43話「ディスコード」
王都へのルートは、否が応でも最短ルート一択。
瘴狼や盗賊と対峙した街道を抜け、サイフィルと合流した村を経由して古く道は悪いが王都へ向かう最短のルートがある。来た時はガーネのわがままもあり若干の迂回をしたおかげで丸半日以上かかったが、この道筋を辿れば『特に問題がなければ』7時間程度で着ける道であった。
「ガーネ様!何か異変がございましたら、遠慮なくカルセにお申し付けくださいませ。しっかりお祈りいたしますので!」
昨夜の露出過多な衣服とは打って変わって、見慣れた聖装姿のカルセに『聖女』を感じてなんとなく安心する。
「ガーネお前!カルセちゃんの隣で馬車の揺れ利用していかがわしいことすんなよ!」
「お前じゃあるまいし」
「なんなのコイツ!僕にいちいち喧嘩売ってる!?」
「うるせー、スメイラそいつ黙らせろ」
「めんどくさ」
ガーネは封鍵を左手に握り込む。手の中ですっぽりと収まるその大きさは、物質の異質さと物々しさに反比例するようでどこか不安になる。
左手で握った理由はいくつかあるが、一つは利き手を自由にしておきたかったこと。もう一つは、『左手で握っていなければいけない』と無意識下で自分がそうしたからだった。
「じゃあ、出発しますね」
客室の後部の荷台に簡易寝台を設えてカルセが魔法で眠らせた調査員を寝台に固定すると、行きに世話になった御者が客室を振り返って声を掛け、馬車は出発した。
来た時同様、道が悪く酷く車体は揺れた。
「ガーネ、忘れるなよ。僕はお前の正面に座ってる」
「……それがどうした」
「こっちに向かって吐くなよって言いたいんだよ!」
「努力はする」
出発してものの数分でガーネは急に口数が少なくなった。僅かに血の気の引いた顔のガーネを見て、カルセは驚いた様子で目を丸くした。
「まあ、お話しには伺っていましたがそんなに三半規管弱くていらっしゃるの…?」
「…三半規管つーか、なまじ動体視力が良すぎるせいで視界から入る映像の処理と体感の揺れが噛み合わなくて無理だ、気持ち悪い。寝る」
「お休みになるのでしたら、遠慮なく寄りかかってくださいまし。必要でしたら膝をお貸ししますので…」
カルセがにっこりと笑いながらガーネの腕に触れ声を掛ける。ガーネはちらりと隣のカルセを一瞥し、だらしなく腕と足を組んで座り直した。
「何かあった時にすぐ動けねぇだろ。いらねー」
ガーネは雑に一言返すと目を瞑った。
────気持ち悪い。
視界を無理矢理遮断した分、幾分かましになったようには感じる。しかし、ガーネは目を瞑っている瞼の裏でぐらぐらと眼球が揺れる感覚が拭えない。
眼球が揺れて、脳が揺れて、内臓が掻き回されるような感覚。
「…みなさまは体調、お変わりないですか?」
カルセが荷台で眠らせた調査員の状態を確認し、場所が場所なだけに簡易的な祈りの儀式を捧げてから客室に戻りスメイラとサイフィルに問いかける。
「僕は…ちょっと胃痛がするような、なんかきゅーってなる感じが少し前から」
「私も頭痛が少し…でも多分そこで鬼の形相で固く目を瞑ってる子よりは全然マシかな。道が道だし、私もちょっと酔ってるのはあるかも」
「そうですか…一旦、お祈りをしておきましょう」
カルセが首から下げた円環の意匠を手にし、目を伏せた。
「────巡るものは巡りのままに。外より来たものは、境に留まれ。我らの内に触れることを、今は許さず…」
カルセの高い声が鼓膜の奥に心地よく響く。途端に、周囲の音や異物感の一切が遮断され、車内がしんと静まった。馬車の車輪が地面を転がる音も、馬の息遣いも、隣の人間の拍動でさえも、なにも聞こえない。
