438話「ある種の懸念」
「……第七席…」
帰還した下見組、主にガーネからの報告を受けて、スメイラは小さく呟きを漏らした。
「それでヘルソニアよ、ガーネが『吸われた』のをお前は黙って見ておったのか」
「はい、この男は死なないと思いましたので。むしろ下手に手出しした方が、伴っていた衛兵総監や巫術官長が危険です」
「1個確信出来たのは陛下にもらった加護はめちゃくちゃ役に立ちましたね。第一席のあの女の時もそうですけど、コレ触った瞬間に手離してました」
ガーネがシャツの上から鎖骨より少し下の辺りをとんとんと指差し、服の下のネックレスを示した。
何を付けているのかはディアマントしかおそらく今のところ知らないであろうが、ディアマントはそれを聞いて満足したように口元に笑みを浮かべた。
「だが、『弱い』な。さすがに王都から離れると、忠までは下せぬか。妾の愛犬にやすやすと触れおって」
「お前と違って胸も尻もバーンってした女だったよ」
「ほう。貧相な身体で悪かったなクソガキ。妾に太れと申すか」
「冗談だろ、俺ずっと言ってると思うけど、華奢な女の子の方が庇護欲唆られて好みなんだってば。まぁ、男としてああいうのナシではないけど、それと好みは全く別だからな」
ガーネのディアマントに対しての煽りにヘルソニアも思わず小さく笑い、それ以外の面々は色んな意味で口を閉ざしてはいたものの、スメイラが少しだけ躊躇いつつ声を掛けた。
「ガーネくん、『第七席』ってことは……例の幹部の、『末席』になるのかな」
「どうだろうな、実際の数字と序列と強さがイコールなのかまではわからん。が、権能は普通に俺じゃ太刀打ち出来ねぇな。カルセの『聖女の祈り』の対の印象だ、浄化とは逆の……かと言って汚染とも違う、なんつーか『全部持って行かれる』感じだった。それこそ、霊力も魔力も、物理的なところで言うなら血とか精力とか、やりようによっては声とか匂いとか」
「ま、あとはガーネがお巡りさんに扮して捉えた連中がどこまで情報持っててどこまで吐くか、だな」
エーリックも腕を組んで小さく呟き、改めてガーネに視線を向けた。
「どこまで吐くか?全部喋らせるに決まってるでしょ。俺を誰だと思ってるんですか。『虚言剥ぎのロット捜査官』で有名だったんですよ、俺」
「おー、怖い怖い」
「で?他に土産は無いのか。水遊びや街散策の妾の要望は叶うのか」
「日中が暑すぎてやべぇんで、日程詰めてさっさと行ってさっさと帰って来ません?って思ってるんで無理じゃないですかね。昼間なんて45度超えですよ」
「ならば、日程を伸ばして少しゆっくり過ごせるように行程を組めば問題なかろう。そうすれば、伴う臣下たちも疲れさせずに済む。妾もゆっくり遊べる」
「…………ね?ヘルソニア様、言ったでしょ」
「そうだな、まぁ概ね想定内だ」
呆れ果てた顔で肩を竦めたガーネがヘルソニアに視線を向け、互いに溜息を漏らしてからジェレイドへと向き直った。
「近衛総監、陛下の『わがまま』だが実際相当暑くて大変なのは事実だ、護衛が熱中症や日射病にかかっては元も子もない。後日の評定で行程の組み直しをしよう、其方の方で一旦警備案含めた草案を纏めておけ」
「かしこまりました」
「ところで陛下、城の勤務者でメイジーエ人かメイジーエ語の堪能な人間はいますか」
ガーネの問いかけに、ディアマントは腕を組んで少しだけ考えるように首を傾げた。
なにせ王城勤務者だけで4000人はゆうに超える大所帯であるため、人種で就労者を選別しているわけではないため皆無ではないかとは思いつつも、記憶にひっかかるような特徴は特になかった。
「……どうだろうか、通訳は一応おるが」
「覚えてきたメイジーエ語の練習したいんで、週に1、2回でいいんで貸してくれませんか」
「構わぬが、……え?覚えてきた?」
ディアマントが思わずと言った様子で聞き返しつつガーネを見た。ガーネは単語を思い出すように少しだけ考えてから改めて口を開いた。
「アストゥ、『アディタ・バーサーヤーハ・メイジーエ』・サークサァード・シュラヴァネーナ『プラーヴァーセー・コンチド・アヴァガマナールタム・バールタム』・イティ・エータヴァド・エーヴァ・アディータム・アディャ・パラ・ラドゥブダム。ヴィデーサ・フトゥラァー・プールヴァム・イト・アディカム・ダァーラープラヴァーヘーナ・ヴァクトゥム・プラヤティシィェー、ラァージニ」
「なんて?」
