446話「妾タイム」
侍女長の買い物に付き合って帰城し、玄関ホールに入ったところでたまたま近くを通りがかったらしいジェレイドに声を掛けられた。
「ガーネ、先程聖女様経由で言っていた配置の」
「あー、いらんいらんそんなもん」
「……?君が聞くように聖女様に言ったのでは?」
「バカかお前、建前に決まってんだろ」
「…た……建前?」
意味が分からなそうに首を傾げるジェレイドを見て肩を竦めたガーネは、呆れたようにため息混じりに返した。
「お前、カルセに土産渡したのか」
「…………ま……まだ、だが」
「はぁ?さっさと渡せよ土産ごとき。なんのためにカルセ行かせたと思ってんだよ」
「いや、あの……しかし」
「さっさとしねぇと外遊当日になって、カルセのやつ自分で買っちまうんじゃねーの」
「それはその、えっと…」
「まぁ、特務総監様。『そういうこと』ですの?」
「さすが察しがいいな。『そういうこと』だ」
「ガーネ!君は!そうやって!侍女長様に!!」
「そういうこととしか言ってねーだろ、だいたいさっさと渡さねぇでモタモタしてるお前が悪い。男らしくねーな」
「君は勘違いをしている!私は決して、その、そういう意味では!」
「だったら、さっさと渡せばいいだろうが。俺だってそういう意味じゃねぇけどエナに土産渡したぞ。なぁエナ?」
「はい、とてもお綺麗な硝子のペンをお土産にいただきましたわ」
「そういう意味じゃねぇならさっさと渡さないと、ここにいる女どもに『そういうこと』だって露呈しちまったんだから広まるぞ。なぁ?」
悪どい顔をして笑ったガーネがエナや侍女長に目配せをすると、全員一致団結して「そうですわね」と頷いた。もちろん、侍女や女官という立場から口は相当以上に固い人間であることはガーネもわかっているし、ガーネの意図がわからないほどの娘たちではない。わざとらしく同意した侍女たちに触発され、ジェレイドは狼狽えた。
「ディアマントに喋るぞ。一番口軽いぞ、あの女が」
「や、やめてくれ」
「外堀を変に固められて身動きとれなくなるのと、自分で行くの……どっちがいいかよーく考えろ。外堀固められたら俺みたいに逃げ道無くなって結果覚悟決めるしかなくなるぞ」
「君は覚悟を決めた結果のやったことが大きすぎるんだ!」
「そうだな、家督も継いだし分家も潰したしな。て、考えると俺より楽じゃん。良かったな。頑張れよ」
ひらひらと楽しそうに手を振って特務室へと戻るガーネに、侍女長たちは揃って一礼をしてから近衛総監であるジェレイドにも意味ありげな笑みを浮かべてから同じように一礼してその場を立ち去った。
取り残されたジェレイドは、1人困惑を隠せずに近衛服の内ポケットに常に入れている少し皺が入ってしまったカルセへの土産である硝子栞の入った小さな紙の包みを服の上から叩き、深々とため息を漏らして額を押さえた。
*****
「見よガーネ!」
「どエロい下着?」
「ちがーう!2冊目じゃ!」
その日の夜、ディアマントの私室を訪れたガーネにドヤ顔で1冊の真新しいノートを見せびらかした。
「妾とガーネの交換日記、2冊目に突入じゃ!」
「まだ続けんのか。書くことねぇんだけど、毎日毎日」
どちらかと言うと一方的にディアマントが『今日は部屋の窓に寄ってきた小鳥に米粒を与えた!』だの、『いつもとちがってしゅわしゅわっとなる入浴剤だった、たのしい!』だのと、ガーネにしてみれば子供とやり取りをしているような実に中身のないくだらない内容ではあったが、それに対してのガーネの返事も『体重75.1、握力88、ベンチ100』やら『早く決裁書類下ろせバカ』だのと自分のトレーニング忘備録や伝言帳のような使い方をしていた。