時間にしてほんの一瞬ではあったが、体感随分と長く隔絶されたような心地。しかし不思議と不安感や恐怖心は一切なかった。
気が付いたときには音も空気の流れも通常通りになる。
「…すごい、なに今の」
「ごくごく簡易的なもので申し訳ないのですが、このような場所ですので…ご気分はいかがですか?」
「めっちゃ良くなったよカルセちゃん!すごい!」
「それは良かった。ですが、やはり一時凌ぎに過ぎませんわ。祈りの効果が滑るというか、届いていない感じがいたします」
カルセが隣で、眠っているのか起きているのかはわからない固く目を閉ざしたままのガーネを見つめて眉を下げた。
「僕も一応、視とくよ。……うーん、やっぱりちゃんと視えない、のは…良くも悪くも変わらない、かな…でも悪い方向には転じてはいなそうとだけ」
「ふぅ…王都までこれでやり過ごして行くしか、なさそうね」
祈りの効果か、スメイラとサイフィルは大事には至らず道中を過ごしていた。
ガーネだけが、本人にも酷い馬車酔いにどんどんとあらゆる方面の嫌な感覚だけが蓄積していった。
「────…まずい」
不意にガーネが目を開く。
ガーネが眠っていると思って雑談に興じていた一行は、ついに吐くのかと一斉にガーネに目を向けた。
目を開けたかと思った瞬間、ガーネが隣にいるカルセを抱き寄せるように腕を回した。
「きゃーっ、ガ、ガーネ様ーッ!?」
「は────!!!?ガーネお前!!寝ぼけてカルセちゃんになんて、なんて破廉恥なこと!!」
酷く動揺して赤面したカルセと、劣化の如く怒鳴り声を上げるサイフィルを無視し、ガーネはカルセが座っていた側の窓を開く。その右手には既に銃が握られており、スメイラがはっとした瞬間車内に銃声が響いた。
「チッ、照準合わねー!一発無駄にした!御者止まんな!走り抜けろ!!」
馬車に酔ったせいか、視界のブレが酷く急所を的確に狙えないガーネは苛立ち露わに舌打ちを零した。
「しょ、瘴狼…!いつの間に!?」
カルセの頭をしっかりと腕に抱いたまま、片目を瞑り並走して襲おうとしてくる瘴狼に銃口を向け、数発弾丸を打ち込む。
数日前の残党だった様子で、最初の一発仕留め損なった以外は慣れと感覚で上手く被弾させなんとか散らすことが出来た。
馬車はそのまま、街道を村に向けて走った。
「が、ガーネさまぁ…!」
ほっと一息をついたところで、ガーネの腕の中でか細い声が聞こえた。
「ガーネテメェー!どさくさに紛れてカルセちゃんいつまで抱いてんだよ!なんでだよ!ずるいだろ!!!」
「オメーもうるせーよ!」
サイフィルの向こう脛を蹴り飛ばしてから、ようやくガーネはカルセの頭を解放した。
「が・ガーネさま、そ、そんな、わ、わた…きゃああ…!」
カルセは顔を真っ赤に染めながら恥ずかしそうに両手で頬を覆った。
「悪かったって、そんなに強く押さえたつもり無かったんだけど。この至近距離で銃ブッパしたらお前のうさ耳大変かと思って」
座席に座り直したガーネはしれっと言いながら空になった弾倉を取り出し、予備弾倉を装填し直した。
「くそ、もう少し持って来れば良かったな…あと17発撃ったら近接武器しか使えねーわ。何事も無いこと願っとけ」
「は、え、えぇ…?わ、わたくしの耳を気にして下さったんですか…?」
カルセは別の意味で本格的に赤面したところで、ガーネは先程から青かった顔を一層青くして椅子に深く座り直した。
「くそ…馬車酔い酷くて感覚鈍い…」
「…あんまりもたもたもしていられないけど、ガーネくんの体調も気になる。村についたら少し長めに休憩を取ろう」
ようやく村が視認出来る場所に到着し、スメイラは休憩の提案をした。反対する者はおらず、しばしの休息を取ることにする。




