449話「わからせの作用」
「陛下まだ起きてるか…」
妙にぐったりとした顔のガーネが女王私室前の廊下で警備をしている近衛に声をかけた。
「は、先程までご側近様とお話しをされていらっしゃったご様子ですが、今はお一人です。まだお休みにはなっていないかと思います」
「……そーか…」
近衛の言葉に短く返答を返し、長い廊下を歩いて申し訳程度にドアをノックした。
「なんじゃ」
リエーブが終始ガーネの腕に抱きついていた件や結局そのままリエーブを連れて夕食に出たことに対するやきもちなのか、ガーネの顔を見た瞬間にディアマントはむすっと拗ねた顔をして睨みつけた。
疲れ果てた今のガーネには、機嫌を取るような余裕は全くない。なんなら頭の奥が痛みどこかぼんやりすらする。
「……なんでもない、おやすみ」
小さな声で返すとそのまままだ手を掛けていたノブを捻り、ドアを開けて部屋を出た。
「ま、待て!ガーネ!」
背中で呼び止める声を聞きながらも、返す気持ちの余裕が無くバタンと後ろ手に扉を閉めた。
無言で廊下を進み、自分の部屋に戻ると力なくベッドに転がった。
なぜ誰かに縋ろうと思ったのか途端にわからなくなり、その対象がよりにもよってディアマントだったのかも自分でもわからない。
眼底の奥が熱いような痛いような感覚に、眉を寄せて寝返りを打った。
そんなに疲れたのかと小さく溜息を漏らし、天井をぼんやりと眺めた。
「…やばい、なんか視界揺れる」
乗り物に酔っている時のような感覚に目を瞑り、上掛けを引っ張って身体に掛けると妙に寒い気がするのを無視して無理矢理眠る体勢を取った。
少しして寝付きそうになったタイミングで、部屋の扉が控え目に何度か叩かれる音に気が付き意識が眠りから現実に引き戻され、仕方がなく目を開いて身体を起こした。
身体がなんとなく重たいのを感じつつ私室の入口の方へ歩き、ドアを開けるとドアの向こうには侍女も伴わずにディアマントが1人で立っていた。
「…なにしてるんですか、こんな時間にこんな場所で、1人で」
「…ガーネが…さっき、あの」
「ああ…別に、顔見たかっただけだから。寝る時間だろ、部屋送る」
ディアマントが『一緒に寝たい』と口を開き掛けるのを無理矢理自分で言葉を被せ部屋を出ると、ディアマントの小さな手を取りそのまま手を繋いで部屋まで送りに行った。
長い廊下を歩く最中、ディアマントは違和感を覚えガーネの腕を引いて振り向かせた。
「…なに」
「なんか、へんじゃ」
「疲れてるだけだろ、行くぞ」
「ガーネ」
「うん?」
「…妾のじゃ」
ディアマントがガーネと腕を組むように抱きついたのを見て、ガーネは呆れたように小さく溜息を漏らした。
涙目になったディアマントが腕に抱きついた姿を見て、私室の廊下から少し進んだところで待機していた近衛が気まずそうに視線を泳がせた。
「お前はほんとにバカだな。母親だぞ、母親。リエーブは『女』じゃねーだろどう考えても」
「……わ…わかっておる」
「大体、あんなに自分に顔似た女相手に欲情もなにもするかよ。鏡見てシコるナルシストじゃねぇんだよ俺は」
「し、しこる?しこるとはなんじゃ」
「お前は知らなくていいんだよ!」
面倒そうに吐き捨てながら半ば無理矢理ディアマントの身体を抱き上げると、ずんずんと廊下を進んでディアマントの部屋のドアを開けた。
そのまま真っ直ぐ勝手知ったる寝室へと向かい、雑にディアマントの身体をベッドに転がすと枕元でまるで『留守番』をするかのようにちょこんと座っていたシロクマをディアマントの顔に押し付けた。
「んぶ」
「大人しく寝ろバカタレ」
「…い…一緒に寝たい」
「やだね」
「なぜじゃ」
「くだらねぇやきもち妬いて不貞腐れて、部屋訪ねた俺にガン付けたからだよ」
「がんつけるとはなんじゃ」
「睨んだだろってことだよ」
「に、にらんでないもん」
「……」
じとっと目を細めたガーネの表情に、思わずビクリと肩を竦めたディアマントは慌てて身体を起こしてガーネのシャツの裾を引っ張った。
少し前にも、似たようなことで怒らせたのを身体が覚えていたからである。
やや泣きそうにはちみつ色の瞳を潤ませ、縋るようにガーネの顔を見上げた。
「ご、……ごめんなさい」
「前にも教えたよな、謝る時は何が悪かったのか自分の口で言えと」
「わ、妾がやきもちやいて、おこったから、ごめんなさい」
ガーネが怒った時の温度が一気に下がるような冷えた声色に、ディアマントは涙を堪えながら前回よりも素直に謝罪の言葉を紡いだ。
頭の奥が妙に熱くずきずきと頭痛がするものの、内部の一部はどこか冷えたように冷静になっていたガーネは『前に説教した時はそんなに俺のことが怖かったのか、フーン』と自分の『わからせ』が上手く作用していることを知り多少溜飲が下がった様子でディアマントの身体を雑にベッドに転がした。
体幹がまるで無い華奢な身体は呆気なくころりとベッドの上に転がり、それを見てガーネは短く息を漏らしてから隣に転がった。
「おいで、ディア」
前回と同じように、先程までと相反して妙に優しい声で愛称を呼んだガーネに、ディアマントは慌てて縋りつくように胸元に飛び込んだ。
「お前は俺がどれだけお前を愛してるのか、まだわからねぇのか」
「ごめんなさい」
「愛してるよ、可愛い俺のディア」
ディアマントの身体を抱き締めながら低い声で囁くガーネの甘い言葉とは裏腹に、ガーネの瞳の奥は支配的に目を伏せて泣きそうなのを耐えながら縋り付くディアマントの顔を見つめていた。