それでも、時折『今日の髪型は可愛かった』やら『今日の口紅の色はイマイチ』やらときちんとディアマントを見ていることが書かれていて、それもわりと、毎日ではないにしても律儀に返事が返ってくるのが嬉しくて、ディアマントもなんだかんだとやり取りを続けていたのであった。
「新しい日記に返事を書いたのじゃ、だから次はガーネの番!」
「はいはいお姫様」
ノートを受け取り、テーブルに置かれたディアマントの読みかけの小説の隣にそのまま置くと本を手に取った。
「…今度なに読んでんの。分厚いし珍しくカバーかかってんじゃん」
「今度のは恋愛小説ではない。オェイセやウィーストの歴史書じゃ」
「フーン、読み終わったら貸して」
「うむ!」
「お前、くっだらねぇ恋愛小説以外も読めるのか」
「当たり前じゃ、妾を誰だと思っておる」
「小娘」
小娘と呼ばれた瞬間にムッとした顔をしたディアマントを見て、ガーネは思わず小さく笑った。
「お姉さん、今日はどんな下着?」
「クソガキのご所望の黒いやつじゃ」
「お姉さん見せて、自分で裾捲ってよ」
ガーネの指示の意味もわかっていない様子でディアマントは自らネグリジェの裾を持ち上げて捲り、ガーネが口酸っぱく要望していた下着を身に着けた肢体を見せた。
その姿自体が非常に扇動的でガーネは満足そうに舌なめずりをしながら指先でディアマントを呼びつけ、まんまと膝上に乗ってきたディアマントの細い腰を抱き寄せて唇を重ねた。そのまま首筋に鼻先を寄せて普段と異なる肌の匂いを確認し、小さく頷いた。
「もう少し桃の香り強い方が好きかな。侍女長に言っとけ」
「新しい香油、ガーネが選んだと聞いておる。なんの香りじゃ」
「ジャスミンと桃とホワイトムスク。……あとは多分、繋ぎにほんの僅かに白檀でも入ってんのかな。お前はこれどうだ、好きか嫌いか」
「今までのが気に入っておったが、これも好きじゃ。ジャスミンが好きじゃ」
ネグリジェを肩から外し、下着を露わにしてから胸元に唇を寄せてリップ音と共に赤い痕を数個散らした。
「妾もしたい」
「出た、『妾タイム』」
「なんじゃ妾タイムとは」
「お前すぐ『妾も妾も!』って言うから、命名した。で、妾は何したいんですか」
「妾もガーネに、こういう痕つけたい」
「あ?キスマーク?つければ」
「どうやるのじゃ!かじるのか!」
「齧るなよいてぇだろが!唇当てて吸い付くんだよ」
「妾も!妾もできる!妾もする!」
張り切った顔でガーネの首元に唇を寄せ、ちう、と妙に可愛らしい音が立つのを至近距離で聞きながら『よりによってそこかよ襟で隠れねぇじゃん、まあいいけど』やら『多分ついてないだろうな』と考えるガーネの思惑通り、特に何も痕の残らない首元を見てディアマントは拗ねた顔をした。
「付かぬ!」
「だからこうだって、もっと力いっぱい吸えばつくだろ」
同じようにディアマントの首筋に唇を寄せ皮膚を少し強く吸い、鬱血痕を刻んだガーネはその残った所有欲の現れの痕をぺろりと舐めた。
びくりとわかりやすく反応したディアマントではあったが、負けじとガーネの首筋に唇を寄せて先程よりも強く吸い付いた。
ちくりとした痛みを僅かに感じ、唇を離したディアマントが満足そうに笑みを浮かべたと思った瞬間に再度別の箇所に吸い付いた。首筋や喉仏、鎖骨などに痕を散らして少し酸欠気味に疲れてガーネにもたれかかったディアマントの腰を抱き直し、顎先を指で持ち上げて視線を絡ませた。
「可愛い女。今夜は好きにしていいんだよな?お姉さん」




