441話「ワンワン」
「ところでガーネ、メイジーエの礼拝所の導師はいつ捕縛した」
「え?してないですけど」
「…は?」
「やだなヘルソニア様。俺は『オエィセ区内のメイジーエの礼拝所の導師、お前のことなんて言ってたと思う』と『会わせてやろうか』しか言ってないですよ」
尋問室から戻る道すがら、ヘルソニアの質問に妙に飄々とした態度でガーネが返答し、意味がわかった一同は小さく息を飲んだ。
「つまり、ハッタリか」
「まぁ、言っちゃえばそうなりますかね。でも俺は『なんて言ってたと思う』って聞いただけなんで、嘘は一つもついてませんよ」
「ガーネ、その人物にはどうやって辿り着いたんだ」
ジェレイドも純粋にガーネの捜査力に関心を持った様子で問いかけ、ガーネはものすごく得意気な顔で振り返った。
「特務は優秀なのしかいねぇから。前にも言ったが、俺が選んで俺が育てた組織だ。ここにいるラズリも含めてな。…単純なことだ、今尋問した男は『肩に軍人刺青』を入れた男。軍人階級の上は『霊能者』か『皇族』だ。さすがに皇族が絡んでるとは思わないから、カルセに『メイジーエの宗教関連者で蠍の入れ墨が入ったやつ』を調べさせ、それを元にスメイラに身元を洗い出させてちょっと吹っかけただけだ」
「へー、ガーネ。アンタ、アタシのこと評価してたんだ」
「バカか、してなきゃ色々させてねぇし、ラズリは唯一俺が陛下に直接オネダリした女だぞ」
「急に病院勤務から王城に召し替えの辞令が出たの、アンタのせいか。あの女の気まぐれじゃなかったのね」
「悪いな、犯人は俺だ」
「私は其方にあまり興味関心がなかったが、毎度認識を改めさせられるな。早く手筈を整えて其方のことを調べ上げたい。楽しみだな、IQテストの指示は其方の父に対して出して依頼だ」
「へぇ、俺の父親も。……結果は?」
「IQ130」
ガーネの父親・ルイの結果を聞いたラズリはギョッとした顔でガーネを見た。
「げ、天才じゃない。ガーネ、アンタ…蛙の子は蛙よ、多分」
「でもリエーブはそんなに頭のいい方じゃないだろうからな。リエーブに引っ張られてバカだったらどうしよう」
「リエーブも頭は悪くはないとは思うぞ。ただ、リエーブは普通に『勉強は出来る』というタイプの頭の良さだろうな。代わりにルイはびっくりする程鈍臭い男だったから、其方がそこまで動けてどちらに似たのかと感心する」
「あー、運動神経はリエーブじゃないですか。いや、そんなこともないか。どうだろ」
「私は其方の両親ともよく知っているからこそ思うが、其方は両親の良いところをいい塩梅に配合された遺伝子の持ち主だな。口の悪さと性格の悪さはどちら似だろうかと思うが」
「ははは、どっちですかね」
「それと、拗ねた小娘が夜部屋に来て欲しいそうだ」
「フーン?ま、行くつもりでしたけど。用事あるんで、じゃあこのまま行きます。ラズリ、報告書だけ明日中で頼むわ。俺そのまま上がる、疲れた」
「ハイハイ特務総監サマ」
*****
「お前が妾に用事とはなんじゃ」
湯浴みを終えてネグリジェの上に薄手のガウンを羽織った姿でソファに腰掛け、酒を飲みながら小説を読んでいたディアマントが部屋に来たガーネを見て開口一番やや拗ねた顔のまま問いかけた。
「用事?無いけど。ていうか部屋に来いって呼びつけてたのお前じゃん」
「……無い?先程ヘルソニアに妾に用があると言っておったではないか」
「俺は用事ないと、お前のとこに来ちゃダメ?」
「そうは言っておらぬ」
「お前こそ、なに。呼びつけて」
「理由がないと妾はお前を呼んではいけないのか」
「寂しかったとか俺に会いたかったとか俺のことが好きだとか抱いて欲しいとか、可愛いこと言ってみれば?」
どっかりと隣に腰を下ろすと、当たり前のようになんの断りも無くディアマントの膝に寝転がり腰に抱きついたガーネを見て、ほんの少しだけ困惑した顔を見せつつも先程まで拗ねていたのを忘れた様子でそっとガーネの髪を撫でた。
「お前はたまに大型犬のように甘えてくる。妾は犬を飼ったことはないが、犬のようじゃ」
「はいはい、ワンワン。……あー、疲れた」
言葉には出さずとも完全に甘え縋る大きな子供のような態度で膝枕を堪能しディアマントの下腹部に額を押し付ける姿を見て、先程まで『仲間はずれにされた』と拗ねていた気持ちはすっかり失せてしまった。
ガーネは嫌がっていたが、子供が出来たらこんなに可愛く愛おしいものなのだろうかとぼんやりと考えつつも、『いやこの男がまず大きな子供だな』というところまで考えて思わず肩が揺れた。
「………なに笑ってんだよ」
「笑っておらぬ」
「笑ってんじゃん」
「ふふ、笑っておらぬ」
「笑ってんじゃん!」
「本当、お前は時折可愛い男じゃ」
「はぁ?」
「妾だけわかればよいのじゃ」
ディアマントはガーネに貰った硝子細工の栞を読んでいた本のページに挟んでから、改めてガーネのことを甘やかすように髪や頬を柔らかく撫でた。
そのうち体温や匂いに少しずつ瞼が重くなった様子でうとうとと微睡み始め、ディアマントも少し意外そうな顔をしてガーネを見下ろした。
少しして疲労に抗えずに完全に瞼を閉ざしてしまい、小さく寝息を立て始めたのを見て再度小さく笑い、ディアマントは再び読みかけの本に手を伸ばしてページを開いた。




