39話「規格外の鍵」
風が強い。採掘現場から巻き上げられた土埃が、視界を僅かに遮った。
少し遠くに見える白い衣服が、切り取られたように際立っている。
近付いて来るガーネたちの気配に気付いた様子で、白い装束が風にふわりと舞いながら振り返った。
「アンタが聖女?」
『聖女』だけに許された、清廉な白装束の長衣。全身を包み込むその衣は同じ布地で頭部から顔周りまで覆われ、頬から首筋にかけてを柔らかく隠している。さらに顔の前には薄いレースが垂れ、素顔そのものは外から窺い知れない。
首から胸元には『祝祷教』の証である円環の意匠が下げられ、他の信徒と一線を画すように、そこへあしらわれたダイヤモンドが静かに光を放っていた。
ガーネのぶっきらぼうで雑な問いかけに、ヴェールの奥で小さく笑ったようだった。
「はい、その役職を女王陛下ディアマント様より賜っております」
事前情報の印象よりも、随分と声が若かったのが印象だった。
ともかくとして、目の前の女が『聖女』であると確定した。
その瞬間、スメイラとサイフィルは膝をついて敬礼の姿勢を取って名乗った。
「王立大図書館付属研究院所属、遺物調査の責任者をしております。スメイラ・フレイブ・グリウと申します」
「鑑定士、サイフィル・メースィ・ブレイユです」
ガーネは認識が甘かったようだが、『聖女』というのはそれほどに位が高いものであった。
「まあ、よろしいんですのよ。楽になさってくださいませ」
聖女のその一言でスメイラとサイフィルは緊張した顔でゆっくりと立ち上がる。完全に出遅れたガーネはスメイラに小声で耳打ちした。
「スメイラ、俺も膝ついた方が良かったのか。どうしようタイミング逃した」
「……君はそもそも、その立場にない。いい加減自覚して」
「ハイ」
ハイとは返事を返したものの、ガーネは自分の置かれている立場を未だ理解していない節があった。
気にしなくていいとは言いはした聖女であったが、ただ一人だけ敬礼をしなかったガーネのことはある意味で気になったらしくガーネに向き直った。
「貴方様は…?」
「…ガーネ・ディーム・ロットと申します」
「…!まあ、では貴方様が…あの」
聖女はガーネの名前を聞いて、驚いたように口元に手を当て慌てて顔を覆うヴェールを取り、聖装の裾を掴んで深々とカーテシーで頭を下げた。
「大変失礼をいたしましたガーネ様。聖女の任を拝命しております、カルセ・レインヘイト・オランゲーテと申します」
「え、コイツ何者…?」
サイフィルがガーネに不審の目を向けたが、ガーネは説明が面倒くさがった様子で口を挟んだ。
「あー、とりあえずじゃあお互いそういう堅苦しいの無しにしようぜ。敬語も敬称もお互いいらねー話しが進まねぇ」
「わかりました、ではそのように」
そう言って顔を上げたカルセは、どう見ても二十歳そこそこの若い女性であった。
頭部の頭巾からわずかに覗く前髪は艷やかな橙色が鮮やかで、色白な肌も僅かに染まる血色のいい頬や唇も、澄んだ緋色の瞳が印象的な『美少女』の相貌である。
「ババァじゃねーじゃん」
「あ、当たり前です!わたくしはまだ360歳です!」
「ババァじゃん!」
「まあぁー!!」
*****
「祈りの力で浄化が出来ないんです。こんなこと、初めてで…」
四人は一度状況を整理しようと、遺物の発掘・調査拠点のキャンプへと移動した。
地図や記録板が広げられた即席の打ち合わせ机にて腰を下ろす。
「僕の鑑定も、まだきちんと視れた訳ではないんですが…どうにも『この世界のものではない』としか、言いようが無いんですよね」
カルセは少し考え込むように小さく声を漏らし、困ったように眉を下げた。
「この世界の、…なるほど」
ガーネは先程の聖女への暴言を叱責するようにスメイラに引っ叩かれた後頭部を撫で擦りながら、調査員たちがまとめた資料を手に内容を確認していく。
「失礼します、これどうぞ」
「ありがと」
調査員の一人が気を利かせたらしく、コーヒーを人数分差し入れて配膳する。スメイラが労うようにお礼を言うと、照れくさそうにはにかんですぐ傍の机で再度資料をまとめる作業に戻っていった。
「…なんというか、わたくし先程から『浄化』と申し上げましたけれど、『異質』な感じは間違いなくするんですがそれが『悪いもの』かと言われると少し違うような気もいたしまして…サイフィルさんの仰るとおり、『この世界のものではない』のであれば説明がつくかもしれませんわ」
「だけど、そもそも『この世界のものではない』というのが…どういうことかしら」
うーん、と答えの出ない唸りを上げる三人をちらりと見て、ガーネは机に資料をばさりと雑に置いた。
「ここにいるメンツでわかんねーモンを、いくら頭捻ったってわかるわけねーだろ。時間の無駄」
「…そうは言うけど、君ね」
「考えてもみろ、遺物のプロ・鑑定のプロ・浄化のプロがいてわかんねぇなら無理だろ。城に持ち帰って女王に見せたほうが早い。まさかここに女王連れて来るわけにもいかねぇし、最短最善はそれだろ」
「……そう、だね。禁書庫に安置した方が良さそうだし。でもそうなると…次の問題はどう運ぶか、だね」
「改めて正式に『鑑定』してみましょうか。昨日は少し遠くから表面的にしか視ていないので…多分、直接触らなければ大丈夫だと思います」
「よし、じゃあ四人で行ってみようか。カルセ様もよろしいでしょうか?」
スメイラの問いに、カルセは上品そうに口元に手を当てて小さく笑った。
「カルセと呼んでいただいていいのですよスメイラさん。それに、ガーネ様も仰ったとおり…敬称も敬語も無しにいたしましょう?」
「ならお前も俺に『様』なんて付ける必要ナシ。おし、行くか」
「ガーネ、コーヒー残すなよ」
「お前だけは俺に敬称を付けろ」
「なんでぇ!?」
突如、少し離れた場所からけたたましい悲鳴が聞こえた。
何事かと飛び出したところで、先程ガーネ達にコーヒーを配膳した若い調査員が顔を青くして走って戻って来るところだった。
「君、どうしたの。今の悲鳴は?」
「ス、スメイラ様!…あの、『鍵』を持った奴が…た、助けて下さい…!」




