出しとくわ」
簡易的な診察を終えてラズリが部屋を出ると、ディアマントはガーネを膝に乗せたままどうしようかと侍女長を見た。
「特務総監様、陛下の寝台でそのままお休みいただいても構わないと陛下の許可が出ておりますので、一度陛下のお膝から…」
「いやだ…」
珍しく子供のような口調でディアマントの腰に抱きつき直したガーネを見て、侍女長は小さく笑いながら肩を竦めた。
「陛下の午前の公務、調整いただくようにご側近様と女官長に伝えて参りますわ」
「ガーネ、妾といっしょに寝るのじゃ」
「ん」
ようやく身体を起こしたガーネがディアマントを抱き枕のように抱き込んで、そのまま倒れるようにベッドに転がった。
「…昼前に起こして…」
「ふふ、かしこまりました。陛下、なにかあればお呼びください」
「うむ」
珍しく怪我でもなんでも無く発熱したガーネは、子供のようにディアマントに甘えて抱きつき直してすぐに小さく寝息を立て始めた。




