42話「祝福の外側」
北ビーテン村でお馴染みとなった飲食店。食事時とずれていたせいか、元々大きくない店内にはガーネたちしかいなかった。
「女連中は何してんだ」
先に店に入ったガーネとサイフィルが並んで先に注文した飲み物を飲んで過ごしていた。
「お前はなー、デリカシーってもんがないな。女の子なんだから入浴済ませてるんだろ、埃っぽいとこいたわけだし」
「今日はちゃんと飯食えよ」
「……あー、スメイラさんのお風呂上がり、きっといい匂いするんだろうなぁ」
さり気なく食事の話題を誤魔化されたことは察したガーネだったが、『許されない』と言っていたことも引っかかりそれ以上は言わずにいた。死なない程度に食べてはいるのだろうと解釈し、蔑むような目を隣のサイフィルに向けた。
「お前気持ち悪いな。モテないだろ」
「酷くない!?」
「大体スメイラ、人妻だろ」
意地悪く返しながら待ちきれずにメニューに手を伸ばし、ガーネは注文内容を考え始めた。サイフィルはスメイラの左手の指輪の存在を今更思い出し、ハッとした顔でガーネに向き直った。
「そうだった!くっそー!…カルセちゃんは!?カルセちゃんなら俺ワンチャンあるかな!」
存外惚れっぽい男だな、と呆れたようにガーネはため息を漏らしてメニューからサイフィルに視線だけ投げた。
「ねーだろ、ババァだし」
「お前女の子可愛いとか思わないの!?」
「可愛かったら可愛いって思うだろ普通に。顔は可愛いんじゃねーのカルセも」
「ガーネお前女に興味ない?まさかそっち!?」
ガーネは『もうコイツ面倒くさい』を全身で表しながら店主を呼び適当に注文を通した。
「あれ、先食べててよかったのに。待っててくれたんだ」
「スメイラさん!全然、いま来たところです〜!な、ガーネ!」
「待ちきれなくて適当に頼んだとこ」
「シカト!?」
「良かった、なんだかんだ君たち仲良くなったようで安心したよ。…あ、カルセさんこっち、こっ…」
「スメイラさん!お待たせいたしました」
スメイラの言葉が止まり、ガーネとサイフィルはスメイラの視線の先に目を向けた。
入口には黒のキャミソールにショートパンツという、なかなかに破壊力の高い衣服の美少女がおり、スメイラの呼びかけでガーネたちの卓にやって来た。
「誰」
聖装の頭巾の隙間から覗いていた艶やかな橙色の緩くウエーブのかかったロングヘア。髪の色と声で『聖女・カルセ』であると認識は出来る。しかし聞かずにはいられなかった。
「い、いやですわガーネ様。わたくしです、カルセです!」
スメイラの隣に座る際、身体が少し前のめりになる。先程までとは対象的に布の面積が大分少ない衣服から惜しげもなく強調された胸元の谷間が覗き、サイフィルは卒倒した。
「サ、サイフィルさん!?」
慌てて駆け寄る聖女の頭の上でカーネリアンのイヤーカフのついた真っ白なうさぎの長耳がふわりと揺れ、胸元と同じく豊満な腰元で小さく柔らかそうな尻尾がぴょこっと震えていた。
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「母がうさぎ族で、父が人間の半亜人なんです。そういえばお伝えするの忘れていましたわ」
「あ、そうなんだ…服凄いね…?」
話題を誤魔化したスメイラによって彼女の出自が明らかになる。しかし、それに相槌を打ったはいいものの同性でも目のやり場に困ったようで結局話題を戻してしまった。
「そ、そうですか?『同年代』の女性は皆様こういうお洋服をお召になると…お出かけの勝負服とお店の方におすすめいただいたんですの」
「ど、同年代?えーと360歳…でしたっけ?」
「はい、360歳です。あ、人間で言うと…1歳で18歳なので…えーっと…」
人間と亜人は種族によって年齢の数えが違うらしく、カルセはフォークを置いて指を折って数え始めた。
「お前らの18歳が俺らの1歳なら20歳だろ」
暗算が速く年齢を即答したガーネに視線を向けたスメイラだったが、ガーネの視線はあからさま過ぎるほどに一点に注がれていた。目のやり場に困って先程から落ち着きのないサイフィルとは酷く対照的である。
「ガーネくん。君、視線があからさま過ぎ」
「は?見るだろこんなん真正面にあったら」
カルセは両手を膝の上で握りしめた。その挙動のせいで一層胸元の谷間が深く寄り、サイフィルの方もあからさまに顔を背けたかと思えば視線だけはしっかりとそこに注がれていた。
「……みなさま、わたくしのこと、いやらしい目で見るんです…」
スメイラは何も言えなかった。フォローも出来なかった。王都に着いて落ち着いたら服屋に連れて行こうとすら思った。
「バカかお前、そんな格好してたら健全な男は皆見るだろ」
「みんなわたくしのこと、『可愛い』『可愛い』って」
「顔は可愛いんじゃねーの」
雲行きが面倒な方向に流れたことを察したガーネは目の前の皿にのったハンバーグに視線を移し、少し大きめに切り分けて頬張った。
「え、ガ、ガーネ様…わたくしの顔、可愛いとお思いですか」
「可愛いだろ」
その瞬間、カルセの目元が赤く染まった。カルセはそれを誤魔化すように注文した甘いカクテルを一気に煽ると、隣でため息を漏らしたスメイラに目を向けた。
「ガーネ様、スメイラさんは!?どう思われますか!?」
「綺麗だと思うけど」
質問に対し、間髪を入れずに返答する辺り本心ではある。
ガーネはいよいよもって面倒くさいなという顔でりんごジュースを飲み、さっさと食べ終わって出ようと食事のペースを上げた。
急に話題に出され「綺麗」と言われたスメイラとそれをガーネの隣で聞いていたサイフィルは、ガーネがそういったことを恥ずかしげもなく言う意外さに目を合わせ、沈黙してしまった。
しかし、自分から話題を振ったカルセ本人はどこかむっとした様子でガーネをまっすぐに見つめていた。
「わ…わたくしのこと、殿方はみなさますぐに『愛してる』とおっしゃいますの」
ガーネはその言葉に食事の手を止め、正面のカルセをまっすぐに見つめ返した。
視線が絡むと、カルセは少しだけ得意そうな顔でガーネを見つめて先程までの清廉さとは対象的に妖艶な笑みを零す。
「そりゃ、大変だな」
「でも、わたくし…誰のことも『特別』にはいたしませんわ」
「なんで?」
「だって、わたくしは愛されてこその祈り子。祈り子であるわたくしが特定の誰かをお慕い申し上げては…ね?」
カルセの言葉にガーネも思わず笑みを零すが、何も返さなかった。
「でも、まだわたくし…本当の恋をしたことがないから、わかりませんわ」
「あっそ」
ガーネとカルセの様子に、スメイラとサイフィルは翌日の道中が酷く不安になったのは言うまでもない。
「じゃ、俺先帰って風呂入って寝る。スメイラ払っといて。全員分」
ガーネは財布ごとスメイラに放り投げると、さっさと店を出て行った。
「なるほどね、『相性が悪い』ってこういう事か」
ガーネは小さく呟いて、店を振り返った。
翌朝、早朝。
何度目かの遺物の出土場所にて、一行は緊張した様子でガーネを見守った。
前々日と同じように、ガーネは何の躊躇いも無く遺物・封鍵を左手で掴み上げた。
「よし、さっさと王都戻るぞ」