「『まぁ、今回の成果は生の『メイジーエ語』を実際に聞いて『旅行でちょっと喋るのに困らない程度』は習得出来たことですかね。実際に外遊行く時までにはもう少し流暢に喋れるように頑張ろうと思います、女王陛下』……かな、多分文法合ってると思います。発音は怪しい」
「え、覚えた?え?いつ?」
「オエィセで。メイジーエ人いっぱいいたんで、そこら中で聞こえるから覚えました」
「え?」
「アドゥヤ・アピ・スンドゥリー・アスィ。ヤディ・サキィヤム、アドゥナァー・エーヴァ・パリサヴァジゥヤ・トヴァァーム・アーナンダディタァーム・カルトゥム・イッチャーミ。イト・ウプハァーサハ。……って冗談は半分本気として、会談相手どいつが来るのか知りませんけど何言ってるか通訳頼りだと、こないだの新年拝賀ん時みたいに舐めたこと言われても対応出来ないんで。近侍護衛なら『多少』は喋れた方が即応出来るかなーと。いりません?」
「待てガーネ。今はなんと言った。それと、お前はちょっと聞いただけで言葉を覚えるのか」
「今?『今日も可愛いですね』って。下見中も言いましたけど、文法はシェマードン古語とほぼ同じだし下見に出かける前に単語とかは多少勉強して行ったんで、『1回聞けば』ある程度覚えられるでしょ。耳聞こえてんだから」
「可愛い以外にも何か言ったであろう、それもよからぬ類のことを。妾とて語感から好意的なのか違うのかくらいはわかる。それと、1回聞いて覚えられるのであれば誰も苦労せぬ」
「超好意的だけどな」
おかしいな、と首を傾げたガーネだったが、『今日も可愛いですね、出来れば今すぐ抱いてよがらせたいです。なんちゃって』とディアマントの想定通りなかなかによからぬ事を平気な顔をして言っていたのは敢えて告げずにいた。
「陛下、先日ガーネの魔力霊力測定したではないですか。IQ測定もしたいです、非常に興味深い」
「あ!私も!めちゃくちゃ気になっていました!!この子、バカみたいに頭いいかと思ったらバカみたいにバカなんで絶対IQ高いと思うんですよ!!」
ヘルソニアの提案にスメイラも同意して挙手したところで、ガーネは面倒そうに眉を寄せた。
「めんどくせ。IQなんか高かろうが低かろうが仕事に差し障らなければなんでもいい」
「学力テストもしようよ!君のことめちゃくちゃ気になるよ私!単純に頭がいいのか、人外なのか!」
「なんでスメイラはそんな乗り気なんだ。めんどくせぇ、やだ、疲れた、眠い」
「ふむ……確かに、この男の適正を測る意味ではしてみてもよいのではないか。ヘルソニア、其方に任せる。好きにせよ」
「裏切り小娘だ…」
面倒そうなのを全面に出したガーネが小さく呟くととりあえず翌日は全員休息日とし、翌々日以降に改めて評定の機会を持つことで話が纏まった。
「スメイラ、調べ物してくれるか。メイジーエの刺青、捕縛したやつとは別に第七席の女がおそらく始末したと思われる下っ端の背中の入れ墨だ。あとはお前が前に調べてた奴隷刺青の紋様、剣とか宝石とかあったからその辺も」
「オッケー」
スメイラに指示をしてから立ち上がると、ディアマントはガーネの警察制服の裾をくいっと引っ張った。
「……なんですか、可愛い女王様」
「妾に土産は無いのか」
「遊びに行ったんじゃねーんだぞ。あると思うな」
ぴしゃりと言われてむすっと頬を膨らませたディアマントに肩を竦め、膨れた頬を潰すように片手で顔を掴んだ。
「嘘だよ。あとで持ってく、風呂と着替えと飯だけ先させてくんない」
「約束じゃ!」
「はいはい、仰せのままに可愛いお姫様」
*****
「土産じゃ!いっぱいある!これはなんじゃ!」
「酒。変な味してお前好きそうだったから」
「変な味とはなんじゃ、飲んでみたい」
開けろとガーネにボトルを突き出し、ガーネも「はいはい」とラベルを開けてコルクを捻った。
例の飲食店で飲んだのとは別の酒蔵のシナモンの酒をグラスに注ぐ様を、ディアマントはソファで足を組んで悠然と眺めた。
宣言通り一通りの片付けや着替えなどを済ませてから部屋にやって来たガーネを私室のソファの隣に座らせ、膝には『ゆきちゃん』と名付けたシロクマのぬいぐるみを抱いていた。
「ほう、不思議な色じゃ」
「どーぞ、多分好きだと思うけど」
ディアマントはまず香りを嗅いで色味を眺めた。赤みがかった濃い茶褐色の液体はとても美しく、シナモン独特の香りが鼻を抜けた。
「肉桂か、よい香りじゃ」
グラスに唇をつけてゆっくりと傾け、口に含んで味を確認した。少しピリッとした薬味感が、度数が比較的高いわりに軽やかに喉を通過していった。
