40話「祈りの届かぬ領域」
「なぁ、スメイラ様たちの話し聞いたか?」
ガーネ達にコーヒーを配膳した男、ネウリは同期で同じ新人調査員のアノニムに声を掛けた。どうやら、アノニムもネウリの言わんとしていることがわかったらしく、にやりと悪戯でも考えついたような顔で頷いた。
「俺等であの出土品運ぶ役目すれば、出世間違いなしだな」
新人の調査員二人は聞こえた話しを元に安直に自分たちが鍵を運べばいいと考え、例の鍵が出土した場所へと向かった。
確かに、異質な空気感はある。ただそれはこの『遺跡』という場所柄そういう雰囲気に感じるだけだろうと、無鉄砲にアノニムは『鍵』に触れた。
何か起きるだろうか、という不安が二人を一瞬静寂で包んだ。
直近で、これに触れた先輩調査員が発狂しただとか、突然大怪我をした、という話しも確かにあった。しかし、二人はその現場を実際に見たわけでは無く、どうせこの『価値のある出土品の盗難』を恐れたでまかせだろうくらいに思っていた。
「…ほ、ほら。やっぱなんでもねーじゃんなぁ?アノニム」
「……」
「…アノニム?」
「…ご、めん…なさい」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…!!!」
何かのトラウマがフラッシュバックしたかのように、突然「ごめんなさい」と叫びながら涙と涎と鼻水で顔を一瞬のうちにぐちゃぐちゃにしたアノニムの姿を見て、ネウリは純粋に「あ、やばい」と感じ慌ててキャンプへ走った。
半泣きで説明され要領は得なかった部分もあるが、ガーネはネウリの話しを聞いて真っ先に身体が動いた。
「ガーネくん!…君は一旦ここにいなさい、いいね!?」
スメイラがネウリにそう言い聞かせ、サイフィルたちと目配せをしてガーネの背中を追いかける。
ほんの数秒差のスタートのはずが、もうガーネの姿は小さく見える。
「あ、あいつ…!足速くね…!?」
「ほんと…ッ犬みたい…!」
「わたくし、先にまいりますわね!」
意外と足の早いカルセがスメイラ達を追い越しガーネを追った。
さほど遠くない現場に近付くと、既に到着したガーネが発狂し暴れるアノニムの姿を抑えようとしているところだった。
「うぁ、わあああああ!!!」
「クソ、うるせーな!少し静かにしろ!」
ガーネの拳が的確にアノニムの鳩尾を一突きした。
物理的に落とされたアノニムはぐったりと大人しくなり、その場で力なく倒れた。
かしゃん、と音を立てて手から鍵が落とされると、ガーネは一旦アノニムの身体を肩に担いで元の出土場所へと鍵を蹴り飛ばした。
「うひー、鳩尾イッパツかよ…」
「よくやったガーネくん。一旦拠点に運ぼう、そのまま担いで」
ガーネは意識のないアノニムを俵担ぎにしたまま来た道を戻り、拠点の簡易ベッドに横たわらせた。
「はー、それにしても…俺が言うのもなんだけど余計なことしてくれやがって」
ちっと舌打ちを漏らすと、拠点で控えていたネウリが再び目に涙を浮かべながら小さく「すみません」と漏らした。
「…起きたことを言っても仕方がない。とりあえずはアノニムが目覚めた時に『どうなってるか』次第だね…」
「スメイラ、カルセ。遺物に触ってこうなった連中の資料はあるのか」
「ええ、確か調査員の方がおまとめになっていたものが…」
拠点へ運び込んでしばらくは静かに眠っていたアノニムが意識が戻ったと思った瞬間、正気を取り戻すどころか一層乱心していた。
「お下がり下さい、眠らせます」
カルセが一歩前に出て、アノニムの目の前に両手を翳した。
「シュクラーフェン」
カルセが眠りの魔法の呪文を唱えると、アノニムはばたんと倒れそのまま意識を手放し、小さく寝息を立てる。
カルセは小さく息を漏らすと、そっと毛布を掛けて首から下る円環の意匠を握り小さく祈りの言葉を呟いた。
「……わたくしの魔法はあくまで急場しのぎのものです。遺物と同じく『浄化』する対象にない以上、わたくしには申し訳ないのですけれど、鎮めているだけの今以上のことは出来かねます。専門家の…それこそ、魔障や霊障の類の医師の管轄ですわ」
「なんだよ聖女のくせに」
「貴方聖女を何だと思ってらっしゃるの?わたくしは力を循環させ、増幅させ、巡らせるための祈りを捧げる祈り子です。治癒師の真似事まがいのことも多少は出来ますけれど、あくまでも祈りのためのものに過ぎません。聖女と申しましても、万能では無いんですのよ」




