中編
朝食後に自室で訓練用のパンツとブーツとシャツに着替えてから紙袋に入った瓶を持って特務室へと向かい、ドアを開けた。
「おはよ」
「おはようガーネ、アンタ今日下見の慰労休息日じゃないの?」
特務室に顔を出したガーネは真っ直ぐに自席に向かい、ラズリの少し呆れたような声を受けながら机に積まれた書類を確認した。
「休みは休みだけど、無事に体重77まで増えたからいよいよ絞り始めるかなと」
「まぁ、確かに最近少しがっしりしてきましたものね。別に太っている見た目では無いですし、そのままでよろしいのでは無いですか?」
「だめだね、俺は色々突き詰めた結果74が一番自分で動きやすい。あ、これ土産」
「まぁ、ありがとうございます。なにかしら」
「ウィーストで買った『サボテンの花蜜漬け』だったかな。不味そう」
「君、買って来てくれるのは嬉しいけどさ、『不味そう』なもの買って来ないでよ」
「だって巫術官長が『これはウチの奥方が好物だ』って買ってるから。美味いんスかって聞いたら美味いって。けどサボテンなんか不味そうじゃん」
「あら、ガーネ様もお好きかと思いますわよ?わたくしもこのサボテンの花蜜漬け、結構好きですわ」
「あたし食べたことなーい!食べましょ食べましょ!」
アメジが早速と瓶を開け、軽瀬が人数分の取り皿とフォークを用意した。
取り分けてそれぞれに配布したが、ガーネは手を出さずに皿を凝視した。
「いただきまーす」
「…ん、美味しい!美味しいよガーネくん」
「信用ならん。お前らはよく俺を騙すだろ、こないだも『入ってない』って言ってたのにオムライスに細かく刻んだピーマンが入ってた」
「アンタ、こないだやっと20歳になったんだからもう少し大人らしいこと言えないワケ!!?」
「ガーネ美味しいよこれ。うーん、梨のコンポート?みたいな」
「サイフィル、お前の味の評価が一番信用出来ない。お前は特務の女連中の生み出したダークマターを『美味しい』って完食してただろ」
「まぁまぁ、ですがガーネ様。梨…そうですね、近いかもしれませんわ」
「カルセが言うなら一口だけ」
「おかしくない?なんでカルセの言うことなら聞くのよアンタ」
「ラズリは怒ると怖いから」
「なんか君、今日IQ低くない?起きてる?」
カルセがガーネを甘やかして一口分にフォークで切り分けたものを受け取っておずおずと口に入れると、なんとなく覚えのあるような風味と食感に小さく「うーん」と声を漏らして首を傾げた。
「なんだっけ、あの……緑のネバネバしたやつ。こっちの世界で見たこと無いから名前忘れた」
「……オクラ?」
「あ、そうそれ。なんかそれっぽい。嫌いではないけど好きではないわ、もうイラネ。納豆なら比較的好きだった気がするけど、オクラは緑だからアレはネバネバの茎だ」
「まぁ。呆れた」
「ところでカルセ、お前誰かからなんか貰ったか」
「?いいえ、なにもお預かりしておりませんわ」
「…………ふーん」
「なんですの?」
「さてと、全員支度して訓練場でも来い」
「ガーネ様!?」
ジェレイドはまだカルセに例の土産を渡していないのかと独りごち、滅多に無いことではあるがこのエンタメを誰かに言いたくて仕方がないのを抱えながら訓練場へと先に向かい、久しぶりに本格的に身体を動かすために入念に関節をほぐして準備運動をし始めた。
「きゃ!今日はガーネ様もあたしと一緒にトレーニング?エイミー嬉しい!」
「勘違いすんなクソゴリラ。お前と一緒じゃなくてお前らの監督兼俺もついでだ。まずは軽く30分走るか」
「め、珍しい。30分?」
「30分」
普段『3時間走れ』と言われているにも関わらず、突然30分になり一同は困惑した。この後どんな恐ろしいトレーニングを課されるのだろうかと小さく息を飲んだところで、ガーネは砂時計を2つ休憩用の椅子の上に並べた。
「アンタどうすんのそれ」
「砂、上げるのは出来るようになって来たから勝手に応用」
一つは普通にひっくり返しサラサラと砂が落ちていくのを確認した横で、もう一つの砂時計に手を触れると練習の甲斐あってか砂がサラサラと逆再生のように細いネックを通過して上がり始めた。
「10分計だからな、陛下の言いつけ通り『時間通り上げ』て、『時間分維持』して、『時間分休憩』で丁度30分」
手を離してもガーネの霊力を纏った砂はそこだけ世界が逆さまになったかのように上がっていくのを確認し、ガーネはその場で軽くアキレス腱を伸ばしてから「ほら、ボサっとしてんな走れ」と雑に言い促した。
特務一同で走り込みを始めたものの、元々ずっと『闘う』前提で身体を作って数年過ごしていたガーネは足の速さが特務とは比較にならなかった。
瞬発力や短距離での速さに関しては、うさぎ族のハーフであるカルセが断トツで速いものの、それを継続して走るとなると途中で続かなくなる。元々の基礎体力の高さからアメジは比較的安定して走ることは出来るが、身体の大きさと重量から速度は全くない。
ラズリは身軽だが身体が小さいためかこちらも体力はそこまで続く方ではなく、サイフィルも足は速いが基礎体力がない。一番壊滅的なスメイラは相変わらず息が上がるのは早いし足も遅い、走るフォームもめちゃくちゃではあるが、トレーニングを始めて一番伸び代があったのはスメイラであった。
おおよそ10分が経過しようかという辺りで、小娘ことディアマントが侍女長とエナを引き連れて訓練場に現れた。
何をしに来たのかと怪訝そうな顔をしたガーネであったが、どうせ『妾も!』なんだろうとアタリをつけて小さく溜息を漏らし、走りながら脇の椅子に置いた砂時計を指差した。
「来たなら手伝え。『普通に落ちてる方』の砂時計、そろそろ全部落ちるからひっくり返して」
「あの男、女王を顎で使いおって。……ふむ、…ほう」
ベンチに腰を落としたディアマントが、手を触れずに砂が舞い上がる砂時計を見て小さく笑みを浮かべた。
『ストイックで真面目』と、衛兵総監のエーリックがガーネを評していたが、それを信じていない訳では勿論無かったがなかなかきちんと研鑽を積んだ『結果』がここに出ていることに、ディアマントは満足そうにしながら砂の落ち切った砂時計をひっくり返した。
同じタイミングで上がりきった隣の砂時計は、ぴたりと落ちることなくボルトの上球に留まっていた。