「うむ、美味じゃ。変な味などせぬが」
「俺は好きじゃない、でもお前渋いのとかこういう変な味の酒好きそうだなって。ワインも超重くて渋いの好きじゃん」
「他は?これはなんじゃ」
「栞。ジェレイドが買ってたから、綺麗だったし。お前硝子細工のランプ欲しいって言ってたけど、ランプはどれがいいかわかんなかったし当日選ぶ楽しみも必要かと思って栞にした」
「近衛総監もこういう美しい栞を求めたのか。これは…蓮の花?」
「瑞月蓮」
「ほう、これがあの有名な…」
繊細なステンドグラスのような細工をされた硝子栞をランプの明かりに照らして眺め、読みかけの小説に挟んだ。
「げ、またくだらねぇ恋愛小説読んでやがるな」
「退屈じゃと申したら侍女が貸してくれるのじゃ、若い侍女は流行りの小説を持ってくる故、興味深い」
「さいでっか」
「これはなんじゃ!大きい!」
真っ赤なリボンで包まれた包装紙を解き、紙の包みを広げた。
孔雀色の繊細な薄手のショールを手にし、ディアマントは目を輝かせた。
「…やはり、西の織物は美しい。糸も良いものを使っておる」
「砂避け日除けにいいかなって。似合いそうだし」
ソファから立ち上がって早速ネグリジェの上にショールを羽織り、くるりと回ってガーネに見せた。
「どうじゃ!」
「肌白いからめちゃくちゃ似合うよ、可愛い。綺麗」
「ふふん、妾は美しく愛らしい、何を纏ってもよく似合うのじゃ」
「そういや今日珍しく淡い色のドレス着てたな」
「たまにはよいであろう、袖の形が気に入ったのじゃ。…これは?」
「揃いのリボン、髪に結んでも似合うかなって。どのくらい使うのかわかんねーからいっぱい買ったわ」
「まだある!これはなんじゃ!」
「まだあるっつーかそれで最後じゃねーの」
「……桃霞石、しかもかなり質のいいものじゃ」
「お気に召しましたか、女王陛下」
「うむ!」
大量の土産を抱えて嬉しそうに笑ったディアマントを見て、ガーネはようやく一息ついてソファの背もたれに寄りかかった。
「……で、妾のこの首輪は大いに役立ったようで何よりじゃ。が、妾以外の女が触れたのは許せぬ。どこを触れられた」
ガーネの膝の上に座ったディアマントが誕生日に贈った元々自分が所有していたネックレスを指先に触れて問いかけ、ガーネは肩を竦めながらディアマントの腰を抱いた。
「喉と脇腹と、股間」
「全部妾のモノじゃ」
「当たり前だろ、お前にしか勃たねーよ俺は。…………多分」
「多分?」
「男の身体ってそういうもんだから。理屈じゃないから。でも俺はお前がいい。あー、いい匂い。柔らか」
馬鹿正直に答えたのを誤魔化すようにディアマントの身体を抱き締め、胸元に顔を埋めて肌の柔らかさを堪能しながら抱き上げてベッドへと運んだ。
そのまま押し倒し、首筋に唇を這わせ同じように数日分の補充のように肌の匂いや体温を堪能してから愛おしげに抱き締めると、ディアマントも絆されたようにガーネの背中に腕を回して抱き返した。
そのうちガーネの手がディアマントのネグリジェを捲り上げて脇腹や胸元をまさぐり、思わず小さく反応をしたところでガーネから掛けられる体重が増した。
「……ガーネ、…ちょ、…ちょっと重たいのだが」
「…んー……大丈夫…」
「妾は大丈夫ではない、重い」
「…………」
「…………ガーネ?」
「…………」
「ガーネ!おもたい!くるしい!……だ、だれか!!ミモゼ!!ジステル!!!」
ディアマントの声に名前を呼ばれた侍女長と女官長がパタパタと小走りで部屋にやって来て、少しだけ警戒がちに扉を開いた。
「たすけて!おもたい!くるしい!!」
「……あら、……まぁ…」
ディアマントを抱き締めネグリジェをたくし上げて胸をまさぐっている状態でよりにもよって疲労の限界で寝落ちしたらしいガーネの背中をぺしぺしと叩きながら訴えるディアマントを見て、侍女長と女官長は顔を見合せた。
「お疲れのようでございますし、このままでよろしいのでは」
「おもたい!!」
「まあでも、体重は約1.7倍違いますものね。それにしてもぐっすりですわね、『この状況』で」
「感心しておる場合か!妾がっ!妾が潰れる!!」
「んんー……うるさ…」
小さく寝言混じりに呟きつつ一層ディアマントを抱き込んだガーネを、侍女長と女官長2人がかりでなんとか転がしたところですっかりガーネの抱き枕になったディアマントは、恨めしそうな顔で侍女長と女官長を睨みつけた。




