445話「お使い」
「特務総監様、お付き合いいただいてすみません。お忙しいですわよね」
「まぁ忙しいけど、このくらいなら別にいいよ」
侍女長が『夕方買い物に付き合って欲しい』と珍しく言ってきたため、護衛か荷物持ちかと了承したはいいものの、侍女長の他エナや他の女官が数人ぞろぞろと着いて来て一体なんの買い出しなのかと場違い感に眉を寄せた。
「なぁ、俺いる?」
「一番いりますわ」
「荷物持ち?」
「持たせるほどのものは買いませんわ」
「つーか、城に呼べばいいだろ。なんだってわざわざ買いに出るんだよ」
「呼び付けるのが間に合わないのと、貴方と少しゆっくり話したいと思いまして」
「あっそ……ロクな話じゃなさそう。で、なに買うの」
「陛下の香油ですわ、今お使いのものが廃盤になってしまうらしくて、特務総監様にお選びいただければと」
「俺の好みでいいのか」
「ええ、ただ成分だったりとかはわたくしたちも確認させていただきますので」
「フーン」
侍女長に引き連れられて王都の中でも老舗の香料店へと足を踏み入れた。
「廃盤になるならなるで、こういう店で同じの調合してもらえばいいじゃん」
「それがそういうわけにもいかないんですの、今までの香油の調香師がご高齢で逝去されてしまったそうで。配合もその調香師しかわからないので、今あるものがなくなったら廃盤なんです。ですので近いものを求めているのですが、陛下のお気に召すものがなかなか見つからないご様子なのでいっそのこと、『特務総監様がお選びになった』とお伝えすればお使いいただけるのではないかと思いまして」
「そういうことか。……臭いのはヤダ。薔薇とか百合とか、主張の強いのはアイツには合わない。……今のは金木犀か?」
「ええ、金木犀をベースにアプリコットの香料と聞いてはいますが、他にどんなものが入っているかまでは…」
「多分プラムとムスクかな、それ以上はわかんねぇけど」
「……前から思っておりましたが、目も良ければ耳もよろしくて鼻まで利くんですのね」
「微妙な毒物の匂いとか、火薬の匂いとかわかるように多少の訓練はな。けどさすがに嗅覚上げることは無理だから多少の嗅ぎ分け程度」
普段わざわざ立ち入ることのない店で、香料の入った瓶を珍しそうに手に取って眺めながら店内を見て回ったガーネは、買い出しを口実に侍女長が引率として侍女や女官を連れ出していた様子でキャッキャと楽しそうに店内を見て回る若い侍女たちをちらりと見た。
「……コイツらあんまり外出ないのか。随分楽しそうだな」
「そんなことはございませんわ、休みは休みで当然いただいております。ですが、女性というのはだいたいああやって集まってお買い物をするのが楽しい生き物なんです」
「……そういや、陛下もソンデークラークでは随分楽しそうに買い物してたな」
「伺っておりますわ、おふたりでデートなさったんでしょう?またお時間作って差し上げたらいいではないですか」
侍女長が『話したい』と言っていたのはこういう類の話かと合点がいった様子で香料の瓶を1つ手にして香りを確認しながら、なんと答えようかと少し考えるように黙り込んだ。
「…多分、アレが最初で最後じゃねぇかな。護衛も無しに完全に2人だけなんて。グリーチェウトの土地は場所が特殊だからまかり通ったが、他じゃそうはいかない」
「まぁ、そうですわよね。……前からお聞きしたかったんですが、特務総監様は陛下が『女王』じゃなくても……例えば、不敬な例えにはなってしまいますが、洗濯婦ですとか厨房にお勤めでも、お付き合いなさったかしら」
「難しい質問だな。そも、アレが女王じゃなかったら接点無いんじゃねぇの。だって俺は元々、北の片田舎の警察官だぞ。それを女王が『特例招集』で呼びつけたから今の俺があるわけだし」
「もう、そういう意味ではございません。……でしたら、例えばですわよ?国が滅んで陛下が女王じゃいられなくなったとしたら」
「俺はあの女が女王だから付き合ってるわけじゃない。国が滅んだら、そうだな……隣国にでも亡命して、俺が養って密かに暮らすのも悪くないかもな。あの女生活力無さそうだけど。女王じゃなくなるならいっそ、何も気にせずあの女を娶れる」
手にした香料見本の瓶をいくつか侍女長に差し出して手渡したところで存外はっきりと言い返し、侍女長は目を丸くしてガーネの顔を見上げた。
「なに」
「……ご結婚、考えていないわけではないのですね」
「当たり前だろ。アレが誰かの嫁になるなんて考えられない。あの女は俺の女だ。俺が欲しい。俺のモンだ」
「でしたら、……何が障害になっていらっしゃるんですの?」
妙に突っ込んだことを問いかける侍女長に、ガーネは少しだけ肩を竦めて視線を外し、市販品の香水や香袋を手にして商品を見た。
「……俺は、王配になって政治関与したくない。俺がこの世で一番興味関心が無いのが政治だ、あんなつまらんもんで人生潰したくない。…ぶっちゃけ、現場に出てていいなら全然結婚していい。ことのついでに言うが、子供があんまり欲しくない」
「あら、衛兵総監様のお嬢様のご面倒見るの、お上手でしたわよ?別にお子様が嫌いなわけではないでしょう?」
「……正直少し前までは、魔女の息子で俺が『忌み子』だと言うのを気にしていた。そんな血を残したくないのが大前提だったが……そもそもとしてだが、ガキができたら、俺だけの女じゃなくなるだろ。母親になったら俺だけ見てくれなくなる」
思わぬガーネの『本音』が聞けたところで、侍女長は思わず肩を揺らして笑みを浮かべた。
「笑うな!」
「いえ、……ふ、…ふふふ、…ごめんなさい。やはり今日お誘いして良かったですわ。…ええと……ジャスミンと桃と、ホワイトムスクですか。陛下も気に入りそうですわ」
「陛下に余計なこと言うなよ」
「ええ、『今は』言いませんわ」
「言うなよ!」
侍女長はガーネが選んだ香料を調香師の元に持って行き、香油の調合を依頼して店内を見て回っている付き添いの侍女たちに「買うものがあるのなは早くお求めなさい」と声をかけた。
少しして『試作品』として調合された、約半月分程度の量の香油を受け取り店を後にした。
「ところで侍女長」
買い物を無事に終え、侍女や女官を引き連れた侍女長に並んで王城に向かうガーネは隣の侍女長に視線を向け、どこか真面目な声色で声を掛けた。
「真面目な話が2つある」
「はい、なんでしょう」
「アンタ、砂漠地帯の経験は?」
「ございません」
「日中は平気で45度を超えるクセに日が沈むと気温は10度前後まで下がる。荷物は増えるだろうが、衣服類は少し多めに用意しろ。会談やら夜会やらのドレスも、その時の気温に合わせて変更出来るように用意しておけ」
「かしこまりました、仰せのままに」
「それともうひとつ。こっちが一番大事だ」
「はい」
「今夜は『黒、総レース、T、紐、ガーター、網タイツ』だ。いいな」
「え」
「いいな」
「………」
「いいな」
「……は、…はい」
「よし」
見たことが無いほどに満足そうな顔のガーネを見て、侍女長は事前に翌日の公務の調整をするように女官長に相談しなくてはと小さくため息を漏らした。




