41話「謁見行為」
「スメイラ」
珍しく真面目な顔のガーネが、スメイラの名前を呼ぶ。
簡易ベッドに横たわらせたアノニムの様子を見ていたスメイラは顔を上げ、差し出された資料の束を受け取った。
「この資料、『仮称:封鍵』って書いてんだろ。こういう調査拠点とかで『仮称』を付ける時の由来ってなんかあんのか」
「……そうだね、勿論、時と場合によるのは大前提だけど…見た目の特徴、土地の名前、それから…その物体の性質、かな」
「つまり『封鍵』ってことは何かを封じる、もしくはそれを開けるための鍵ってことか」
「確かに、仰るとおり…わたくしも近付き過ぎると『開かれる』ような、うまく言葉にできないんですがそんな感覚はありました。なので必要以上に接触が出来ずにおりまして」
「ガーネのくせに察し良すぎじゃない?鳩尾一発で大の男落とすのも怖いし、スメイラさんもカルセちゃんもコイツには気を付けた方がいいよ」
「お前は少し黙ってろ」
ガーネがぴしゃりと返す。サイフィルも、空気を読まずに軽口だったと少しだけ反省したような顔をした。
「でもガーネくん、さすがの察しの良さ。多分これがこの遺物の性質であり本質なんだと思うよ」
「…なんだお前まで。珍しく褒めるじゃん」
意外そうな顔でスメイラを見たガーネだったが、いつもの呆れたような顔で肩を竦めたスメイラの姿があった。
「私は、君のことバカだとは言ったけど馬鹿だとは言ったことも思ったことも一度もないよ」
「そーですか。そりゃどうも。…で、コイツどうする」
ガーネの視線はカルセが魔法で眠らせたアノニムに落とされた。
「さっきも話してた通り、専門機関に依頼するのがいいね。出土直後に触れた調査員も多分そうしてるはず。どこの病院に行ったかまでは、王都に帰れば私の権限で探せると思う」
「そうなると、尚更王都に急がねーとだな。そのためにも例のブツの鑑定が必要か」
「任せて。その為に僕も依頼でここに呼ばれてるんだから」
改めて、ガーネたちは出土場所へと赴いた。
サイフィルが『封鍵』をじっと見つめて鑑定する様子をスメイラとカルセは不安そうに見つめていた。
「…『よくわからない』が大前提で、悪いんだけど。さっきの話し通り、何かを『開ける』ための鍵であるのは間違いない。でも何を開けようとしているのかが視えない。触れた人間の封じてるもの────一例だけど、想いとか過去とか。そういう内側に干渉している感じがする。無理矢理こじ開けられるような、そんな作用だ。だから、僕は勿論だけどスメイラさんもカルセちゃんも相性は最悪。理由までは断定できないけど、絶対に触らない方が良い。近くにあるだけなら加護で耐えられるけどね」
サイフィルは真面目な顔で鑑定の結果を淡々と語り、一度言葉を切って僅かに視線を逸らした。
「で、ガーネ。…お前だけど」
「なんだよ勿体つけて」
「正直、お前が一番良くない。僕らよりずっとずっと、最悪に相性が悪い」
「……は、おう」
「……これは鑑定士の立場として言う。触らせたくない、できれば関わらせたくもない。ガーネの『性質』が、アレに一番引っかかりそうなんだ」
沈黙を挟んでから、サイフィルは諦めたように言葉を続けた。
「…その前提で……この中で耐えられる可能性があるのも、ガーネ。お前だけだ。その異常な加護が、僕らの中で唯一防波堤になるかもしれない」
ある意味の死刑宣告のような言葉ではあったが、ガーネは特に悩んだ様子もなく口を開く。
「そうか、なら消去法で俺が持つのが一番適任か。そうと決まれば段取り決めるぞ」
「…ガーネ様」
カルセの大きな緋色の瞳が、まっすぐにガーネを捉えた。
「なんだ」
「…怖く、無いんですか?」
「怖いとか怖くないとかじゃねーよ。誰かがやらなきゃ、ずっとこのままだろ」
「それは、そうですけれど」
「正直言うと俺の仕事的にも任務的にもこれは『管轄外』だ。けどここで『じゃああとは関係各所の皆さんで頑張って下さい』で投げ出すほど、性根は腐ってねーよ」
ガーネを見つめるカルセの大きな瞳が更に見開かれた。すぐに顔を逸らし、表情はガーネに見せないように隠したものの、明らかな動揺に目が揺れていた。
胸元の布を手繰るように軽く握り締め、小さく息を漏らす。
「…かしこまりました。わたくしも責任を持って王都までお供いたしますわ」
「ていうかヤダ、ガーネかっこいい…」
「お前はいい加減にしろよ」
スメイラだけが、その光景を見て道中の不安に深い溜息を盛大についていた。
「では、段取りを確認いたしましょう。ガーネ様が封鍵をお持ちになる。加護の力が干渉を受けそうになりましたら、わたくしが祈りの力でガーネ様の加護の力に働き掛けます。サイフィルさんは適宜封鍵の状態鑑定、スメイラさんは周囲の確認と封鍵の遺物としての状態の確認と記録をする。よろしいでしょうか」
「…昨日みたいに瘴狼が来たら?」
「俺が対処する、俺以外やれるやついねーだろ。魔獣使いの方は半殺しにしてるし、警戒すんのは瘴狼だけでいいと思う。魔獣使いが出たらそん時考える」
「よし、決まりだね。今日はもう夕方だし、今から出ると危険度が増す。動くのは明日早朝でいいかな」
「そうですわね、でしたらわたくしも今日は北ビーテン村の方でお世話になることにいたします」
「じゃあ僕は馬車の御者さんに依頼しておくよ」
ガーネはふと思い出したように顔を上げた。
帰りの足を考え、スメイラが行きの馬車の御者に数日の逗留を依頼していたことを。
「待て」
「……なに、ガーネくん」
ガーネの剣幕に、スメイラは何か懸念があるのかと真面目な顔で目を向けた。
「お前らまさか馬車乗る気か」
「当たり前でしょ」
「俺、急に嫌になったんだけど」
「え、どうしてですの?先程は『俺が』と仰って下さいましたのに」
「だって馬車酔うじゃん」
「………」
聖女らしからぬ、酷く冷ややかで幻滅したような目が容赦なくガーネに注がれた。
「やめてくんないその目」




